明治維新・文明開化という時代とともに髪の毛の形が変わり、服装が変わり、化粧が変わり、装飾が変わり、下着が変わり、家具が変わり、食・・・が変わった。おしゃれの捉え方や仕方や概念すら変わり容貌・体形や歩き方まで変化した。それがよかったのか悪かったのかは歴史家の未来の分析に任せればいいことなので、いい悪いでなく何故そういう変遷を辿ったのかあたりを中心にああだこうだ考えてみる。日本人が長い封建社会の中で培ったものの中でもっとも崇高な精神的な遺産は恐らく「忍耐」という自らに堪忍させるという精神構造だったと思われる。貧乏のどん底の中で忍耐努力を積み重ね、これでもかこれでもかと努力し、しかも報われることのない世界に縛られて一生を閉じる、そういう平均的な生活が日本人の人生ってもんだった。現代が公平・平等な社会を形成し言いたいことをいい、やりたいことをやり、価値観もどんどん多様化することを拒まず、自由で怠惰な生き方さえ容認される世の中となって、節操のない節度のない何でもありの人々まで形成した。そんな中でのおしゃれを考えたとき原理原則のようなものが果たしてあ るのかどうか、プリンシプルがいるのかどうか、よく分からないところだが、評論家に言わせればそれなりの理屈付けをするのだろうが、そういうのはあっちに置いといて、ここでは自由気ままなおしゃれやファッション性、流行というものの根源・源流に何があるのか、また、あったのかなどを独我論的に展開してみたいと思う。