おはようございます。
日々様々な情報に触れる内に、人間の有限性、限りある命、生と死に向き合わざるを得ない現実が毎日これでもか、とあります。
還暦間近の私もここまで生きる事を赦され、ありとあらゆる経験をさせて頂いた事に深く感謝をする日々です。
これまで生きてきた日々は喜怒哀楽に彩られ、決して誉められた内容では無い私の人生。
きっとご先祖様はハラハラしながら見守って下さっていたのでしょう、あちらの世界に帰ったら深くお詫びをしなければならないだろうと思うのです。
そして、これから。
亡くなると生きてきた内容が走馬灯にように蘇り、後悔する内容があれば、ご先祖様と共にそれを10倍の感性で見せられる‥、らしいのです。
反対に自他共に善いことをした場合の記憶も誇らしく蘇り、10倍の感性で嬉しく思う‥、らしいです。
ということは、
これからの人生は、いつか帰った場合『恥ずかしくないように』、神様にお返しをする日々でありたい、などと思ったりします。
思ってもつい忘れるのが人間、そして忘れっぽい自分ですが、
誰も見ていないからいいや、という事はこの世には無い、誰も見ていなくても紛れもない「自分」が見ている、という真理。
そう、他人はごまかせても「自分」だけはごまかせないのがこの世の真実なのです。
心には『良心』という『良神』が内在しているとは、本当ですね。
心が痛む、胸が締め付けられる、など、知らずに内在する神様が『居る』事を「自分」は知っているのです。
自分を痛め付ける行為も、自分を粗末にする行為も内在する神様を痛め付けて、死後に詫びるほど後悔するらしいです。
んー、若い時に知りたかった。💦
神様は外に居られると思っていましたから。
それをわかってしまうと下手な事はもはやできません。
反省と共に、還暦を転機に若き日の過ちを挽回すべく『善き事を思い』、『身体に良いものを食し』、『人には思いやりを持って』神様に捧げられるような丁寧な日常を送りたいです。
これも明日には忘れていないようにブログに記録させて頂きます。