「喜び」という言葉が降りました。
どんな言葉にも陰陽があります。
他人を揶揄ったり人権を奪ったりして喜ぶ人もいる。
他人から物やお金を奪って喜ぶ人もいる。
砂のついた石鹸が見えました。
綺麗にするためのものなのに汚れているといったニュアンスです。
どんな人も、砂を落とせば綺麗なものなのです。
ですが、ついている砂の程度によっては、一見救いようがないようにも見えますね。
とても稀なことではありますが、カウンセリングの仕事をしていると
どこまでも自分勝手な主張をする人が、自分こそが被害者だと助けを求めてくることがあります。
大抵、その人はその人にとって都合の良い言葉しか聞いてくれません。
私は随分と前に、神様に請願しました。
聞く耳のない人に届かない言葉を話すのではなく、
聞く耳のない人の耳をどうにかするのではなく、
どんな人にも聞ける言葉を話せる人間になりますと。
その後の経験はとても有意義なものでした。
この話の続きは、リーディングメッセージに書くかもしれません。