「 残念無念 」
あなたを応援する詩
2019年2月11日
詩 : 末松 努
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(Photo by 写真AC.)
同じ
手を“合わせられる”もの同士が
同じく
天に“祈ることのできる”もの同士が
いがみあい
にくみあうことを
誰が望むのか
なぜ
自分の欲望だけに
(あるいは似たもの同士の欲に)
視点を狭めるのか
なぜ
他人の思いにも
目を向けぬのか
苦しんでもいない者を
苦しんでいると決めつけ
解決できるのはこの教えだけ
解決できるのは自分だけ
そのように思ってしまう人が出るのが
私は悲しくて仕方がない
残念で仕方がない
わたしたちは
なんのために
手を合わせて
祈っているのか
宗教とは
ひとを心穏やかにするものであるはずだ
(波風を立てるために神仏が“いる”のではない)
自分に向き合うこと
無に向き合うこと
それを間違えてはならぬ
手を合わせることは
感情をあらわにし
なにがなんでも、などと
祈り念ずることではない
諍(いさか)いのためにあるのではない
それぞれ
おのおのが
進める道を作らずして
歩むことなんか
神も
仏も
私も
誰も
求めていない
築き上げたものがなくなるなどという妄想に
自分が支配されていることから
目を覚ませ
問い直せ
思い直せ
私が私の道を行くのを決められるのは
他ならぬ私をおいてほかにはない
(無論、猪突猛進するのではない
試行錯誤し見いだした真ある道
まごう事なき王道を永遠に探しつつ進むのだ)
何十億という人間の住む地球
それぞれが思いを持つものだ
その命、自由、人生を奪うことなどだれにもできない
奪ったとしたら
それが罪になるのではないか
死ぬまで学びだ
死ぬまで研鑽だ
ひとりひとりに宿る
生命の尊厳を知れ
上に立てばたつほど
謙虚であらねばならぬことを知れ
誰かを跪かせたり
誰かの人生を乗っ取るものには
必ずや天の目が光るであろう
