先日、宝塚記念で王者健在を示したオルフェーヴルの凱旋門賞挑戦が正式に発表されたが、鞍上がこれまで主戦として共に戦ってきた池添騎手ではなく、C・スミヨン騎手になることも発表され、話題となっている。
正直にいえば、私自身この報を受けたときは非常に驚いたと同時にがっかりした。
3冠馬の鞍上を替えることなど納得できない。近年の3冠馬といえば、ミスターシービーと吉永正人、シンボリルドルフと岡部幸雄、ディープインパクトと武豊など、この馬にしてこの騎手ありという「人馬一体」を見事に体現していた。むしろ、お互いをよく知るパートナー関係ができていたからこそ、3冠馬になれたと言って過言でない。ナリタブライアンも南井騎手がケガをするまでは、旧3歳時の一戦以外、すべて南井騎手と戦ってきた。
オルフェーヴルもまた、デビュー戦からずっと池添騎手とともに歩んできた。デビュー戦や菊花賞のゴール後に池添騎手を振り落としたり、阪神大賞典で逸走したりとなにかと難しい気性を持っているが(阪神大賞典に関しては意思疎通の失敗によるものだが)、そんなやんちゃな馬を一から作り上げてきたのは間違いなく池添騎手である。
今年の春2戦は阪神大賞典でケンカしてしまい、その影響で天皇賞でオルフェーヴルが拗ねるなど周囲の人間を焦らせたが、宝塚記念では見事に立ち直って見せた。この宝塚記念はオルフェーヴルと池添騎手の信頼関係が元に戻った瞬間であり、これなら凱旋門賞も大丈夫だと思った。
しかしここへきて鞍上変更である。池添騎手にとってはまさに文字通り、「おいしいところだけ持って行かれた」という心境だろう。自分が一から作ってきた馬が3冠馬になり、日本の最強馬として胸を張って世界に挑むという、ほとんどの騎手が一生かかっても見ることのできない夢を見ることができていたにも関わらず、突然その夢を打ち消されたのだ。非情なことこの上ない。
もっともオーナーサイドの考える通り、フランスでの経験という点では圧倒的にスミヨン騎手のほうが豊富で、大一番に向かうに当たっては心強いだろう。しかし、それはあくまで推測の域を出ない。一番のカギはオルフェーヴル自身がどう感じるのかである。
せっかくの機会なので、スミヨン騎手の技術面についても考察したい。
池添騎手の騎乗スタイルにおいて特徴的なのは、手綱が他の日本の騎手に比べて断然長いことである。馬の邪魔をせずスマートに乗るがゆえ、大レースでも慌てることがなく、馬の能力を最大限に引き出すことができる。その反面、トールポピーのオークスや、ホエールキャプチャのエリザベス女王杯のように、苦しくなった馬があらゆる方向に飛んで行ってしまうこともよくあり、時折ラフな印象を与えてしまう。
この池添騎手の長手綱の騎乗法は、欧州のジョッキーの騎乗スタイルに近い。スミヨン騎手は、そんな欧州のジョッキー達の中でも1、2を争う「馬の邪魔をしないスタイル」だと私は思っている。
スミヨン騎手というと、日本で短期免許で騎乗した際の制裁点の多さは目立っている。しかしこれは、あらゆる局面において馬のリズムを邪魔せず、走りやすいように走らせているが故に起きてしまうことである。ブエナビスタのジャパンカップなどは代名詞のようになってしまっているが、ブエナビスタは元々あまり器用なタイプではない。それでもスミヨン騎手が乗るとトップスピードに乗っても手綱を引かれることがないために、完全な「全力疾走状態」になる。結果的に、鞍上がヴィクトワールピサに併せに行こうとした際、勢いよくローズキングダムの前に入り込む形になってしまった。
綺麗な競馬を見続けてきた日本のファンや関係者にとってはこんなラフプレーは納得いかないとなるだろうが、これがスミヨン騎手の最大の武器なのである。
そういう意味では、手綱を長めに持つ池添騎手に近いスミヨン騎手のスタイルは、オルフェーヴルに合わないことはないだろう。
続いてオルフェーヴルにとっても重要な折り合い面における騎乗スタイルを見てみたい。折り合いという面に関しては、後に高松宮記念を連覇するキンシャサノキセキがいい教科書になる。
キンシャサノキセキの6歳時の成績は前年秋の走りを考えると期待外れのものだった。前半から闘志を前面に出してかかり気味に先行する分、直線で余力がなくなってしまっていたのだ。6歳の3戦は岩田康誠騎手と三浦皇成騎手が騎乗したのだが、行きたがる同馬をなんとか抑えつけようとして折り合いを欠き、結果的に余力がなくなるというワンパターンのレースぶりで、3戦共に二桁着順というらしくない着順が続いた。
復活を期して臨んだスワンステークス。鞍上にはスミヨン騎手を迎えた。ここでもスタートしてしばらくするとキンシャサノキセキはムキになってかかり気味に加速する。しかしスミヨン騎手は力任せに抑え込むのではなく、馬のリズムを崩すことなく「まだ行くな、まだ行くな」とリズムに合わせて手綱から指示を送った。その結果、キンシャサノキセキは余計な力を使うことなく、堂々復活の勝利。ここから強いキンシャサノキセキが帰ってくることとなる。
では、気の勝ったオルフェーヴルは折り合うのかと言われれば、やってみなければわからないとはいえ、スミヨン騎手の技術を考えれば折り合いがつく可能性は高い。ずっと引っ張り続けられると勘違いしてしまうのは阪神大賞典で証明済みでもあるだけに、気分よく走らせてくれるだろう。
上述のことから、技術的に考えればスミヨン騎手がオルフェーヴルに「乗れる」可能性は十分だろう。折り合いがつき、勝負所でも一番池添騎手に近いスタイルでオルフェーヴルを動かせるのはスミヨン騎手だ。強靭な腕力で馬を動かすルメール騎手や、ずば抜けたバランス感覚で馬を操るデムーロ騎手らと比べれば、外国人ジョッキーの中では、オルフェーヴルに一番乗れそうなジョッキーである。
ただ、「乗れる」ことと「手が合う」「乗りこなせる」ことはやはり別問題である。
当然のことながら、オルフェーヴルのことを一番知っているのはデビュー前からパートナーを務めてきた池添騎手である。凱旋門賞という大一番でいきなり鞍上が替わり、気性の勝ったオルフェーヴルが本来のパフォーマンスを発揮できる保証はない。それだけに、前哨戦のフォワ賞が重要になるのだが、私はこのフォワ賞がかえって危ないような気がしている。
フォワ賞はとにかく少頭数になりがちだ。去年もヒルノダムールとナカヤマフェスタを含んでも出走馬は4頭。ほぼ調教のようなものである。
オルフェーヴルは阪神大賞典で2頭並走状態で意思疎通に失敗している。スミヨン騎手にとってフォワ賞は、本番前に唯一オルフェーヴルの背中を確かめられる実戦である。当然スミヨン騎手はオルフェーヴルのいろいろな特徴をここで探ることとなる。
もちろんこのフォワ賞を圧勝するようなら心配はいらないだろうが、もし探る競馬をしてオルフェーヴルが機嫌を損ねるようなことがあると、本番で天皇賞のように拗ねてしまう可能性は多分にある。ましてや初めて走るロンシャンの馬場と、初めて過ごす環境である。天皇賞前に調教コースを変えられ、メンコをつけられるなど普段と違うことをされたことも天皇賞で惨敗する原因の一つになった。3冠馬といえど馬は馬である。それだけデリケートな面も持ち合わせている。スミヨン騎手が「乗りこなせる」かどうか、保証はまったくないのだ。
そんな初めてづくしの環境で、初めての騎手が(当たり前だが)いつもと違う乗り方をしてくる。力を出すかどうかとは別に、間違いなく馬は戸惑う。私はそんなリスクの高いことを大一番ですることには大きな疑問を感じる。ヨーロッパの競馬はスミヨン騎手の方が断然巧いが、オルフェーヴルの競馬は池添騎手の方が断然巧い。馬の気持ちがないがしろにされている感が強いのが、私としては残念でならないのだ。
凱旋門賞本番まではまだ2カ月以上あり、この後の調整次第でどんな風にも考えることができる。能力は世界でもトップクラスだろうし、凱旋門賞を勝てる可能性は十分にあるはずだ。しかしだからこそ、ずっと共に戦ってきた池添騎手が降ろされたという事実は、仮にオルフェーヴルが世界の頂点に立ったとしても、私が理解できる日は来ない。日本競馬のレベルを本当の意味で世界レベルにするためには、超えなければならない壁がまだまだあるということを改めて感じている。
最後になったが、オルフェーヴルとスミヨン騎手には頑張ってほしい。きっとこれからいろいろなことを生意気に語ることがあるだろうが、純粋に応援したい気持ちは変わらない。思う存分暴れてきてほしい。
※ここまでに上げたものはあくまで私の推論です。決して間違いないと断言できることではないのでご了承ください。