日本統計協会主催の第61回統計セミナー「平成22年国勢調査結果と東日本大震災後の人口移動」を聴講してきました。
セミナーは定期的に開催されているようですが、今回初めて聴講しました。
平成22年国勢調査結果と東日本大震災後の人口移動というテーマで、3人の講師の方の講演がありました。
「東北地方の自然災害と人口の動向」-日本女子大学人間社会学部 阿部隆教授
東北地方は今回の東日本大震災で沿岸部では津波の被害が大きく、また福島第一原子力発電所の放射性物質漏洩事故もあり、これらの人口移動に対する影響を過去の災害と比較しながら分析したレポート。
全体的な傾向として、県単位で被災率(死者・不明者/常住人口)を考えると人的被害は岩手、宮城、福島の3件に集中しており、死者数は宮城県が最大である一方、沿岸地域の人口に対する被災率は岩手県が1.94%で最大。また市町村別では岩手県大槌町がもっとも高く、10%以上の被災率となっている。
ちなみに、岩手県の場合
明治三陸津波(1896年)では23.86%、昭和三陸津波(1933年)では2.04%
だった。
しかし、転出率が増加しているのは宮城県と福島県だけで岩手県の転出率は減少している。
特に福島県は女性の転出率の増加が顕著となっている
過去の事例から解ることは
・人口の減少は一時的にみられるが長期的に見れば影響は軽微である
但し、福島県の場合は放射性物質の漏洩が原因でその影響の予測は現段階では困難
・東北地方では津波による被災よりも冷害による凶作の方が人口減少に与えるインパクトは大きい。津波の場合短期の移動が中心になるが、冷害の場合転出者が転出先で定着してしまい、再転入はみられない
・明治三陸大津波の場合水産業の回復が早く、津波翌年は岩手県で漁獲金額が大きく伸びている
しかしながら、現在の社会構造からして東北地方の人口流出を免れるのは難しいと考えられる
「人口変化からみた地域の諸課題~大都市郊外地域の高齢化~」 江崎雄治専修大学文学部教授
1990年代後半まで都心部の空洞化が進むドーナツ化の懸念が叫ばれていたが、2000年代以降は都心回帰傾向が顕著になり、それまで発展の中心となってきた都心から50km程度の郊外部を中心に郊外部が急速に勢いを失っている。
東京大都市圏は郊外を中心に人口が停滞・減少し始めており、東京圏全体としてもいずれ人口減少と急速な高齢化に見舞われる。
2011年には、千葉県が転出消化に転落した。震災の影響と見られるが、以前から千葉県ではちょうど今頃が人口ピークを迎える時期だと言われており、震災の影響で減少に転じるタイミングが早まったという見解もある。また人口増加が続いている神奈川県では2015年頃、東京都でも2020年にはピークを迎えその後は減少に転じると言われている。
少子高齢化問題では原因として合計特殊出生率の低下が強調されているが、むしろ出産適齢期の女性の数の減少の方がインパクトが大きい。
大都市の郊外部では分譲住宅地で人口の高齢化が進み、様々な問題が表面化している。
いわゆる団塊の世代が高齢化予備軍から高齢者にシフトしさらに第二世代の流出によって高齢化に拍車がかかっている。
事例として首都圏郊外の分譲住宅地の事例が紹介され、その解決策として住宅街の区画再整理やガーデンシティ化なども提案。
但し、財政悪化の中でどう費用を捻出するかが問題。
「東日本大震災から1年間の人口移動の状況」 三上明輝総務省統計局国勢統計課長
東日本大震災から1年間の人口移動の状況をまとめたもの。
人口は概ね西高東低で東日本では減少或いは増加が抑制、千葉県が初めて転出消化となった。これは浦安市での液状化被害や、松戸市などでも放射性物質高濃度地域(ホットスポット)の存在が明らかになったことによる、震災影響と考えられる。
また、短期的な動向をして、2011年の3月、4月は全国的に人口移動が大きく停滞し、その反動で5月の人口移動が対前年比で大きく増加する現象が見られた(あくまでも講師の私見であるものの)ガソリン等の燃料などの影響と分析。
いずれの講演も、国勢調査の統計データを駆使すると今回の震災の影響が非常によくわかることが示されていました、
特に東日本地域と、新潟、長野、山梨、静岡のライン以西の西日本とでは人口に与えるインパクトが大きく違ったことが解りました。
俗に被災三県とひと括りにされますが、この三県でも各県により影響は異なっています。
宮城県は県人口も減少しており、地震、津波の直接的な影響も甚大。福島県は原発事故の影響によって全県的に、特に女性の転出増加が深刻で、警戒区位置が設定されて立ち入りのできない浜通り地方の人口減少は当然ながら、高い放射線が検出されている県下最大の都市である郡山市でも全国最大の人口減少となるなど、厳しい状況となっています。放射性物質の性質から影響が長く続くことも懸念されます。
一方岩手県は県人口の減少のペースが震災前に比べて鈍っており、震災に伴ってむしろ人口の流入があったと考えられます。但し、沿岸部の自治体単位でみると陸前高田、大槌町などは被害が非常に深刻で、県内でも明暗が大きく別れているというのが実情のようです。
実際のところ、震災直後に岩手県内陸の友人に物資を送ったのですが、相手方も被災地といわれてもピンと来ないような感覚のようでしたから、それを裏付ける結果だったと思います。
面白い切り口だと思ったのが大都市周辺の高齢化の問題です。
現状のまま推移すれば2040年には空室率40%になるという試算もあり、空室対策は大きな課題になっています。
空室率押し上げの原因としては借り手のつかない賃貸住宅だけではなく、住む人のいなくなった持ち家の存在もあります。
当初は家族で戸建住宅に入居したものの子供は独立して、夫婦だけになり、やがて夫婦も高齢になって子供も帰ってくることはなく、最終的に住む人がいなくなるという減少はどこにでもあることといえます。
講師からは宅地の区画整理や、ガーデンシティ化によって競争力の回復を図るべきだという指摘がありました。
しかしながら、老朽マンションの建て替えと同じ構図で高齢者ばかりの地区で新たに住宅投資をすることに果たしてコンセンサスが得られるか、共働きのライフスタイルにマッチしづらい郊外住宅地の利便性の問題、また広い庭を管理することが高齢者にとって負担となることなどを考えると必ずしも一筋縄でいかない難しさがあります。
現実問題として、被災地でも津波で浸水した空き住宅が地震から数ヶ月経ってからやっと後片付けに着手できたという
事例もあります。さらに誰も管理する人がいない場合にはずっと放置されっぱなしという事態も考えられます。管理されない状態では放火や不法占拠が発生したり、場合によってはスラム化して犯罪の温床になる危険性もあるなど、放置していい問題ではありません。
こうした問題は以前は中山間地の問題であったものの、現在では特に大都市郊外で深刻な問題となりつつあります。特に高度経済成長期に住宅を入手した年齢層が減っていくこれからは益々深刻な問題になっていくことでしょう。
もはや歯止めがきかなくなった人口減少をどう乗り切るか。
政府の動向を見ると現在は消費税の増税議論一色で、構造転換についての議論が全くないのが先行きをいっそう不安にさせます。
未曾有の人口減少社会をどう乗り切るか。頭の痛い問題です。