花のお江戸の人形町の大通りからひとつ入ったところに気になる店があった。

 ジュサブロー館

毎日この前を通るたびにのぞいてみなよ!!…と好奇心が肩ごしにやんややんやと騒いでいたのだが、その名前が恐れ多くてコソコソと通り過ぎていた。今日で人形町での仕事が終わりだったのでもうこの前を通ることもないかもしれない…と思ったら、お昼の休憩があと30分しかないのに、その暖簾を潜ってみた。そしていらっしゃいませと声をかけて下さった方に恐る恐る聞いてみた。
「あの…こちらはどれくらいの広さがあるんですか?」
「この奥と2階がここの半分くらいです」
「じゃあ…」
「二十分もあればご覧になれますよ」
思わず笑みがこぼれてしまった。そんな私を見て「お昼休みですか?」と直球で図星。

ガラスケースの中から辻村ジュサブローの子供たちが和洋問わずまなざしを送ってくる。1階は工房をかねているようで着物の生地や、腕だけ頭だけの人形たちがそこかしこに見られ、その中をあちこちに挨拶をしながら奥へすすむと小さなステージのある小部屋がある。時折コンサートも開かれるそうだが、キャバレーをイメージして…と説明して下さったとおり、今はステージの天井まで洋物の人形たちが。

この小部屋はステージにいる人形たちがあまりに色とりどりで美しいのでついそちらに目を奪われるが、私の心をときめかせたのは実はこの部屋にあった男の和人形。そう、昔、TVに釘付けになった“新・八犬伝”の人形。名前がわからないんだけど、男前キャラじゃなくて丸顔の…(犬阪毛野(いぬざかけの)だと思う)。懐かしい、子供の頃に戻ったようなときめき。そういえば東京在住の叔母や従兄弟とNHKにはじめていった時にも彼に会ったはず。あの頃はTVで見るのと違ってこんなに大きいんだ!!…と感激したが、私はいつのまにかすっかり彼の背丈を追いこしてしまったらしい(^^;)。それが私の辻村ジュサブローとの初めての出逢いだったんだ。


アミューズソフトエンタテインメント
NHK DVD 人形劇 新・八犬伝 劇場版

 ここには女性の和人形も何体かおいてあるのだが、成人女性は口に針が付いている。確か袖で口元を隠すとか被りものをした時に顔を隠しがちにする時にこの針に引っ掛けるのだというような事を聞いたことがあるような気がする。人形浄瑠璃だったか?童女には針がついてないのを確認して感心ひとしお。

さて、いよいよ2階へ。2階は土足厳禁。板の階段を上がるとこちらも板張り。雛壇のようなところの最上段に隈取りをした男人形が私を見下ろす。圧巻。カッコイイ!!!!!!!!!
その向かって左側には洋物の猫さんたち。これも素敵で“可愛い”というのでなく、顔だちに気品があふれていて深い。思わずしゃがみ込んで覗き込んでしまった。
猫さんたちと同じ並びにおわすのは、唐人お吉などの長崎ゆかりの和装の女性たち。こちらもまた本当に艶っぽい。切手つき写真集にもなっているそうです。

そして。この空間で私が恋焦がれたのは“花魁”人形。そりゃもう美しくて気高くて、うっとりというよりも目が離せなくて、この前でしばらく座りこんでしまった。あれよあれよといい時間になってしまったので、仕方なく花魁の前を後ろ下がりに退散したところに、先ほどの方が「ここにいるのは八犬伝の犬ですよ」と言ってくれたのは階段横の低めの棚の中。もう三十年もたっているそうで(そんな昔だったとは…^^;;)、ちょっとボロ雑巾っぽいんだけど、八房なのか子犬の方なのか…確かに犬だー!!! 思わず「さわっていいですか?」と言いたいところをオトナはグッと我慢して、ポストカードを何枚か頂いて帰ってまいりました。

たかだか数十分間だったけれど、近年稀にみる幸せな時間を過ごすことの出来た小さな空間。実はここ一週間職場でのゴタゴタで胃が痛むかなりギスギスした物を胸に抱えて日々過ごしてきたのに、ジュサブロー館を出たとたんにすべてが浄化されたような気持ちになっていた。多分1階にいたツルッとしたアタマのおじさん…ジュサブロー氏の人形達が、最近私が背負っていた悪しきものを払ってくれたに違いない。

気持ちが荒んでるな~と思ったら、騙されたと思ってジュサブロー館に行ってみて下さい。





辻村 ジュサブロー
人形曼陀羅—自伝随想