私が学生時代に見た“性の秩序”の差の話をしましょう。
学生時代、私はスポーツサークルに所属していて、
先輩後輩を交えて男女仲良くご飯を食べたり、団らんすることが多くありました。
その中で、今でもよく覚えている出来事があります。
ある日、数人(7〜8人だったと思います)の男性陣が
“自分と恋人の性の内容”について話していました。
もしそれを恋人である女性が知れば、
プライバシーを他人に話されたと思うことでしょう。
周りにいた女性はもっと少ない人数だったと思います。
私も含めて、別の話をしていました。
ふと男性陣の方を見ると、
7〜8人の男性が面白そうに話す中で、
たった一人だけが黙って、聞いていないような態度をしていたのです。
あとである人から聞くと、
その男性はいつもそうなのだそうです。
「聞いてはいけない話だ」と感じたとき、
「仲間に混ざるべきではない」と判断したとき、
スーッとその場からいなくなるのだそうです。
この経験が私にもたらした“認識のバイアス”。
この経験から、私の中にひとつの認識が生まれるわけですね。
「10人いたら、一人くらいしか女性のプライバシーを守らない」
もちろん、この認識は人によって変わるでしょう。
「10人いたら10人守らないよ」という人もいるでしょうし、
「いや、半分くらいの人は守るよ」という人もいるでしょう。
でも、私がその場で見た現実は、
“10人中1人だけが、プライバシーを守る側の人だった”ということでした。
では、なぜ私的な話を許可も得ずに話す人がいて、
それを面白そうに聞く人がいるのか
答えは単純です。
「興味があるから」です。
プライバシーの尊重より、
他人のプライバシーを覗きたい欲求が勝ってしまう。
性という領域で秩序を保てない人がいる理由は、
その人が育った環境で“性の扱い方”を学べなかったからですが、
それに加えて、
人間には「他人の秘密を知りたい」という本能的な興味がある。
その興味が、
境界線よりも強く働いてしまう人がいるのです。
たった1つの経験が“性の認識”を作ってしまう。
この学生時代の出来事は、
私の性に対する認識をも大きく形づけました。
人は、長い教育ではなく、
こうした“たった1つの経験”で認識を作ってしまうことがあります。
・たった一度見た光景
・たった一度聞いた会話
・たった一度感じた違和感
こうした経験が、
「性とはこういうものだ」という基準になってしまうのです。
だからこそ、
性の秩序は“環境 × 経験”で決まるのだと強く感じています。