「 聴聞 」

あなたを応援する詩

2019年2月5日

詩 : 末松  努

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(Photo by 写真AC.)


「仏法は聴聞に極まる」という

浄土真宗の教え


我が身や時代に照らし

考えてみる


自分のことばかり考え

自分の思いや都合を相手に押しつけ

中には自分は完璧であると勘違いしてまで

こうでなければならないと迫ることの多い昨今

耳を傾けることを

我々は忘れすぎていまいか


(まるで

 ひとのいうことなど

 聴かなくともよいとばかりの風を吹かせ)


結論を出すのは結局自分自身だが

自分の真実の声を引き出すそのために

数多の教えの言葉や

立場に惑わされ忠告の言葉を聴かず

聞き入れることもせぬならば

何が見いだせるというのか


自分が宇宙なのではない

宇宙の中の自分だ


主張はあっても

お互いに話しあい聴きあい

推し量りつつ

相手への配慮も尊敬も忘れず

そこにひとりの人間がいるということの重み

ひとつの命がそれぞれにいまを紡いでいるという尊さを

感じなければならない


それがなければ

いつでも人は

自分のそばから消えていく


(まさか

    私はあなたの話など

    聞きたくありません、と

    自分に都合の悪い言葉だけを

    遮っていないか)


心ひとつ

心を入れ

聴き

聞き

知ること


相手の都合を考えず

身勝手に裏切ったなどと考え

逆恨みにまで発展させ

攻撃したり

思い込みに自分の感情を乗っ取られ

自身の制御すら不可能にしてしまう人間


(わたしだけはちがう

 私は完璧だ

 あいつが聴いていないんだ

 こいつが受け止めてくれないんだと

 他人にばかり目を向けない

 自分自身が耳を傾ける姿勢を持つ

 自分の考え以外は受けいれないと

 思っていないか

 受け入れられない思いだってあるのだ

 自分の都合に他人を持っていくことだけが

 解決策ではない)


我が身や時代に照らし

自分の姿を見つめよ


おごり

高飛車に

誰の声にも耳を傾けないと

頑なに

自分の思いばかりを

優先させていないか


「仏法は聴聞に極まる」

大切なことほど忘れてしまう人間に

この言葉は

いまなお

響き続けている