デルタブルースが引退 | プリわんのお馬な日常

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2004年の菊花賞馬で、2006年にはオーストラリア最高峰のレースメルボルンカップに優勝したデルタブルースの引退が決まりました。




デルタブルースは父ダンスインザダーク、母ディクシースプラッシュという血統。2003年11月にデビューし、翌2004年4月に初勝利。その後格上挑戦で青葉賞に出走するも大敗。自己条件の500万下を勝ち、夏場を休養にあてると、秋に1000万下を勝利。その後またも格上挑戦で出走した菊花賞で優勝。岩田騎手に初GⅠをプレゼントした。その後ジャパンカップと有馬記念で3,5着と善戦しましたが、有馬記念後脚部不安で休養に入ります。




2005年のアルゼンチン共和国杯で復帰。ステイヤーズステークスで重賞2勝目を挙げ、有馬記念に出走するも11着。翌2006年は京都記念、阪神大賞典、天皇賞・春と4歳勢の力を見せつけられ5,3,10着。その後、僚馬ポップロックと共にオーストラリアに遠征。遠征初戦となったGⅠコーフィールドカップで人気薄ながら3着に好走すると、次走のオーストラリア最高峰のレースメルボルンカップで、D・オリヴァー騎乗の僚馬ポップロックとの叩き合いの末優勝。日本馬がオーストラリア最高峰のレースでワンツーフィニッシュを決めたとあって、その翌日の日本とオーストラリアのスポーツ紙のほとんどの一面を、この両頭が飾るという輝かしい出来事でした。




その後は長期休養をはさみながら一線級で頑張っていましたが、阪神大賞典の4着が最高で、このメルボルンカップが最後の勝利となりました。通算成績32戦6勝(海外2戦1勝、地方1戦0勝)




今後は北海道苫小牧のノーザンホースパークで乗馬となる予定です。長距離GⅠを2勝もした馬が種牡馬になれないのですから、時代は変わりましたね。オーストラリアからオファーがあれば種牡馬になるのでしょうか・・・。




プリわんのお馬な日常-デルタブルース
  2005 ステイヤーズステークス