UberEATS(ウーバーイーツ)配達員『ギグワーカー』のブログ

UberEATS(ウーバーイーツ)配達員『ギグワーカー』のブログ

ギグワーカーとして uber eats(ウーバーイーツ)配達員が配達と日々の日常を書くブログ

総理が白タク解禁をしていく!というとうべんが今日あったみたいです。

日本でも一般人が自家用車でお客さんを乗せて、タクシーで稼げるようになる日がもしかしたら、近く来るのかもしれないですね。

もしこの白タク解禁が日本でも認められたら、
ギグワークは一挙に広がる気がしています。



白タク解禁(まずは都市でなく地方からみたい)をしていってほしいと、そうすごく思います。

日本にギグワークを広まったら良いなと。

 

ギグワークを日本に広まったら良いなと。

その活動をしていく。

 

ギグワークって何か?

それは、1件の仕事を受けて、細切れに仕事をしていく働き方。

 

それを生業(なりわい)にしている人のことをギグワーカーと呼ぶ。

 

このギグワークは米国で浸透している働き方です。

 

 

一挙に増えたきっかけが。

 

Uberタクシー。

 

 

自分の自家用車でお客さんを乗せて稼ぐ仕組み。

 

現在日本では、白タクとして呼ばれる形。

 

日本では違法だけで、米国をはじめ、世界ではOKな国もあり、

一挙に世界中にギグワーカーが増えている現状があります。

 

 

 

自分は、UberEATSが日本に参入した時から、配達員として稼働してきた。

 

まさに、1件の仕事を受注して、その1件の配達をこなして報酬を得て、

1日1万円~2万円稼いだり、

スキマ時間の1時間に1000円稼いだりする仕事を行ってきた。

 

 

まさに、ブログのタイトルにある通り「ギグワーカー」。

 

 

このギグワーク。

 

最近少しづつ日本にもこの名称が浸透しつつある。

 

 

ギグワーカーという言葉を知らなくても、

「UberEATS配達員の人は自分の自由な時間に働けて、シフトに縛らずに、自由に働く人」のことと言えば、イメージしやすいかもしれません。

 

ギグワーカー  =   Uber配達員

 

で、イメージとしてあってます。

 

 

このギグワーカーの人の数を増やすこと、日本にこの「ギグワーク」の名称も広めることをしていこうと思っています。

 

自分はTwitterもしてますが、

 

これからは、ブログにして、活動や、想いを残していこうと思っています!!!

 

 

 

新しい働き方として生まれたギグワーク。

 

 

自分もギグワークだった3年間、恩恵をたくさん受けてきました。

 

もちろんデメリットもありました。

でも、デメリットよりもメリットがたくさんありました。

 

 

そのあたりや、活動について記載していこうと思っています。

 

 

ギグワーカーが日本にも浸透してもらえたら嬉しいです。

今朝の朝日新聞に少しだけ掲載してもらいました。現在の数値化の働き方の光と影という内容です。

有名な「なんもしない人」と一緒に掲載してもらい光栄です。良かったら読んでもらえると嬉しいです。 


12月から車でUberします。

軽バンを帝都産業さんからレンタルして、事業者登録(黒ナンバー)もしてもらったので、

12月からバイクではなく車稼働となります。

Uberとの掛け持ちでアマフレなども色々と車で稼働していこうと思っています。

来週月曜日納車なので今からUberでの車稼働が楽しみです。
ここの「Uber配達員のブログ」を始めたことも、大きなターニングポイントのひとつ。

Uber初稼働してから、1ヶ月後くらいにブログを書き出した。

大変なこと、楽しいことなどなど。

日記という感じで。


書いていると、閲覧者が、100人いたり、
300人いたり、1000人いたりで、

Uberをひとりでおこなっている孤独感というものはだんだんと減っていった。


こんなことがあった→ブログに書く→閲覧者がいてくれる→嬉しい→

Uberしたくなる→モチベーションがあがる→
Uberし続ける→
たくさん出来事が起こる→
こんなことがあった→ブログを書く→



こういったよい循環で、Uberすることが毎日楽しくなっていった


そういったことから、3年たった今でも、
ここのブログを書き出したことは、

大きなターニングポイントのひとつだと思っている。


ブログの良かった点は、


前述した
「LINEグループを作ろう!」にも大きくいかされた。


ブログで、自分のLINEIDをのせて、
LINEグループをしたいひとは、登録してと、
宣伝ができたから。



そう告知してから、

最初3人だった人数は、

最初の1ヶ月で30人まで増え、

そして、3ヶ月後くらいには、

100人程にふくれ上がっていた。

そして、半年が過ぎる頃には、300人程になり、

2年で450人くらいに増えていった。



こういったことから、
何かを発信する時は、ブログは、とても有効と感じた。


もちろんブログと合わせてTwitterでも、
告知をおこなっていったが、

SNSのすごさと、後に語る予定の、SNSの怖さを、認識する日々が始まっていった。


ブログを発信し続けて良かったと思う。


自分のことを、正しく発信し続けられたので。


これからもずっとブログは、続けていこうと思っています。


続く
UberEATS配達員LINEグループを自分は作りました。

2017年2月頃だったと思います。

そのLINEグループは3年で最大450人までになりました。先日一夜にして崩壊させられて0人になり、現在は400人のdiscordグループと、250人の復活LINEグループを運営管理しているけども、


そもそもなぜ当時、配達員LINEグループを作ったか?ということが、今日の、お話です。


自分は、
TwitterやFacebookはUberする前、まったく使ったことがなく、リツイートの仕組みや用語なども一切知りませんでした。

ただ、LINEグループは、LINEをよく使っていたこともあり、よく知っていました。

このLINEグループで、Uberの情報や、配達員同士のやりとりをしたいとすごく当時、思っていました。

初稼働した頃も、すでに、100人程の「UberEATS配達員LINEグループ」は存在していました。

噂に聞いてました。
そういったLINEグループがあることを。


Twitterなどは詳しくなかったことから、さらにLINEグループの手軽にコミュニケーションとれるSNSで、Uberをしたいと思っていたことから、このUber配達員LINEグループにどうしても自分は入りたかった。それが動機です。


でも、どうしたら入れるのか???

まったくわからずに、
まずおこなった方法が、

お店にピックで時々会う配達員に
「LINEグループってあるの?」
「どうやって入るの?」

と、声をかけまくる方法で1ヶ月くらいおこなってました。

そう声かけても、LINEグループがあることも知らない人ばかりで入ることができずに、悔しい気持ちでいました。



そういった中で、ひらめいたことが、

入れないなら、自分でLINEグループを作ってしまおう!!!

ということでした。


そして、300人や500人くらいの規模の大きなLINEグループを作ろう!という気持ちが最初の気持ちで、
作っていったことになります。


2年で450人のLINEグループができて、配達員みんなで気軽に情報交換できるグループができたことは、成功だったと思います。

ただし、このグループも、様々な問題が、あり、

大変な日々が始まるスタートでもありました。


でも、言えることは、

大規模のLINEグループを作りたいという気持ちからスタートしたけど、

そういったちょっとした気持ちに対して、自分は、少しのちょっとした行動をおこして良かったなとそう、

今、強く思っています。


やってみないとわからない。
と。それは今でも思っています。


続く。
孤独だったなぁ。最初の数ヵ月は。

登録したのが10月。
それから年をまたいで2月頃までの孤独感は、すごいものだった。

毎日、朝10時頃に渋谷で稼働スタートして、六本木あたりや恵比寿あたりをぐるぐると配達していきながら、21頃までし続けるという流れでよく稼働していた。

雨でも雪降っても稼働していて、週6日くらいコンスタントに稼働していた。

何か困ったことがあったら、すぐにサポートに電話して解決という方法で1ヶ月もしたら、Uberは慣れた。

でも、孤独感は感じていた。

ずっと一人で依頼を受けて、一人で配達して、一人で移動して、一人で帰宅してということをしていると、なんだか心細かったし、
何より情報がまったく入らないことに心がなえていた。

当時は。

一人で淡々と仕事をこなすのは、これまでしたことがなかったから、このペースに慣れるのは本当に大変だった。

一言も誰とも話さない日もあったりして、なんだかつまらなく感じた時もあった。

これではいけない!と思い、

ほとんどこれまでしたことがなかった、TwitterとFacebookを始めて、情報を得る努力と、配達員とつながる努力をしていった。


これがターニングポイントだったと思う。

いかに稼ぐか?いかに情報を得るか?いかにモチベーションを保つか?の

答えの試行錯誤のために、必要だったSNSだった。

孤独感から始まり、実際に利用したけど、

このSNSを多用したことは良かったことでもあり、今にでも続く、メリットと、デメリットの、最たるものであるものの

SNSとの出会いだった。

今言えるのは、必要なものとしてSNSを利用していったけど、すごく良かった。

でも、これにより、かなり、つらいことも、この三年の間に引き起こすことにつながる

スタートでもあった。


そんな試行錯誤の日々が登録後からの数ヵ月間だった。


登録してバッグをもらい、その日から稼働したかったけど、

できない理由があった。

なぜなら、試験日が、2週間後にあったから。

なので、登録してから初稼働までは2週間後というタイムラグがしょうじることになり、

これは今でも悔いに残るひとつです。

なぜなら、この期間は「バブル」と言われる程の高いインセンティブだったから。
聞いたところによると、最初の1週間は、10万円程、楽に稼げたそう。


自分も試験を終えてから、そのおこぼれもだいぶ味わえたけど、試験があり2週間もあとに初稼働がずれたのは、残念だった。


とはいうもの、
やっと試験が終わり(落ちてしまったが…)、初稼働をむかえることになる。


あらかじめ用意したものは、
Uberの人から、バッグに清潔なタオルなどをつめると商品がこぼれにくいなどを聞いていたこともあり、

タオルをバッグにつめる程度の用意で初日を迎える。


一番最初は、

夕方に、
田町の駅近くの大戸屋に呼ばれた。

それが最初のピック。

ピックまでが大変だった。

アプリのナビのもと、そのピック先までむかうことが大変で15分くらい、かかった。

自前のママチャリで。


そうして、

なんとかついて、
商品を預り、

お客さんのもとへ。



ここからが大変だったし、緊張した。


タワーマンションでアジア系の外国男性だった。

緊張したけど、
なんとか一件目を無事完了できて、ほっとして、自信もついて。


この日はあと4件をこなして、
くたくたになりながら、1日を終えた。


自信はついたけど、様々な問題に初日から気付くことになる。


乗り物問題…、疲労問題…、

そういったこともあったけど、
これから3年続く、波乱のUber生活の1日としては、特に問題なく済んだ。


それが、自分の、稼働初日だった。