先だっての週末、ソファに根を生やし、週明け遅刻しそうな勢いで夜更かしをして完読したのが実はこれだった。

著者: 佐野 真一
タイトル: 東電OL殺人事件
この事件の舞台となった渋谷・円山町には私のお気に入りの隠れ家がある。
駅前にある109界隈やセンター街と違って静かで、美味しいお酒と小料理を振舞ってくれるいい店が意外と多いのだ。いかんせん駅から15分程歩かなければならないことと、ラブホテルや風俗店も半端じゃなく多いせいか、どこも超満員…というようなこともなく、ゆっくり落着いて飲めるのでここ数年は新宿ゴールデン街とともに気にいっている。ただし“イチゲン”さんで入れるところはなかなか見つけられず、最近は一応新規開拓してみようと努力はするが、彷徨い倦ねた挙げ句の果てにいつもの威勢のいい“おかあさん”とのらりくらりとした“おとうさん”のいるいつもの店に辿りついてしまう。
そしてこの店を開拓した友人は初めてこの店に飛び込んだ時、“彼女”の話を聞いたそうだ。私はこの事件をあまり深く知らなかったがそれを聞いた時、なんだか無性に気になっていた。それでもかなりの月日、そのまま調べもせずに放り出してしたが、円山町に足を踏み入れる度になぜかアタマの片隅に『東電OL殺人事件』という文字が浮かんでいた。
先日、『殺人百科データファイル』の項でも触れたが、書店の犯罪ノンフィクション・フェアに並んでいた中の1冊が『東電OL殺人事件』で、ちょうど円山町に行った直後。これはひとつ読んでみるか…と手に入れたが、読み進めていくうちに奇妙な気分に陥ってしまった。これは作者の佐野真一氏のアツイ文章の影響ではない。
一週間前に目にした風景がこの本の中にそのままあったからだ。いつも目印にする交番、駐車場、八百屋…そして新規開拓探検の途中、たまたまのぞいた居酒屋は珍しく満員で入れなかったが、ここは事件の現場となったアパートの地下だった。
そしてこれを読みはじめた翌日、これもたまたま渋谷でゴハンでも…という話になった友人が久しぶりに円山町に行こうと誘ってくれた。友人の方が仕事が早く終わるので店で待ち合わせをすることにしたのだが、私はいつもと違う道から円山町へ入ってしまっていた。昔、ホテル街の狭間のライブハウスへ行こうとして、近道をしたつもりが坂と小路の多い円山町の迷宮を抜けだせなくて泣きそうなほど心細い思いをしてから数年たった今も経路を崩すことは絶対になかった。にもかかわらずその日に限っていつもの経路をたどらなかった。それを後悔しながら艶めくホテルの間を用心深く歩いていると、そこに大きなお地蔵様が現れた。一瞬立ち止まり、お賽銭好きの私が小銭を出すことも忘れて立ち尽くしてしまった。そこは被害者が毎晩欠かさず立っていたという場所。なんだろう?これは…と思いながら地蔵祠の前を通り過ぎるとすぐに見なれた道に出て安堵する。そう、行きつけの隠れ家は“彼女の仕事場”の一角に位置していたらしい。
本書でたびたび佐野氏がいう奇妙な感覚…これは円山町を歩いた者にしか解らないのかもしれない。そしてこれを読み終えなければこの奇妙な感覚が纏わりついて、それが何かを解明したくて毎晩の如く円山町を彷徨い歩きそうな思いに駆られて最後は一息に読み終えた次第。そして、どうしてそこまでできたのかは未だもって闇の中の、彼女のようなひたむきな堕落とは相反するところにいるであろう、見習おうにも全くもって不可能な、
“単なるナマケモノ”
それが自分だった…というのが、奇妙な感覚に襲われつつも比較的一歩引いて完読した結論。
続編があるそうなのでそちらも是非読んでみたいものだが、佐野氏の熱い文章と思いを差っ引いても、ネパール人容疑者は冤罪のように思えたと同時に、日本の警察と裁判所の適当さが強烈に印象に残り、警察が大嫌いな古い知り合いの気持ちが少しわかった気がした。
著者: 佐野 真一
タイトル: 東電OL殺人事件
この事件の舞台となった渋谷・円山町には私のお気に入りの隠れ家がある。
駅前にある109界隈やセンター街と違って静かで、美味しいお酒と小料理を振舞ってくれるいい店が意外と多いのだ。いかんせん駅から15分程歩かなければならないことと、ラブホテルや風俗店も半端じゃなく多いせいか、どこも超満員…というようなこともなく、ゆっくり落着いて飲めるのでここ数年は新宿ゴールデン街とともに気にいっている。ただし“イチゲン”さんで入れるところはなかなか見つけられず、最近は一応新規開拓してみようと努力はするが、彷徨い倦ねた挙げ句の果てにいつもの威勢のいい“おかあさん”とのらりくらりとした“おとうさん”のいるいつもの店に辿りついてしまう。
そしてこの店を開拓した友人は初めてこの店に飛び込んだ時、“彼女”の話を聞いたそうだ。私はこの事件をあまり深く知らなかったがそれを聞いた時、なんだか無性に気になっていた。それでもかなりの月日、そのまま調べもせずに放り出してしたが、円山町に足を踏み入れる度になぜかアタマの片隅に『東電OL殺人事件』という文字が浮かんでいた。
先日、『殺人百科データファイル』の項でも触れたが、書店の犯罪ノンフィクション・フェアに並んでいた中の1冊が『東電OL殺人事件』で、ちょうど円山町に行った直後。これはひとつ読んでみるか…と手に入れたが、読み進めていくうちに奇妙な気分に陥ってしまった。これは作者の佐野真一氏のアツイ文章の影響ではない。
一週間前に目にした風景がこの本の中にそのままあったからだ。いつも目印にする交番、駐車場、八百屋…そして新規開拓探検の途中、たまたまのぞいた居酒屋は珍しく満員で入れなかったが、ここは事件の現場となったアパートの地下だった。
そしてこれを読みはじめた翌日、これもたまたま渋谷でゴハンでも…という話になった友人が久しぶりに円山町に行こうと誘ってくれた。友人の方が仕事が早く終わるので店で待ち合わせをすることにしたのだが、私はいつもと違う道から円山町へ入ってしまっていた。昔、ホテル街の狭間のライブハウスへ行こうとして、近道をしたつもりが坂と小路の多い円山町の迷宮を抜けだせなくて泣きそうなほど心細い思いをしてから数年たった今も経路を崩すことは絶対になかった。にもかかわらずその日に限っていつもの経路をたどらなかった。それを後悔しながら艶めくホテルの間を用心深く歩いていると、そこに大きなお地蔵様が現れた。一瞬立ち止まり、お賽銭好きの私が小銭を出すことも忘れて立ち尽くしてしまった。そこは被害者が毎晩欠かさず立っていたという場所。なんだろう?これは…と思いながら地蔵祠の前を通り過ぎるとすぐに見なれた道に出て安堵する。そう、行きつけの隠れ家は“彼女の仕事場”の一角に位置していたらしい。
本書でたびたび佐野氏がいう奇妙な感覚…これは円山町を歩いた者にしか解らないのかもしれない。そしてこれを読み終えなければこの奇妙な感覚が纏わりついて、それが何かを解明したくて毎晩の如く円山町を彷徨い歩きそうな思いに駆られて最後は一息に読み終えた次第。そして、どうしてそこまでできたのかは未だもって闇の中の、彼女のようなひたむきな堕落とは相反するところにいるであろう、見習おうにも全くもって不可能な、
“単なるナマケモノ”
それが自分だった…というのが、奇妙な感覚に襲われつつも比較的一歩引いて完読した結論。
続編があるそうなのでそちらも是非読んでみたいものだが、佐野氏の熱い文章と思いを差っ引いても、ネパール人容疑者は冤罪のように思えたと同時に、日本の警察と裁判所の適当さが強烈に印象に残り、警察が大嫌いな古い知り合いの気持ちが少しわかった気がした。