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*cherry*の日記  ~虹の架け橋~

社会人5年生の長女「くーちゃん」のこと、大学1年生の次女「キキ」のこと、たまに乳がんのこと、 

日々感じること・・・   

思いつくままに書いていきます。

特定健診の結果を聞きに病院に行きました。


待合で他の診療室の先生の名前を見て少し心が穏やかでなくなりました。


T先生。

20年以上前に母の乳がんを執刀した先生です。

その時、母の乳がんは3センチ。

今なら全摘だと思いますが、当時は温存でも再発率は同じと説明され温存となりました。

父は温存に反対していましたが、反対側をすでに全摘している母は、全摘した後の体の負担も考えて先生のアドバイス通り温存にしました。

(母の最初の乳がんの全摘は胸筋や肋骨の一部もとる手術だったので、術後はお箸すら持ち上げるのが困難なほど力がなくなりリハビリが大変でした。まだ40歳だったのに。)


そして、一年後、再発。

再手術の選択肢はなく、放射線治療と抗がん剤治療となりました。

同じところに放射線を当てるリスクはありましたが放射線科の先生の判断で線量や当てる場所を綿密に計算し、照射することになりました。


一通りの放射線治療が終わってしばらくした頃、皮膚の表面が赤くなり、皮膚がみかんの皮のような感じになってきました。


心配になった母は、主治医であるT先生に診てもらいましたが、放射線治療の副作用とのことで痒み止めなどの軟膏だけ処方されました。


それでもその範囲は広がます。私も心配になりインターネットで色々調べると「炎症性乳がん」というキーワードに引っかかりました。

当時は非常に珍しいタイプの乳がんという扱いだったと思います。


不安は募る一方だし、再度T先生に診てもらいましたが、相変わらず放射線治療の副作用だと。


その後、しばらくして放射線科の検診で診てもらったところ、これは放射線治療の後遺症の赤みではないからすぐに主治医に見てもらった方がいいとのことで再度主治医の元へ。(同病院内)


そこで、T先生に加え外科部長の先生が見てくださったところ、外科部長の先生の表情が一瞬で変わり、新たな治療が始まりました。


たまたま分子標的薬であるハーセプチンが世に広まり始めた頃で、母の癌はHER2陽性だったのでこの適用となり、ハーセプチンの点滴を打つことになりました。


この時にはすでに胸の赤い範囲も大きく広がっていました。


結局、母は最初の温存手術から4年で亡くなりました。


その後、その病院が乳がんは3センチの場合だと全摘の方が有意に生存率が高いと発表したと新聞でも大きく報道されました。


この時、父がその新聞を投げ捨て悔しそに涙を堪えていたのを今でもよく覚えています。


母はある意味実験台だったのか、あの時全摘していれば再発もなく今も生きていたのかも、再発後乳房が赤くなり最初に診察してもらった時点で治療を始めていればもう少し長く生きられたのかもと、今でも思います。



普段は忘れていますが、先生の名前を目の当たりにするとやはり当時の記憶が甦り、心中穏やかではなくなってしまいます。



今日、吹田の万博公園で催されていたアフター万博のイベント『麦食音祭』に行ってきました。


お目当ては


ミャクミャク焼き!

万博で何度も買ったミャクミャク焼き!


だったのですが…

お腹が空きすぎて先にご飯を食べている間に売り切れてしまいましたえーん


明日は行けないけれど、明後日、リベンジするか迷い中です。開催、明後日までなので…


お昼ご飯はジャークチキン





美味しかったです😊


懐かしいブースがたくさんありました。


サーキュラーちゃん!


グッズ売り場は大盛況でした。一時、並ぶのをストップするくらいでした。


コモンズを思い出す懐かしい雰囲気







ネパールのマワールも売ってました。


クェートのフード


なかなかいいお値段笑い泣き


ここのお弁当も気になりましたが、お昼も食べてしまったし晩御飯も決まっていたので買えず。


ネパールのモモもありましたニコニコ


サウジアラビアのフード

デーツを買うか迷っていたのですが、こちらもこの後来たら売り切れていました。



そしてあまりにも寒かったので、ヨルダンコーヒーとパクラヴァというお菓子を食べました。



カルダモン風味のヨルダンコーヒー、懐かしかったです。


ヨルダンの砂も置いてました!

懐かしい。


とにかく寒くて寒くて…

こんなに寒くなければもう少し食べ物を食べたりしたかも…


アクセサリー類も色々売っていて楽しかったです。


ブルンジのコーヒー売りも健在でした爆笑




おまけ

万博記念公園内にあったマンホール


次女の幼馴染の進路が気になって仕方ないです。


幼稚園(私立)も一緒で、小学校(公立)も一緒。

そして中学受験の塾も一緒でした。


受験の時、ギリギリまで志望校が定まらなかったようですが、秋(ほぼ冬)に次女と同じ中学を本命校として受験すると知りました。

そして、初日午後はそれぞれ違う学校を受験。

二日目もまさかの次女と同じ中学。

これは年末か年明けくらいに聞いたので本当に驚きました。

真似されてる?と思うくらいに…


そして、次女と同じく本命不合格、午後校合格、二日目校合格で次女と同じ中学に進学することになりました。


中学に入るタイミングで彼女は違う沿線に引っ越したので通学で会うこともなく、クラスも同じになることもなかったのであまり話もしなくなりました。


そして高校に進級すると、次女は英語めっちゃやりますコース、彼女は普通のコース(もしかすると理系コースだったかも)と全く違うコースに進んだのでいよいよ会うこともなくなりました。校内でたまに会うと、よっ!と声をかける程度の「よっ友」だったそうです。


卒業式でも見かけたけれど、まだ国立の結果も出ていない時期。結果を聞けるわけもなく…

(国立志望というのは風の噂で聞いてきました)


そして一年が過ぎました。


次女からの噂では、たまに見かけるインスタでは

浪人してるっぽい

旅行に行ってる

なんか専門学校通ってるかも

理系受けるのかも

と、全く彼女の状況がわからない情報ばかりです。


ほんと、気になるのですが、お母さんも中学の卒業式でわたしを見かけて見て見ぬふりをして通り過ぎていったくらいなので多分関わりたくないんだろうなと思っています。

小学校の時の同級生のお母様たちもみんな引っ越し先すら知らなかったりで、何らかの事情でこちらの地元の人たちとは関わりたくないのかもしれないです。



ただ、わたしは彼女にも彼女のお母さまにも本当に感謝していることがあるのでこんなに疎遠になってしまったことは残念だなと思っています。

やっと今年度の特定健診に行ってきました。


例年、誕生日月の12月に行くのですが今年は夫の実家のことなどでバタバタしていて行きそびれていました。


いつも検診に行く病院の受付が、3/14までなのでギリギリセーフです。

この病院、健診時に予約が要らないのがありがたいです。ただ、結果を聞きに行かなくてはならなくてそちらだけ予約が必要なんですけどね。


実は次女が今朝から一泊二日で一人旅に出かけて、朝駅まで送ったついでにその足で行ってきました。


結果の説明は再来週ですが、数値見えるもので言うと、


血圧 多分去年とあまり変わらず。

身長 ほぼ同じ

体重、腹囲共に、四年前から毎年増加しています…

えらいこっちゃです。


本当に運動再開しなければ。

ランニングやウォーキングと自重トレをやるつもりでいるのですが、朝は走る気満々なのに結局夜まで走りに行かない日が続いています。


これはもう課金した方がちゃんとやるのかなあ。

KONAMIかカーブスかテニススクールか。


KONAMIとかカーブス行くなら週3は行きたいんですよね。行けるのかしら。

カーブスは時間制約があるので厳しいかも。

KONAMIの方がいいのかな。


テニススクールは友達もできるといいなとか思いますが、終わってからお茶したりランチしたりすると消費カロリー以上に摂取してしまいそう。

あと、わたし、ラリーは好きですが試合は好きじゃないんですよね。



やっぱりKONAMI??



みなさんからのアドバイスお待ちしております!