動物のあり方

動物のあり方

自由を奪われた 生き物達の事を皆に知ってもらいたい!
これが今の日本での動物のあり方

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今日からブログ始めます。

皆さんは昔から日本にある動物の文化と聞いて何が思い浮かびますか??

捕鯨 狩猟 鷹匠 鳴き合わせ… 上げたらキリがないですね。


今回私が最初に選んだテーマは


日本鶏保存

保存と言いながら実は最低なことをやらかしまくっているのです。

日本鶏に興味がある。と会員の方と連絡をして色々教えていただきましたが、やはり虐待に等しい内容でした。

※これは全ての日本鶏飼育者さんに該当する内容ではないので予め御了承ください。
あくまでも私が思ったことを書いたものです。


まず、オナガドリ


明治に誕生した尾が死ぬまで伸びるように改良された鶏です。

皆さんはその飼育方法知っていますか??

ある程度大きくなったオナガドリは

掃除用のロッカーのような一切身動きが出来ない箱の中に閉じ込められます。
まるで終身刑の刑務所のよう…

本来自然の中で砂遊びや虫をついばんだり伸びをして羽ばたいたりすることを望む生き物なのに、毎日同じ体制でしかも死ぬまで殆ど日の目を見ること無く(品評会等は連れていくらしいですが)同じ状態です。

何故そんなことするのか??それはオナガドリの尾が切れてしまったり汚れるのを防ぐ為だからです。

だから閉じ込めて綺麗に飼う。

これの何処が大切にしているというのでしょう??

とある掲示板では、オナガドリの幸せの為に24時間体制で世話をしていると書いている方が居ました。

そんなことオナガドリが望むのでしょうか??

答えはNOです。

オナガドリが望むのは自由への解放でしょう。

そこで産卵鶏は何羽も詰め込まれて飼育されている。オナガドリは個人飼育だしそんなことは無い。と言う。

個人で飼うからこそ、そういう産卵鶏みたいな飼育法やめたらいかがですか???
個人で飼うならもっと、箱なんかに入れておかず、可愛がってやったらどうですか??

種の保存がーとか、文化がどーのこーの
残念ながら鶏は人間のエゴによって家畜化された生き物です。

そんな動物虐待まがいな文化は文化と言いません。それを文化と言うのは飼育者達の完全にエゴですね。

オナガドリが絶滅するだの最近は言われてますが、別にオナガドリと言われている鶏でも外で自由に飼ってやればいいじゃないですか。人間が作り出したもので絶滅するならそれはそれで、これ以上不幸なオナガドリが出来なくて良いと思うのですが??

尾が伸びず、途中で止まってしまう物もいるそうで、そういう鶏は尾を根本から全て抜き取ってしまうそうです。そして質の悪い鶏だからと、殺されます。


尻尾が例え切れてしまっても止まってしまってもオナガドリはオナガドリです。
無理に作り出した物を見て何が楽しいでしょう?

天然記念物 というなら、万人が納得する物を天然記念物に指定しろと言いたいです。

オナガドリ飼育者は万人に納得できる話ができますか??

理解しないお前らが悪い!のではなく、理解させる説明が出来ないあなた方が悪いのです。

オナガドリが箱に閉じ込められていても苦痛なんて感じていないと書いてありました。

そんなの鶏にしか分からないことです。飼育者の弁解です。

飼育者は彼等の気持ちを考えたことがあるのでしょう??
自分が同じような体制で死ぬまで身動きが取れない箱に入れられたら我慢できますか?

頭脳を発達させた同じ人間なんですから善し悪しの判断ぐらいつけてほしいです。

皆さんはこんな飼育されているオナガドリ
どう思いますか??

これが鶏で無く犬だったら?猫だったら?
どうなんでしょうか??

まだ終わりません。

他の日本鶏も虐待を受けています。

毎年何回か全国で品評会が開催されます。そこには本当素晴らしい鶏が沢山います。

しかし、彼らは何十 何百の犠牲から成り立った1羽なのです。

私が聞いた話ですが、品評会に出せない鶏は生きたまま焼却炉に放り込む。生き埋めにする。猟犬のおもちゃにしたり、餌を与えず餓死させたりするそうです。

適当な餌を与えて適当に育てたから肉も安全か分からないし、何より硬いから食べないそうです。

それに品評会に出していた鶏の子種が取れなくなると、それも上記の何れかの方法で殺されます。

勿論中には本当に鶏を大切に可愛がってお世話されている方も居ますのでそこは誤解の無いようにお願いします。

ただ、品評会に出せる鶏を作り出すには山程雛を孵して育てなければ行けません。

勿論不要な姿の鶏等出てきます。

それを全て飼育するのはコストの無駄だ!

と言う考えが日本鶏をやっている方々の大半です。

そして、数が多ければ多いほど飼育に手が回らなくなり、掃除もできなくなりどんどん汚れます。
そうすると病気を患うものが出てきます。
そんな鶏を獣医に一々連れていったら埒が開かないから殺すというのです。

食用でなく個人の家で産まれた不要な鶏はいったい何のためにこの世に生まれてきたのでしょう??
養鶏などは個人介入出来ないので会社の指示を受けなければ行けませんが、これは個人です。

個人で増やしたなら全部1羽1羽責任を持って飼育できませんか?
毎日ピカピカに掃除できませんか?

飼いきれないなら親切な里親さんを探してあげることが出来ませんか??

人前昔の犬猫の悪徳ブリーダーのような飼育環境が大半です。
汚れっぱなし、餌は古いものが入っていても継ぎ足されるだけ、ハエなど不快害虫だらけ、爪なども伸びて変型。
外に出さず品評会に出せないものは永遠に狭い小屋の中で過密に飼われるか殺されます。

毎日掃除できない。自分で増やしたのに病気になったら見殺しにする。
コストが無駄だから要らない鶏を殺す。

なんて無責任な。そんなのなら最初から飼うな!!!と私は言いたいです。自分で増やしたなら全羽責任を持てと。

それが、出来ない人は飼育する資格はありません。

何故動物虐待にこれ等の鶏達は該当しないのか?

それは、家畜 だからなのです。

例えば鳥インフルが発生した場合、家畜に福祉をかけていたら生命が尊重されるので、殺処分出来きなくなります。そうなると瞬く間に鳥インフルは蔓延します。

日本はそこまで余裕が持てないのです。

これを、いいことに個人の飼育者はやりたい放題の方達が多いです。

変な話目の前で家畜を撲殺しても法には引っ掛からないのです。

私は食用の家畜であっても、生きている内は幸せに飼われて欲しいと願います。



そして、個人で食用ではなく観賞用として飼うならば、もっと大切に飼ってください。不要な子達も責任持って飼ってあげたり責任を持って食べてあげてください。




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最後まで読んで頂きありがとうございました。