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Terima Kashi 日記

低AMH、着床障害による5年間の不妊治療を経て、2016年3月男の子を出産しました。
日々の徒然を綴っています♪

ちゅん坊の2カ月に合わせて、テーマを2mにしました。ちゅん坊は記事に出てこないというね
2メートルじゃないよ。ちゅん坊2メートルまで成長してないですよ。

皆さんゴールデンウィークはいかが過ごされましたか?今更ジロー?

我が家は夫が10連休でしたが、遠出は一切しとりません。

退院後、私の外出と言えば、医者ばかり。外科1回、内科2回、肛○科2回、1カ月健診、耳鼻科2回、歯科1回、整形外科1回。うん行きすぎ。
夫の平日休みは滅多にないので、なかなか行けない歯科も行って歯石取ってもらっときました。

ところで、肛○科ってすげー人気です。
すぐ終わると思って普段の平日午前11時に行ったら2時間待ちと言われて出直すことに。
で、ゴールデンウィークに、9時半診察開始で9時に行ったらすでに5人並んでる!
受付始まったら待合室満席!ここは不妊治療クリニックか?部位はあんま変わらんけど。

客層は男性が多いんですが、妊婦さんとかちゅん坊と同じくらいの月齢の赤ちゃん抱いた女性もいて、皆さんお尻で悩んでるのねー。
ドクターは渡哲也をもっと悪党にした強面です。どうも哲也にはover40の私でさえ子供に見えるらしく、状況を説明するのに、「あたしのウムチはな、、、」と言います。小さい子に話しかける時、「ぼく、年いくつなの?」とか「わたし、どこにお出かけするのかな?」とか、子供のことを「ぼく」とか「わたし」とか言うじゃないですか。
ああいう感じ。over40で「あたし」呼ばわりされるとは思わなんだよ。

体調はだいぶ良くなってきましたが、睡眠不足にはまだ慣れません。
連休中は夫が1日ずつ交代してくれましたが、朝方「もうだめだ」と寝室に逃げてくることしばしば。
夫婦ともに睡眠不足に弱いタイブなんですねー。3.4時間睡眠平気な人が羨ましい

夕方になるとやつれてくるようで、「夕方になると石橋貴明になるね」と夫に言われました。
夕方になると妻が石橋貴明になる件。

夜通して寝てくれるのいつかなー。
夜通し睡眠切望中
腹を切る当日の早朝。便意で目が覚めました。御祝い膳もほとんど食べられなかったのに何故?
オペで死ぬかもしれない我が身。
快便女王の名に恥じぬ立派なものを、生きた証として出しときました

硬膜外麻酔の注射が痛かったくらいで、全身麻酔のため何も覚えていません。
全麻が切れ始めた頃に、人生最大の恐怖が。意識がはっきりしているのに、声出せない、体動かせない。声をかけられて、答えたいのに、必死で声を出そうと体を動かそうとしてるのに反応できない。
意識が体に閉じ込められて、もう一生意思を表出できなくなるんじゃないかという恐怖。
ちょっと想像してみてくださいよ。恐怖ですよ怖い

閉じ込め症候群(←気になる人はやほおで検索!)や末期のALS(←気になる人は・・・ry)が頭をよぎり、軽くパニックガクガク
この後声を出せるようになってまず言った言葉「麻酔はいつ切れますか?」看護師さんの回答「もう切れてます」

この経験があまりにも恐怖で、血腫がまたできてるんじゃないかと、退院してからもずっと不安な日々が続いていました。近所の内科で血液検査してもらってやっと安心できたのが最近の話です。

今回の件は、医療ミスだったのでは、というのが我々夫婦の見解です。
帝王切開時、中堅のドクターが同席していたものの、メインの執刀は研修医のI先生でした。このI先生が血腫オペ後に私に言った言葉。
「帝王切開の時には、きちんと止血しましたからね。」
お前のせいじゃねえのか?と私に思われてると、思った様子。
でも血腫なんて元々無かったわけですしねー。帝王切開が原因なのは明らかだしー。滅多にないレアケースだしー。

お前のせいだろ、そりゃ。

高齢だったから産科が有名な総合病院にしたわけですが、結果その選択が間違ってたのか、他の病院でも私の場合血腫ができてたのか、わかりようもありません。

とにかくちゅん坊が無事に出てきてくれたことが何よりも大事なことなわけで。

今回の長い入院と2回も腹を切られたことで、体力も落ち、体はぼろぼろになってしまいました
つい最近まで、すぐそこのスーパーや、たったバス停一駅分の距離を歩くのも自信がない状態で、午前中に頑張って外出して、さらに昼寝をしたのに、夕方に食べたもの全部吐いたりして、情けなくて涙が出そうでした、いや泣かんかったけどさ。

もうだいぶ元気になりましたけどね
完全復帰まであと少しかな

2度目のオペの後、「産後の肥立ちが悪いってこういうことを言うのか」と言った私に、父が「いや、違うやろ」と素で返していたことも今となってはいい思い出です
久しぶりの更新のくせに何食わぬ顔でいきなり始めますが、新生児の顔って皆似てますよね。
ここだけの話(←?)生後3日目くらいにベビールームにちゅん坊を迎えに行った時、どこにいるかわかんなかったっすペロっ
「でかにゃベイビー」と書いてある名札必死で探しましたね、さりげなさを装って。目だけ必死に動かす。

だって皆目つぶってるし、皆同じ服着てるし、皆同じベッド(ごろごろ動かせるやつ)で寝てるんだもーんてへぺぺろんちーの
しばらくしてから、それぞれ顔が違うもんだなあと思う余裕出てきましたが、そんな後ろめたい経験があることは、ちゅん坊に知られる前に墓場まで持って行くぜ。

で、早くおしっこの管を取ってほしかったのと、自由に動き回りたかったので、帝王切開翌朝から積極的に歩きました。
傷の痛みは日にち薬、今日より明日、明日より明後日、痛みが確実にましになっていくと信じていたんですが。が。が。

出産後2日。夜にお腹がすごく痛い。寝返りも打てない。痛みはましになるはずなのにはて?

出産後3日。夜中にトイレに行った後、くらっとして動けなくなる。なんとか外まで出るも、これ以上動いたらこりゃ倒れるわ。立ち止まったままナースコールを押してうずくまってしまう。

出産後4日。前夜のこともあり、血液検査→ヘモグロビン濃度が半分の6g(12gが基準)→エコーでお腹になんかある→とにかく輸血&腹部造影剤CT→お腹に10㎝大の血腫あるやーん、これ貧血の原因やでーてなことになりました。

ちなみに、帝王切開後、腹部に血腫ができるのはレアなケースだそうです。
産科で有名なこの総合病院でも1年に1件くらいの頻度。
ほかの病院の患者さんが、出産退院後、血腫が判明、救急搬送されてきてオペをするケースがたまにある程度だそうな。
今回の私のように、入院中に血腫がわかるケースは非常に珍しいと。
・・・なんでそんなレアケースにわしが当てはまるねん?

ところで、献血はしたことありますが、輸血は初めて。全部で4パック。献血より輸血の方が気分的に嫌でした。だって人の血だもん。
輸血される際、自分の血液成分と最も近い血液を選ぶそうですが、所詮は人の血。合う合わないがやっぱりあるそうで、4パックのうち2パックはアレルギー反応のぶつぶつが出てしまい、気分も悪くなってしまいましたみほち

夕方の時点では、血腫が吸収されるのを待つ方針となったんですが、その後、また歩けないくらいの腹痛に襲われ、再びエコーをしてもらうことに。
エコーを見て、目を見合わせてひそひそ話をするドクターズ2人…。そしてドクターズ退室…。嫌な予感…ショック

その予感は的中し、再び現れたドクターに「大きさは変わってませんが、出血が続いているから痛いんだと思います。開腹して除去しましょう。」

いつですか?

「早い方がいいので、明日。」

ガクブル ガクブル ガクブル ガクブル ガクブル
この世の終わりだと思いましたガクガク

すぐ夫に電話。仕事が終わった後、病院に来てもらい、夜遅くまでドクターから説明を受けました。その間私はひたすらブルーぶるぶる

さらには、よりによってオペ前日のこの夜に、豪華な出産御祝い膳が出ました。

・・・食えるか、ぼけ。食欲なんかいっこもないわ。

あの時は、ほんとに凹んでましたねー。凹みすぎて、怖すぎて、死ぬんじゃないかと本気で思いました。

私ごときが、ちゅん坊を得てしまったから、何かを失わないといけない、みたいな変な錯覚に襲われまくってましたねー。

もちろん夜はほとんど眠れませんでした血の気が引く