クロール、スクロール。
クロールをしている。
つもりだったんだけど、空から見下ろしてみたら、ただジタバタと手足を動かしてあがいているような、そんな姿だった。
泳ぎには自信があったんだけどなあ。なんて、苦笑いをしながら、目の前に映し出された自身のカッコ悪い姿をぼんやりと眺める。
溺れそうだ。
だけど溺れない。
精一杯のバタ足で、なんとか水面に浮かんでいる。
あれはそうだ、多分どこかで、一度リズムを崩してしまったからなんだ。
運動会の行進なんかであるじゃない。
1,2,3,4って、前後左右の人と足並みそろえて歩き出すのに、いつの間にかそいつだけ、手足の動きが半歩ずれてて、それであわててケンケンの要領で片足で2歩進んだりして、みんなに合わせようとするの。
でも、なぜかどうしてもそのリズムがずれちゃって、いつまでもいつまでも片足でぴょいぴょい進んでいって、お前ふざけてんのか、って担任に怒られちゃうっていう。
まあ、それ、僕のことなんだけどね。
一度リズムが崩れると、なんだかんだでずーっとリズムは狂いっぱなしでさ。
なんか、音楽も聞こえないし、がんばれとか、そんな応援も遠くなるし、早くおわんないかなーとか、手に汗握りながらずっと思ってるの。で、もうこんなんじゃ「やーめた」つって列から逃走したほうが逆に自分もみんなも諦めがつくんじゃないかとか、思うんだけど、前の人の足の動きを見つめていると、結局そこで歩みを止める勇気ももてなくて、ひょこひょこひょこひょこ、かっこ悪いまま行進していくんだ。
で、願わくば「がんばったね」なんて言わないでほしい、言ってくれるな、みんな忘れろ、見ないフリをしろ、それが優しさだ、とか思うんだけど、遠くのほうで誰かの親父が「がんばれ!」とか言い出して、お、それはいいね、って感じでみんなが「がんばれ!」「かっこいいぞ!」とか言い始めてさ。
こっちは必死で冷静な顔してなんてことねーぜって進んでいるのに、そのひとことで「あー、僕今必死で失敗してないふりしてたのに」って絶望感に襲われるんだ。
クロールをしている。
つもりだった。
つかむ藁も見当たらなくて、僕は空の上から見下ろして、「腹を引っ込めろよ、遠くを見るな、へそのあたりを見つめて泳ぐんだ、ひじから抜け、ゆっくり足を動かせ。歩幅やリズムを合わせる必要なんてない、お前、今ひとりじゃんか」って冷静に言ってる自分自身にこう言うんだ。
「うるさい。お前はどこがスタートでどこがゴールでどこが最短コースかよくわかっているからそんなことが言えるんだ。僕は今この目の前の、泡立つ波しか見えないんだから、しょうがないじゃない」
そしてどっちが陸地なのかまったくわからなくって、このまま動きを止めたら楽になれるのに、その勇気もなくてずっとバタバタ手足を動かし続ける。
太陽は黄色かったよ。
わからない、もしかしたら、月だったのかもしれないけど。
つもりだったんだけど、空から見下ろしてみたら、ただジタバタと手足を動かしてあがいているような、そんな姿だった。
泳ぎには自信があったんだけどなあ。なんて、苦笑いをしながら、目の前に映し出された自身のカッコ悪い姿をぼんやりと眺める。
溺れそうだ。
だけど溺れない。
精一杯のバタ足で、なんとか水面に浮かんでいる。
あれはそうだ、多分どこかで、一度リズムを崩してしまったからなんだ。
運動会の行進なんかであるじゃない。
1,2,3,4って、前後左右の人と足並みそろえて歩き出すのに、いつの間にかそいつだけ、手足の動きが半歩ずれてて、それであわててケンケンの要領で片足で2歩進んだりして、みんなに合わせようとするの。
でも、なぜかどうしてもそのリズムがずれちゃって、いつまでもいつまでも片足でぴょいぴょい進んでいって、お前ふざけてんのか、って担任に怒られちゃうっていう。
まあ、それ、僕のことなんだけどね。
一度リズムが崩れると、なんだかんだでずーっとリズムは狂いっぱなしでさ。
なんか、音楽も聞こえないし、がんばれとか、そんな応援も遠くなるし、早くおわんないかなーとか、手に汗握りながらずっと思ってるの。で、もうこんなんじゃ「やーめた」つって列から逃走したほうが逆に自分もみんなも諦めがつくんじゃないかとか、思うんだけど、前の人の足の動きを見つめていると、結局そこで歩みを止める勇気ももてなくて、ひょこひょこひょこひょこ、かっこ悪いまま行進していくんだ。
で、願わくば「がんばったね」なんて言わないでほしい、言ってくれるな、みんな忘れろ、見ないフリをしろ、それが優しさだ、とか思うんだけど、遠くのほうで誰かの親父が「がんばれ!」とか言い出して、お、それはいいね、って感じでみんなが「がんばれ!」「かっこいいぞ!」とか言い始めてさ。
こっちは必死で冷静な顔してなんてことねーぜって進んでいるのに、そのひとことで「あー、僕今必死で失敗してないふりしてたのに」って絶望感に襲われるんだ。
クロールをしている。
つもりだった。
つかむ藁も見当たらなくて、僕は空の上から見下ろして、「腹を引っ込めろよ、遠くを見るな、へそのあたりを見つめて泳ぐんだ、ひじから抜け、ゆっくり足を動かせ。歩幅やリズムを合わせる必要なんてない、お前、今ひとりじゃんか」って冷静に言ってる自分自身にこう言うんだ。
「うるさい。お前はどこがスタートでどこがゴールでどこが最短コースかよくわかっているからそんなことが言えるんだ。僕は今この目の前の、泡立つ波しか見えないんだから、しょうがないじゃない」
そしてどっちが陸地なのかまったくわからなくって、このまま動きを止めたら楽になれるのに、その勇気もなくてずっとバタバタ手足を動かし続ける。
太陽は黄色かったよ。
わからない、もしかしたら、月だったのかもしれないけど。
何もない一日、その夕景
最悪のシナリオを考えながら
生きるクセがあるの。
と彼女は笑った。
失敗することとか失望することとか、誰かを失うこととか。
その日がやってきたとき、その瞬間がやってきたときにすばやく対処できるよう、そうやって何度も頭の中で思い巡らし、自分の中にいろんな選択肢を持っておく。
「ほらね、やっぱね、考えたとおりだよ。
うまくいきっこないんだって」
と空笑い。それが一番手っ取り早くて一番簡単な反応なのだと。
「最初っから自分に期待をしなければ、期待はずれも怖くない。」
僕が言うと、そう、そのとおり、と彼女は笑う。
できると思っても、ほぼ90%の割合でできると思っても、その自信があったとしても、失敗したときのショックを考えて、最初に最悪のシナリオを考えておくんだ?
だって最高のシナリオを作り上げてそれが実現しなかったら、それこそプライドがぼろぼろになって、立っていられなくなるんじゃないかと思うの。それってみっともないでしょ?
彼女はスプーンで支えながら、フォークでパスタをくるくるとやる。まだ早い、夕食を二人ですませる。
「最高も最悪もさ、結局自分の作った世界だよね。」
僕は世界の情勢をテレビの中に見つめながら言葉をつなぐ。
「そう、そのとおりね」
と、彼女はパスタをくるくるとしたまま、笑う。
「じゃあ、結局どっちしても自分の物語に負けてるってことになるね」
ありのままにありのままを見つめる。
それはとっても難しいこと。
自分のなかの物語を先行させる。
彼女の現実は僕の見ている現実にはない。
いつも彼女の頭ん中だ。
悲しいことがあっても、平気なように。
そして喜びにすら鈍感になる。
「ねえ、その、パスタくるくるするときのスプーン。それ、子供のやりかただよ」
『そう、そのとおりです』
僕の言葉に、テレビの中でレポーターが相槌を打った。
生きるクセがあるの。
と彼女は笑った。
失敗することとか失望することとか、誰かを失うこととか。
その日がやってきたとき、その瞬間がやってきたときにすばやく対処できるよう、そうやって何度も頭の中で思い巡らし、自分の中にいろんな選択肢を持っておく。
「ほらね、やっぱね、考えたとおりだよ。
うまくいきっこないんだって」
と空笑い。それが一番手っ取り早くて一番簡単な反応なのだと。
「最初っから自分に期待をしなければ、期待はずれも怖くない。」
僕が言うと、そう、そのとおり、と彼女は笑う。
できると思っても、ほぼ90%の割合でできると思っても、その自信があったとしても、失敗したときのショックを考えて、最初に最悪のシナリオを考えておくんだ?
だって最高のシナリオを作り上げてそれが実現しなかったら、それこそプライドがぼろぼろになって、立っていられなくなるんじゃないかと思うの。それってみっともないでしょ?
彼女はスプーンで支えながら、フォークでパスタをくるくるとやる。まだ早い、夕食を二人ですませる。
「最高も最悪もさ、結局自分の作った世界だよね。」
僕は世界の情勢をテレビの中に見つめながら言葉をつなぐ。
「そう、そのとおりね」
と、彼女はパスタをくるくるとしたまま、笑う。
「じゃあ、結局どっちしても自分の物語に負けてるってことになるね」
ありのままにありのままを見つめる。
それはとっても難しいこと。
自分のなかの物語を先行させる。
彼女の現実は僕の見ている現実にはない。
いつも彼女の頭ん中だ。
悲しいことがあっても、平気なように。
そして喜びにすら鈍感になる。
「ねえ、その、パスタくるくるするときのスプーン。それ、子供のやりかただよ」
『そう、そのとおりです』
僕の言葉に、テレビの中でレポーターが相槌を打った。
赤いポストと橙の鳥
早朝、手紙を出すために
ポストまでの道のりを徒歩5分。
見たことのない奇妙な鳥に会いました。
奇妙な鳥はせわしなく、橙色の実をついばんで、
首をかしげて左右を見渡し、
また橙色の実をつつきます。
よほどのごちそうなのでしょう、空に向かって「ピ」と啼き、
首をかしげてきょろ、きょろ、きょろ。
さてそのとき、奇妙な鳥が私に気付き、首をすくめてあとづさり。
じっと私を見つめてから、小首をかしげて、「ピ」と啼きます。
「おい。こっちに来るなよ。これはオレのご馳走だ。
ここはオレの餌場だぜ。
そもそもオレはここ数日なんにも食ってないんだよ。
東京はあったかいなんて言うからさ、
やってきてみれば大寒波だって?
困るんだよね。
寒くなれば実も落ちる。
今のうちに食べておかなきゃ冬を越せない。
明日も明後日もココに来るぜ。
この木に実っている橙を、全部オレひとりで食べてやるんだ。
おまえには一房もわけてやらないよ、だ。
オレがぜーんぶ食べてやる。
そのうち、この橙を食べつくしたころ、
オレはあたたかなオレンジ色に発光して、
この木からピカピカと飛び立って、
燦燦とした光が地上を照らして、そうしてどうなると思う?」
春が来るんだ。
奇妙な鳥はそういって飛び去っていきました。
その尾羽は、ほんのりと橙色に染まっていました。
春が来るのです。
早朝徒歩5分。
奇妙な鳥と出会った私は、ようやく奇妙に赤いポストにたどりつきました。
封筒を受け口にそっと差し込むと、奇妙に赤いポストは真実の口よろしく、無遠慮に私の手にかぶりつき、そうしてあたまからむしゃむしゃと食べつくしてしまいました。
一瞬の出来事。
私の返り血を浴びて、奇妙に赤いポストはますます奇妙に赤くなり、私はといえば、全身の血を抜かれ、真っ白でぺらぺらな紙のようになってしまいました。
郵便ポストと手紙とは、絶対服従のシステムなのです。
まったくもって奇妙で貴重な体験です。
家を出るときには、まさかこうして自分が配達されるのを待つことになるとは思ってもみませんでしたもの。
ああ、でも、困ったことに住所もあて先も書かれていません。
そればかりか差出人の名前もないし、切手も貼られてはおりません(そもそも私は何円分の切手で届くのでしょうか)。
ともかく、郵便局員がきたら事情を話して自分の家まで配達してもらいます。
料金不足をとがめられたら、恋人に支払ってもらえばよいことです。
郵便受けにぎゅうぎゅうに差し込まれた私を見た恋人は、きっとこう言うことでしょう。
「見かけないと思っていたら、そんなところにいたのかい」
ポストまでの道のりを徒歩5分。
見たことのない奇妙な鳥に会いました。
奇妙な鳥はせわしなく、橙色の実をついばんで、
首をかしげて左右を見渡し、
また橙色の実をつつきます。
よほどのごちそうなのでしょう、空に向かって「ピ」と啼き、
首をかしげてきょろ、きょろ、きょろ。
さてそのとき、奇妙な鳥が私に気付き、首をすくめてあとづさり。
じっと私を見つめてから、小首をかしげて、「ピ」と啼きます。
「おい。こっちに来るなよ。これはオレのご馳走だ。
ここはオレの餌場だぜ。
そもそもオレはここ数日なんにも食ってないんだよ。
東京はあったかいなんて言うからさ、
やってきてみれば大寒波だって?
困るんだよね。
寒くなれば実も落ちる。
今のうちに食べておかなきゃ冬を越せない。
明日も明後日もココに来るぜ。
この木に実っている橙を、全部オレひとりで食べてやるんだ。
おまえには一房もわけてやらないよ、だ。
オレがぜーんぶ食べてやる。
そのうち、この橙を食べつくしたころ、
オレはあたたかなオレンジ色に発光して、
この木からピカピカと飛び立って、
燦燦とした光が地上を照らして、そうしてどうなると思う?」
春が来るんだ。
奇妙な鳥はそういって飛び去っていきました。
その尾羽は、ほんのりと橙色に染まっていました。
春が来るのです。
早朝徒歩5分。
奇妙な鳥と出会った私は、ようやく奇妙に赤いポストにたどりつきました。
封筒を受け口にそっと差し込むと、奇妙に赤いポストは真実の口よろしく、無遠慮に私の手にかぶりつき、そうしてあたまからむしゃむしゃと食べつくしてしまいました。
一瞬の出来事。
私の返り血を浴びて、奇妙に赤いポストはますます奇妙に赤くなり、私はといえば、全身の血を抜かれ、真っ白でぺらぺらな紙のようになってしまいました。
郵便ポストと手紙とは、絶対服従のシステムなのです。
まったくもって奇妙で貴重な体験です。
家を出るときには、まさかこうして自分が配達されるのを待つことになるとは思ってもみませんでしたもの。
ああ、でも、困ったことに住所もあて先も書かれていません。
そればかりか差出人の名前もないし、切手も貼られてはおりません(そもそも私は何円分の切手で届くのでしょうか)。
ともかく、郵便局員がきたら事情を話して自分の家まで配達してもらいます。
料金不足をとがめられたら、恋人に支払ってもらえばよいことです。
郵便受けにぎゅうぎゅうに差し込まれた私を見た恋人は、きっとこう言うことでしょう。
「見かけないと思っていたら、そんなところにいたのかい」
鳩と手紙と青い空
ある日、不思議な手紙が届きました。
その封筒は白くふわふわとしていて、
心なしかあたたかいのです。
郵便配達のおじさんは、その手紙を私に渡しながら、お早めにお読みくださいといいました。
私はすぐにその白い封筒の封を丁寧にあけました
手紙には、花の種と白い羽が入っており、遠い国の子供たちの写真が一枚。
「あなたの国は平和ですか?
僕の国は戦争をしています。
昨日、お母さんが死にました。
今日はお父さんが死にました。
明日は弟も死ぬでしょう。
そして明後日には僕も死んでしまいます。
あなたは昨日、何をしましたか?
僕は逃げていました。
あなたは今日、何をしましたか?
僕は逃げていました。
あなたは明日何をしますか?
僕は逃げているでしょう。
あなたは明後日何をしますか?
僕は死に、そして天国で、
この国のことを嘆くのです。」
すぐに返事を書きました。
「明日私は世界のために祈ります。
明後日私はあなたのために祈ります。
次の日も、次の日も、その次の日も
私はあなたと一緒に涙します。」
それは永遠の涙です。
白い手紙は、やがて唐突に白い羽を広げ、青い空のかなたに飛んでいきました。
白い鳩は、そうして世界中を飛び回り、彼らのために祈る人たちの元へと飛んでいくのです。
その封筒は白くふわふわとしていて、
心なしかあたたかいのです。
郵便配達のおじさんは、その手紙を私に渡しながら、お早めにお読みくださいといいました。
私はすぐにその白い封筒の封を丁寧にあけました
手紙には、花の種と白い羽が入っており、遠い国の子供たちの写真が一枚。
「あなたの国は平和ですか?
僕の国は戦争をしています。
昨日、お母さんが死にました。
今日はお父さんが死にました。
明日は弟も死ぬでしょう。
そして明後日には僕も死んでしまいます。
あなたは昨日、何をしましたか?
僕は逃げていました。
あなたは今日、何をしましたか?
僕は逃げていました。
あなたは明日何をしますか?
僕は逃げているでしょう。
あなたは明後日何をしますか?
僕は死に、そして天国で、
この国のことを嘆くのです。」
すぐに返事を書きました。
「明日私は世界のために祈ります。
明後日私はあなたのために祈ります。
次の日も、次の日も、その次の日も
私はあなたと一緒に涙します。」
それは永遠の涙です。
白い手紙は、やがて唐突に白い羽を広げ、青い空のかなたに飛んでいきました。
白い鳩は、そうして世界中を飛び回り、彼らのために祈る人たちの元へと飛んでいくのです。
