子どもの気持ちをまるで考えられなかった人が、自分の気持ちばかりを押し付けて「もっとこうすれば」「もっとこうしてくれればいいのに」「それはやめて」「これはいけない」と良かれと思ってやっていましたと反省するのをたくさん見てきました。
そして、「これからはもっと子どもの気持ちを考えます」という。
そして私はその言葉を聞いて
また、子どもの気持ちを勝手に解釈するつもりかなと思います。
まず自分がその立場だったら何を思えば、何をすれば、良い方向に向かうのか、誰に何を言われたら、何をされたら良い方向に向かうのか、ご自分でその気持ちを味わいなさいと私は言いますが、それでまた子どもの気持ちが自分と同じであると勝手に決めつけるのならまるで成長は見られません。まして気の強い人なら「自分ならこうできます」というのです。自分が窮地に立たされたときや味方がいないと感じられるときの自分の気持ちすら推測が出来ないんです。
理解してほしい、わかってほしいと自分の気持ちばかりを思う人ほど、他人の気持ちを理解することはありません。自分の気持ちや願望を話したいときに、人の気持ちや願望を聞く耳は機能しません。
これからは子どもの気持ちを考えますじゃなくて、
これからはもっと子どもの気持ちを聞いてあげてください。
それと同時に、自分がその立場に立った時、自分の気持ちが良い方向に向かうとしたらそれはどんなことが起きたからだろうと、良いイメージが浮かんだとしたらそれは子どもにとって良いアドバイスになるかもしれません。でも今子どもにしていることが子どもにとって良い方向へ向かわせる動力になっていないのなら、自分がしていることの結果すらイメージできていないということですから、この話を聞いて軽はずみにもうわかったと思わないことです。
体感してなんぼです。