少し間が空きました。

お久しぶりです。



私は関東在住ですが、

出身は関西です。


その関西に住む私の祖母が、

この度亡くなりました。


我が子にとっては

曾祖母、ひいおばあちゃんです。



彼女の通夜や葬儀に

出席するため、

子連れで帰省していました。



GWにも帰省していたのですが、

今回の訃報を聞いて

あの時行っておいて

良かったなと思いました。




今日は、

その祖母の話をさせてください。






* * * * * * * * * *




私の両親が

離れて暮らし始めたのは

私が4歳の頃です。



父の地元から、

母の地元である関西にうつり、

母子の二人暮らしをはじめました。


わたしは当時4歳ですから

経緯も何も分かりませんでしたし

記憶もほとんどありません。


気付いたときには母子家庭、

そういう感じです。



そして、幼稚園に通い始めました。


通園バスのある幼稚園で、

行きは母に見送られて

帰りは祖父母の家に送られました。


市場でお店をやっていた祖父母は

母の仕事が終わるまで、

わたしの面倒を見てくれたのです。


市場は賑やかで

たくさんのお店があって

とても面白いものでした。


幼稚園にも比較的近かったので

友達とあそぶこともできました。


友達と商品の豆のケースに

手を突っ込んでかき回し、

よく祖父に怒られていました。


感触が気持ちよくて、懲りずに

よくやっていました。



豆の計り売りなんて、

今時見かけないですよね。

とても良い思い出です。


写真があったような気がします。

見つけたらupします(^^)





祖母に怒られた覚えは

全くありません。


本当に全くないのです。



やんちゃで言うことを聞かない

私ですが、

本当に優しく接してくれました。






小学校の高学年だったでしょうか、

祖父母はお店をたたみました。


そして、

私たちの家の近くに住むことに

なりました。


歩いて10分ほどです。




予定がなかったり暇になると

『おばあちゃんち行ってくる』と

よく入り浸っていました。



そう、幼い私は

『おじいちゃんち』

ではなく

『おばあちゃんち』

と表現していました。


おばあちゃん子だったんですね。



おばあちゃんとおやつを食べたり

テレビを見たり

置いてある漫画を読んだり

昼寝をしたり

大したことはしていません。


でも、居心地が良かったんでしょうね。



おばあちゃんは

テレビを見ていても

なぜかずっと喋り続ける人でした。


私が

『TVが聞こえないから黙って』

と言うと1分くらい

黙ってくれるのですが、

また喋ります(笑)


いつしか、おばあちゃんの話を

スルーする技術を身に付けました(笑)


孫が来ているのが嬉しかったのかも

しれないですね。


私はテレビに夢中でしたが(^^;



家と学校の通学途中に

おばあちゃん宅があったため

行く機会も多かったんだと

思います。




そして

私が中学生のとき

阪神淡路大震災が起こりました。


母は忙しくしていたので、

私は、昼間は祖父母宅で過ごし

夜は家に帰るという

生活をしていました。



私の住んでいた場所は

電気はすぐにきたのですが

水道がなかなか通りませんでした。


毎日、給水車へ水を汲みに行くのが

祖父と私の仕事でした。


お風呂は週に2回ほど銭湯に行きました。

長蛇の列を祖母や母と並びました。

膝の悪い祖母は、しんどかったろうと

思います。



1月に震災が起こり、

学校は3月いっぱいまで

無かったと記憶しています。


登校日を1-2回経て、

4月から通常だったように思います。

が、正直よく覚えていません。



あの時は一人ぼっちではなく、

祖父母の家で過ごせて良かったです。






そうして、大学生になりました。


私は大学まで2時間近くかけて

通っていました。

本当によくやったな…私…

と思います。



あまりの遠さに不憫に思ったのか

祖母はお弁当を作ってくれて

祖父は単車(バイク)で駅まで

送ってくれました。


なんと過保護な祖父母でしょう(笑)

ありがたいことです。



1年生の最初の1ヶ月間だけですが、

慣れるまでの間

そうやって助けてくれたことが

とてもありがたかったです。




私の結婚式にも参加してくれました。

ほぼ身内だけの

アットホームなものでした。


神社で式をあげ、

その後レストランで食事会をしました。


その時、おばあちゃんは

手紙を書いてきて

それを涙ぐみながら

読んでくれました。


まるで親子のようですね。

嬉しいできごとでした。






こうやって思い返してみると

祖母との強い思い出は

ほとんどありません。


ただ、家に行けばいつもいて、

『よお来たな』と言って

お茶やお菓子を出してくれる。


そしてずっと一人で喋っている(笑)


けれど、それが本当に

良い思い出です。




あの家に行っても

もう居ない。


そう思うと、涙が出ます。


いつ行っても居てくれた、

それはとても心強いことだったと

知りました。


母は基本的に家にいなかったので

祖母がわたしにとって

母性を与えてくれる人だったのかも

しれません。




曾孫を見せることができて良かった。


長生きしてくれた祖母に

感謝です。



むこうでも

元気に過ごしてね。









読んでくださり

ありがとうございます。










最後に。

祖母には癖?がありました。

物を勝手に捨ててしまうのです。

しかも大切なものばかり(笑)


テーブルの上に

当時大好きだった劇団のチラシを

置いていたことがありました。

(一時間くらいです)

それが気付くとゴミ箱に!!!


イヤーーーちょっと待ってーーー!


叫んだことは言うまでもありません(笑)


いつもは捨てないのに(←まじで)

なんで今回よりによって

大事にしている

これを捨てるーーー?!?!


こういうことがよくありました。

もはやネタとしか思えない

祖母の癖(?)でした。





みい




今日

私は

とてつもなく

ダルいです。




からだが重くて

動くのも一苦労(*_*)


通勤が辛いです。




皆さんは

そんな日がありませんか??



風邪が治りそうで治らない、

微妙な状態なので

それも影響していると思います。



ですが、

気になるのは『天候』。



どんより曇り

雨が降りそう

湿気が多い


そんな天候の日は、なんだか

体がうまく動きません。



からだの芯がなくなる感じです。

(もともとないのに余計に!)



今日は

仕事が激烈暇な予感なので、

早退しようと思っています。


え?

甘い?


来週はハードなので、

それにむけて

英気を養うということで❤





GWに行った滝↓↓

マイナスイオン万歳!







花金ですが、

皆さんも無理なさらず

良い週末を!



みい




大切なことは


みちしるべを持つこと



自分を信じること


ではないかと、

ふと、思いました。





何が起こったとしても

それを解釈するのは

自分です。



つまり、

出来事そのものは

大きな問題ではなく

その出来事を

その人個人がどう受け止めるか。


個人の体験として、

どのような意味をもつのか。


それが重要なのだと思います。





そう考えると、

全ての人は

『出来事に意味をつけるモノサシ』

を持っていると言えます。


皆、それぞれ違うモノサシです。



そのモノサシが

いわば

『みちしるべ』

なのではないでしょうか。



あれもダメ

これもダメ

というモノサシ。



あれは良い

これはダメ

というモノサシ。



あれも良い

これも良い

というモノサシ。



他にもたくさんあると思います。



独自のモノサシにしたがって

判断し、生きているという点では

皆おなじです。



それならば、

自分にも他者にも有益で

内にも外にも

良い調和をもたらすような

『モノサシ』を持てると

良いなと思います。




そして、

モノサシや考え、体裁や地位など

すべて取っ払った

自分そのものを信じること。



これがあれば

自然と笑顔の生活に

なりますね。








みい