
席を譲ってもらいたいからというよりは(譲ってもらったら嬉しいけど)、優先座席に座っている時の言い訳的な。わし妊娠しとるし、ここ座らせてな、みたいな

実際、座っている人に席を譲ってもらったことはありません。あったのは、空いてる席に座ろうとしたときに、同時に座ろうとした女性が譲ってくれたのが1回、バスに乗る時に先に乗せてもらったことが1回。それ以外はナッシング。
そもそも譲ってほしいとか思ってませんしね。最近は準急に乗ったり、空いてる時間帯を狙ってお出かけするようにしています。
仕事をしてた時は、市バス(←時間帯関係なく混んでる)に乗らざるを得なかったので、マークぶら下げながらも年寄りに席譲ってました。
市バスに乗ってくる年寄りって、見事によぼよぼなんですよね
←こんな感じ。仕事柄、年寄りの転倒はほんとに怖いです。転倒→骨折→安静→寝たきりのパターンの多いこと多いこと。安静にしてる間にどんどん筋力低下するし、ボケ気味の人はどんどんボケが進みます。担当患者さんが転倒したと聞くと、翌日には訪問して、転倒予防対策を練ってくれるケアマネさんもいて、それほど年寄りの転倒は避けるべきという共通認識があるわけです。
あ、でも超健脚のいかにも登山帰りですって感じの年寄りは別です。あんたら好きで散々歩いてきて、それだけ歩ける体力も筋力もあるなら譲らんでもいいでしょって思います、悪いけど。私の脚力の方が弱いに違いない。
そういうわけで、年寄りは座らせねばと思ってますし、電車の中でふらふらしてる年寄りを見ると自分の親とかぶってしまうので、年寄り立たせてわしに席譲れなんて思っちゃいないわけですよ、基本スタンスとして。
若い人でもスマホに夢中でマークなんて見てないし、そもそも座っていると言う既得権益を他人に渡す人の方が少ないと思ってます。
TPPがこんがらがるのも、戦争が起こるのも、アメリカの保険議論がややこしくなるのも、人間というのは既得権益を手放せない生き物だからだと思うのです。(あくまで一要因ですよ。つっこまないでくださいね
)そこ譲れたらもっと世界平和になりますよ。それがあるからこその経済発展でもあるんですが・・・話逸れたわ。そんな感じで、混んでたけど10分だから立って行こうと電車に乗ったある日のこと。
私の前に推定60代のおばはん2人が座ってべちゃくちゃしゃべっていました。
おばはんA マタニティマークを見て、すぐ窓の外に視線を逸らす。
おばはんB 私の鞄を指差し「赤ちゃんがいるんやって」
おばはんA 止む無く視線をこちらによこし「ほんまやね」
(聞こえるように言ってくるので、私仕方なく愛想笑い)
おばはんA 「座りますか?でも私らもおばあちゃんやけど」
でも私らもおばあちゃんやけど
譲る気さらさらないよねー。目にははっきりと「社交辞令」と書いてあるよねー。目は口程に物を言うってねー。明らか「でもあなた断るでしょ。立っててもいいでしょ」オーラ出してるよねー。本気で席を譲る時って、先に立ってから「どうぞ」って言うしねー。でかい尻が席に根付いてるよねー。
もうあほらしくて、「いいです」って言いました。
おばはんAB 「あら、そおお?」
席を譲らないという後ろめたさをカバーするためだけに話しかけないでほしい。
周囲に対して、「私達は席を譲ろうとしたけど、この人が断ったから座っているのよ」アピールをしたいだけなのが見え見えで、久しぶりにほんと胸糞悪かった。
あのおばはんら、転倒したらいいのに←鬼

安産祈願に来て、なぜ私は寒い思いをしてるのか・・・?とか考えないようにしました






こっちだよ~こっちこっちー
・・・し~ん。

次の健診で胎盤位置が上がってますように


小さくても形がいいって言ってくれてるのね
とか喜んでたんですが。ある日突然気づきました。