いつだったか…。数日前にここに書きました。


優しい人は、強くなければいけないんですって。その人が「優しい人」なのだとしたら、その人より「優しくない人」のほうが世の中にたくさんいるということなんですね。これは理解できますか?


その人より優しい人が世の中にたくさんいるとしたら、その人を「優しい人」とは敢えて言わないでしょう?他の人のほうが優しい人なわけだから。


つまり、自分より優しくない人たちと出会い、関わり合うのだから強くなければいけないんですね。傷つきやすかったら大変なんです。


ここまでは前に書いたことです。


世の中には、家庭ごとに個性があって、それを品格として捉えるなら、上品な人と下品な人がいるわけですね。どちらとも言えないような人もいるし。おしとやかな人とおてんばな人もいます。利己主義と利他主義もいて、バランスの良い人もいます。


おしとやかな人は、がさつな人と相性が悪い。上品な人は下品な人が苦手。利他主義の人は自己主義が嫌い。でもそれは「苦手意識」なんです。自分の環境になかったエッセンスだから、波長が合わないことに驚いているんです。


おしとやかな人ががさつな人に憧れることも、下品な人のすることを面白がることも、利他主義な人が利己主義の人と出会って自分のバランスを良くするきっかけにすることもあるんですね。


なんにせよ、自分とは違う誰かのすることを、ただ合わないと否定しないで、研究対象と言うか、自分が変われるきっかけになってくれていると思うとよいですね。


「もしも、私が苦手なあの人を、受け入れてみるとしたら?」を少しイメージしてみると、驚くような気づきを得て、あなたの潜在的ななにかが覚醒するかもしれませんよ。


そんな体験をしてみて、次世代に語り継いでみるなんてどうですか?