「ハートが開いた世界
では、”わたしの世界は、わたしで溢れている”という感覚があるのですか?」
「そうですね。そして、今まで頑なに信じていた自己像が鏡像であるとわかるはずです。」
「はい。幼児は自分の身体性のまとまりを鏡に映った自己像をみて形成していきます。
この鏡像段階で得られた身体の統一像が、やがて芽生えてくる想像的自我を形成するための基礎的な土台になります。
しかし、鏡が実際の鏡である必要はなく、鏡とは”他者の眼差し”という想像的な鏡ですね。
わたし達は、実際の鏡で身体的特徴を把握していますが、”わたしはどのような人間なのか”を知るためには、必ず、他者の存在が必要になります。
わたしが自分と考えている自己像が鏡像だというのなら、一体その時の実像とは何なのですか?」
「その実像こそが真の主体です。
では、鏡を用意して下さい。
鏡を見てそこに映っている”わたし”の顔をじっと見つめて下さい。」
「はい・・・」
「そこには、顔があり、眼があり、眼の中には小さな瞳孔がありますね。」
「はい、あります。」
「はい、覗いています。」
「その穴を塞げば、たちどころに”わたし”の顔どころか鏡さえも見えなくなります。」
「はい、見えなくなります。」
「その穴が”わたし”という鏡像の焦点になっていますね。」
「はい、確かに鏡像の焦点になっています。」
「ということは、この瞳孔という穴の実像が何なのか見極めればいいのです。
それが、”本当のわたし”、つまり真の主体です。」
「鏡像の焦点になっている瞳孔という穴の実像は何か?・・・・
・・・どう考えても・・・それは・・・わたしの視野空間です。」
「そうです。”本当のわたし”、真の主体とは、”わたし”の視野空間です。」