「ポニョの海辺」埋め立て計画、宮崎監督が思い語る
9月21日13時2分配信 読売新聞
万葉集にも詠まれた広島県福山市の景勝地・鞆の浦の埋め立て・架橋事業を巡り、計画に反対する住民らが県に埋め立て差し止めを求めた訴訟の判決が10月1日、広島地裁で言い渡される。
鞆の浦に滞在し、映画「崖(がけ)の上のポニョ」の構想を練ったという宮崎駿監督(68)が、判決を前に読売新聞のインタビューに応じ、開発か、景観保護かで揺れる鞆の町への思いを語った。(諏訪智史)
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スタジオジブリの社員旅行で初めて鞆の浦を訪れた時、たまたま泊まったのが崖の上の家だった。(ポニョの制作を前に)その家が気になって、2005年2月から約2か月間、滞在した。
家の窓から海の景色を毎日見ていて、海に色々な表情があることがわかっておもしろかった。鞆の浦に行かなければ、ああいう映画にはならなかったと思う。
埋め立て・架橋事業については、自分なりの考えは持っているけれど、賛成か反対かを主張する気はない。地元の人たちが決めることだと思う。
ただ、過疎化や高齢化が進むことで感じるさみしさを、事業で埋められると考えている人がいれば、それは錯覚だと言いたい。
鞆は、僕が住んでいる埼玉県所沢市よりもお年寄りが住みやすい町だ。僕も含めて、年を取ると、友人は死んでいくし、さみしい思いをいっぱいする。そのさみしさは、橋を架けても、摩天楼を建てても変わらない。じゃあ、橋を架けなければバラ色の未来が広がるかというと、それも違う。
判決が出て、勝った、負けたで何が変わる訳ではないが、もし、景観を守ることが大事だという判断が出れば、日本の法制史上、大事な一歩になると思う。
どういう判決でもしこりは残るだろう。狭い町の中で住民が賛成、反対に分かれていることは損なことだ。橋を架ける、架けないとは違うレベルで知恵を出し合ってほしい。そうすれば、鞆を穏やかで住みやすい町にしていけると思うし、若い人もやがて来るはずだ。
◆鞆の浦の埋め立て・架橋事業◆
沿岸の約2ヘクタールを埋め立て、179メートルの橋などを整備。反対派住民らは2007年4月、埋め立て免許差し止めを求めて提訴。県は08年6月、国に免許を認可申請している。 .
最終更新:9月21日13時2分
総選挙が終わり、政権交代があって、無駄(な公共事業)の排除ってことが連日語られています。
群馬県の八ツ場ダムの問題では、それまで反対していた地元住民が断腸の思いでダムを受け入れたのに、今更凍結されるのは困ると態度を硬化させていると先ほどニュースでも伝えていました。
全体的に見れば過剰なインフラ整備は生活コストをあげ、国や地方の財政を圧迫する要因にもなるから、いらないものは作らない方がいいということは正論ではあると言うこと。
ただ、このまま続行する方がいいのか、やめた方がいいのか、ダムを受け入れる地元にとって将来どちらがいい結果になるのかは全く分かりません。
宮崎さんがいっているように、街がきれいになっても、心の寂しさが癒されるかというとそうではないと思うんですよね。
夜の東京の街を歩くと、確かに人が多くてネオンがきらびやかなところを歩くと楽しい気分に離れるけど、人通りの少なくなったオフィス街とか、人気が少なくて車ばかりが目立つようなところにいると、
「ああ、今頃家庭の明かりの中ででのんびりと夜を過ごしている人が多いんだろうなぁ」
なんて思っちゃうんですよね。「早く家に帰りたいなぁ」と。
どうしてもお金のことが先になっちゃうけど、何があればもっと多くの人がhappyになれるかって観点からもいろんな施策を講じてほしいと思うんですよね。
お金がたくさんあっても、ストレスばかりで胃がキリキリしているようでは高級レストランに行ってもメシはうまくないでしょう。
じゃぁ、それが何かと言われれば僕も「これだ!」と即答できる訳じゃないんだけどね。
子供を増やすことも大切だけど、自殺を減らすことも大切だと思うけどね。
子供が増えてもその分自殺が増えれば意味がないんだし。