今朝、朝起きて鳥かごを確認すると、キセルが落鳥していました。
キセルが我がうちに来てあと少しで二年経を目前にしての出来事でした。
最後とは知る由もなかった日の夜。
キセルが夜になると眠たそうにむくれるのは毎日のことです。
いつもどおり俺は、鳥かごにカバーをかけて寝ました。
特におかしい様子はありませんでしたし、
止まり木の上で目をつぶってうとうとするのもいつものこと。
本当にいつもどおりの夜でした。
そして今朝。
キセルの名前を呼ぶとキセルは返事をしてくれます。
いつもならそれを朝の挨拶にするのですが、今朝はその返事が聞こえませんでした。
それゆえに籠を取り巻くカバーを取り払って籠の底で冷たくなっているキセルを目にした時は
表現できないほどに暗く、深い哀しみに覆われたものです。
しばらく時間を置いて、今は少し落ち着いて更新しています。
キセルが家に来て後もう少しで2年でした。
でも、十姉妹の寿命は約5,6年。
キセルを買ったのは成鳥の時だから、お店のほうで何年生きてきたのかまでは分りません。
俺は、キセルに天命を全うさせられたのでしょうか。
あるいは・・・。
そうでなければ、俺はキセルの寿命を削ってしまったのでしょうか。
それを思うと、自分を責めてしまいます。
胸は苦しく、体は鉛を入れたように重くなります。
今俺の部屋を常に警備していてくれたはずのキセルはもう居ません。
居ることが当たり前なはずだった事がそうでなくなる時の喪失感というのは、あまりにも大きいです。
キセルのお墓は庭先の土を掘って作りました。
キセルの体は大地の中に時間をかけてゆっくりと一体化して行き、
キセルの魂は、俺の心の中に思い出と戒めを深く刻み、留まってくれると信じています。
そして、キセル自身は、この春の陽気に包まれながら飛び立ってくれると。
今までありがとう。そしてすまなかった。
君の存在は、きっと俺を一回り大きくしてくれたと思っている。
君と過ごしてきた日々の思い出を、俺は忘れない。
本当に、ありがとう。
薄れて行く気持ちを、必死に抑え続ける。
この哀しみですら、写真として形に残せればいいのに。
