人気番組「月曜から夜更かし」が、番組で扱うネタの語尾全てに「問題」とつける言い回しを定着させたような気がして久しいですが、この、語尾に「問題」をつければいい問題は、実はマスコミの中に昔っから根付く「口癖」のような「文化」のようなものになってる問題だと思っていて、結果、地方創生やら日本の未来やらを考えていく上で「少子化」「高齢化」「人口の都市集中」といった、あくまで事象であるはずのキーワードが、それ自体「問題」となっていて、大事なゴールを見失ってる問題が発生しているように思います。

 

衛生環境の向上や、テクノロジーの発達等を通じて寿命が伸びることは決して「問題」ではない、むしろありがたい「功績」だし、社会が成熟していくと「少子化」していくことは、別に日本だけの事象ではなく、シビライズされるほど出生率は減る(性教育の浸透なども寄与して)わけだから、単純に「少子化」も問題ではない、成熟した人間社会として至極真っ当な道筋を進んでいるように、僕は思ってますが、どうなんでしょうか。若者が都市に流出するのも、昔っから変わってなくてそれが当たり前で、ただ、少子高齢化が進んだので、出生率減って、流出が減らない、そういうことなんだと理解しています。

 

「問題」とするなら、解決できることを「問題」と定義したがいい。そうじゃない事象は、問題と置くだけ無駄、そんな気がしてます。

 

少子化、高齢化、変わらぬ都市への流出によって、当たり前ですが、その地域のGDPは下がります。社会保障負担が大きくなります。働き手が減る。買い手が減る。工場が回らなくなる、工場は人員を縮小する、生産量が下がる、税金が減る、また若者が都市に流れる(←ここで生まれた流出は、昔の都市への流出とは意味が違う、2次的な事象)、、こういう具合に、町の経済がにっちもさっちも行かなくなる悪いスパイラルが生まれて、経済が衰退する。この社会、お金が第一なわけですから、町が稼げなくなる、これは、れっきとした問題だと思います。町の稼ぎがなくなる、これは困った、と。問題⑴まちの経済衰退。

 

また、高齢者ばかりになる、子供も減る、そもそも人がいない、こうなると、町に元気がなくなる。元気がなくなると幸せじゃない。資本主義社会においては確かに「お金第一!」ですけど、やっぱり人間「笑顔も大事!」。でも、周りに笑顔をもたらす、ご近所がいない・・・。「賑わいの減少」これも、人間生活においてとっても大きな「問題」なんだと思います。問題(2)まちの賑わい減。

 

だから「地方創生」では、仕事を作る。交流を増やす。町の魅力を増やす(”働き方改革”や”まちづくり”による流出防止)に力を入れて、政府が支援しているんだろうなぁ、と。

 

●政府が支援している最新の自治体事業一覧:詳しくはこちら
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/pdf/h28-suisin2.pdf

 

でも、ほんとの「問題」は、今、この街の何が問題で、何がチャンスで、どこに道筋をつけて、こっちへ進むべきだと、市民に提示することができるチカラが、全自治体に備わっていることが前提になっていること、だと思ってやまない問題。

 

政府も自治体から「ちゃんとした企画書」が出ないと、補助金を渡せないようにフィルターを張っています。じゃぁ、全ての自治体が、しっかり企画できてるのか?企画ができても実施ができるか?実施ができても、市民に説明ができるか?枚挙にいとまが無くなりますが、自治体の地方創生偏差値の差が依然激しいような気がします。

 

必死に頑張る自治体は、自治体自体はとっても小さいのに、交付金をしっかり抑えていたり。あれ、県庁所在地なのに、応募さえしてない・・・等、色々あって、事業リストは、さながら各自治体の成績表のようにも映ります。

 

今、自治体に求められるべきは、シンプルで、骨太で、迷いのない、ロングスパンの、街の未来。42.195キロのロングランを走りきるための、青写真。うちの会社も(キャンペーンとかもさることながら)そういう提案をしていくべきだと思うんだよなぁ(遠い目)と、考えている今日この頃です。

地方:という呼び方が、
東京”上位"思想のもとに成り立っているという批判があったりします。

こういう「どっちが上か下か」論議は、
まず最初に”共通のものさし”を設定しないと
上も下もあったもんじゃありません。

逆に、この物差しの設定作業をまずやっとくと、
すっきり見えてきます。

マスコミに騙されるな!とかよく言うけれど、
たいていマスコミは嘘はついてない。
コメンテータも嘘はついてない。
ただ、物差しがそれぞれ違うだけ。
・・・っていう見方ができるようになります。

1tです!というひとと、1ガロンですって言っている人たちに、
どっちが長いか?!みたいな議論ふっかけてる的な?なんか違うか?
でもなんとなくそういう、物差しバラバラ問題をほったらかしにしてるのが、
マスコミが嘘つきだと勘違いされちゃう原因だし、
一方で、多様な議論が繰り広げられる面白さだし。

あえて物差しがバラバラな人たちを揃えるから、
朝まで生テレビという番組が成り立ちます。
とんでもなく頭のいい人たちが、
バラバラの定規をもって、
これは◯インチだ、◯ガロンだ、◯尺だと言いあってる感じ。

それに僕たちは気づいてみれているだろうか。

東京vs地方のものさしは、
これまで

「経済規模」
「雇用のチャンス」
「ものや情報の流通規模」

といった物差しで測られてきたから、
どんな地方も、東京にはどうやっても敵わなかった。

地方は人口が減って、子どもたちが減って、高齢者が増えて、
ますます便利に生きにくくなっていく場所になっていっているために、
東京vs地方の試合はもうダブルスコア、トリプルスコアという勢いで、
その点差が開いていってしまっている。
だから地方は衰退とか消滅とか、
みそっかすに言われ続けてしまう。

しかし、
その試合の点数をはかる物差しの単位を 「便利さ」ではなくて
「意義のある生き方」に差し替えると、
東京vs地方の試合展開は大きく変わってきます。

いま、食べているりんごが、誰が作ったものなのか。
いま、寝ているベッドが、どういった工程を踏んで工夫されたものなのか。
いま、着ている靴下は、どこの動物によって、どうやって育てられたものなのか。

自分の便利さを求めるだけではなくて、
自分の近所<街<国<世界のことを考えて行動したりして、
“世のため人のため”に生きてみよう!とかいうことも、
もちろん意義のある生き方につながると言えるけれど、

それだけじゃなくて、「意義のある生き方」というのは、
誰が作ったの?どうやって作られたの?
みたいな疑問を持てる”心の余裕”ある暮らしを作っていくこと、
そのもののことを指すと思ってます。

いま、
地方には「意義のある暮らし方」に取り組んでいる人たちが
どんどん増えてきていて、イケダハヤトさんなんかが
「まだ東京で消耗してるの?」みたいな疑問を投げかけ始めているのだと思います。

この週末、
弾丸で福島県は郡山の友人宅へ訪れました。
友人が弾丸で連れていってくれた2つの会社は、
まさにこの「意義のある生き方」についてストレートにぶつかり、
チャレンジをし続けているところでした。

ひとつは仁井田酒造さんという、
郡山でお酒を作っている会社です。
美味しいお酒を作るだけでなく、
お酒を作るために必要な米とお水を全て地元・田村町で自給自足し、
お酒を美味しくするための、
酵母・糀・乳酸菌を全て自前で作ってしまえないかとチャレンジをし、
さらには、この酒造りが、
まちづくりにつながるために何ができるか考えている会社です。

「日本の田んぼを守る酒造」とポスターに堂々と記載されていました。

杜氏の仁井田穏彦さんは、
日本の田園風景を見れば、
誰もが心を落ち着かせる。

この風景を守るチャレンジを続けたい。とおっしゃっていました。
商品を作るだけでなく、
その商品の周囲になる「暮らし」まで見据えてものづくりをする気持ちと、
震災の風評被害に負けずにチャンレジし続ける勇気に触れることができました。
http://www.kinpou.co.jp/

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もうひとつは、
郡山にあるLa vidaという家具屋さん。
代表が北欧を回って北欧家具のコンセプトの先進ぶりに感銘を受け、
家具を売るだけではなく、
暮らし全体を見直す「家づくり」にもチャレンジを始めている会社です。

特に東北地域にとって寒さは、
人間の健やかな暮らしを脅かす強敵。
家の中がトイレでもお風呂でも寒くない家づくりを目指し、
またストレスのない設計と家具配置により、
生活の質を上げていくチャレンジを続けていました。
お店で取り扱うベッドメーカーは、
数千万円の投資をかけて全世界のベッドを試した結果、
1つのメーカーにたどり着いたのだそう。
そのメーカーは、
スプリングコイルを使わず、
木製で交換可能な素材を使っています(だから、長持ちする)
寝心地だけではなく、使い心地と、使い終わらない、
サステイナビリティにまで見据えたチャレンジに共感されたと社長はおっしゃっていました。
http://lavida.co.jp/
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福島というところは、
震災を受けてよりいっそう消耗される世の中から脱しようとしている気がします。
効率ではなく、生き方ベースで暮らしが見直されている。
でもそれはもしかすると震災を受けたからではなく、
震災前からずっと、そういう街だったんじゃないかと。

下は東京圏、上は仙台、左は山形、右は海。
福島の地理はとっても中途半端です。
わたしたち、◯◯エリアです!っていう感じがない。
一応東北ですっていう具合で、
ビジネスは東京を向いていて、
キャバクラのお嬢様たちは、仙台の方に行ったりするそうだし、
なんとなくどっち向かず。

だからなのか、逆に内向きになっているというか、
自分たちの文化を自分たちで作り上げていっているんです。
悪く言えば閉鎖的で内向き志向なんだけど、
おかげで独自の文化感が発達している感じ。

自分たちの暮らしの”スタイル”が確立していて、
好き嫌いがはっきりしてて、
生き方へのこだわりが強い方々が多い。。気がします。
意義のある生き方に真っ向から向かっている感じ。

地方の、東京なんかよりずっと豊かな暮らしを感じられる場所。
東京よりもずっと上位の。
それが福島県。
何度でも訪れたい場所です。

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夕方になると、徐々に墓場に人が集まってきます。長崎の墓文字は金が普通。東京の墓を見て「なんかどこも質素ねぇ」と思ってしまったんですが、長崎がちょっと特別なのだと後から知りました。

さておき、墓を訪れると自分の家だけではなく、近所のお世話になっている家の祖先にもご挨拶周りをしながら、17時頃から20時頃まで、ずっとお墓にいないといけません。その間は、オトナもコドモも花火をして過ごします。

他県の人には「なんて罰当たりな!」と言われますが、還ってこられた先祖様をお祝いするというか、賑わいを見せるのが礼儀とされているんです。賑わいを見せなければならないので、東京で花火するときのマストアイテム線香花火=「花火~♪花火ってやっぱり線香花火よね、情緒があっていいよね~キャッキャッ♡」みたいなものは、スタメンから完・全・に・外れます。

音が鳴る花火がヒーロー。「ピューーーー・・・パーン!」とこれでもかと叫びながら登っては爆発するロケット花火(長崎弁で「やびや(やぶや)」と呼ばれる)や、箱ごと燃やしちゃったりする爆竹(長崎の爆竹消費量は中国並み)、バチバチ飛び跳ねる吹き上げ系花火をこぞってみんなで飛ばしまくります。

東京でやれば迷惑千万、都内でこんな花火の仕方ができるとこなんてあるのか皆目見当もつかないような騒がしい花火プレイが五島流。かつ、オトコどもは、ここで爆竹を手にもったまま爆発させたり、ロケット花火を手にもったまま飛ばしたりして、多少火傷しながら自分の男らしさを表現します。これができないとオトコじゃない的な遊び方をさせられます。でもでさね、爆竹って意外と手で持ってても熱くないんですよ。だいたい。おおよそ。ほぼ、ですけど、ね。

是非皆さん試してみてはいかがでしょうか。※良い子はマネしないでネ!

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初盆の我が家は19時頃には一度墓を引き上げ、2時間前に出した提灯も全てしまいます。なんでわざわざ出した提灯を2時間でしまうのか尋ねたものの「そういうもんじゃけんの」としか誰も答えられない。そういうものは、そういうものなんです。

代わりにというわけでもないけれど、今度は精霊船(しょうろうせん)に提灯をつけ、倒れにくくなるよう石の重しを置き、みんなで波止場へ向かいます。ここから、漁船に乗ってこの木船を海に乗せ、外海で流すんです。

この船にじいちゃんを乗せて、極楽浄土へ向かっていただきます。西にある極楽浄土へ向かう船。だから「西方丸」という名前がついてます。(ただし、潮の向きの乗らないと、翌朝、目の前の浜に帰ってきてしまうということも起こるんだそうで、そんな結末もなんだかシュールでちょっと期待しちゃう自分)


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じいちゃんと生前交流のあった近所の人たちも、親戚もこぞって集まってきます。みんな来てる人は船に乗るかなと思いきや、意外にみんな乗らない。あと3人だか5人だかは乗れたのに、まずは最愛の妻であるはずの祖母が乗らない。ずっとそばにいた愛娘であるはずの叔母も乗らない。女性は乗らないものなのでしょうか。いや、従兄弟の女の子は乗ってるしなぁ。。。

父が「(ばあちゃんが)一緒に乗ってこん船の(この船が)沈んだら、どがんすっとか(どうするんだ)!」とジョーダンにしている間に、気づけば船は出発してしまった。

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そしたらオバから船に電話がある。「戻ってきてくれ」と。

ほら言わんこっちゃない。乗りたかったんでしょ。そりゃそうでしょ。自分の父親なんですから、そりゃ船に乗って、最後までお見送りするもんでしょ。

船は引き返し、また波止場に戻り、波止場から真っ暗のなか携帯のライトで「こっちこっち」と合図するオバを発見して船は近寄る。

でも近寄るだけで乗せようとはしない。オバはどうやって波止場から乗りこむつもりだ、飛び込むつもりかとあれこれ考えていたら、また船が出発してしまったんです。

なんだったんだと周囲に確認したら、「(オバが付き添っていた)ばあちゃんが、最後にじいちゃんば見送りたかったとげなさ」(最後にじいちゃんを見送りたかったらしいんよ)。

いつも明るいばあちゃん。ずっとしゃべってるばあちゃん。そして、ずっとじいちゃんを支え続けてきたばあちゃんが一瞬の隙を突いて見せてきたでっかいでっかい永久の愛。

父が「船に乗りたか、て言われるより、見送りたかて言われる方が重かな・・・」と言うのはほんとにそうだとおもいました。

いつも明るいばあちゃんが、そうやって見せてきた愛情のおかげで、まるでイベント気分だった精霊船を運ぶこの行事に魂が宿りはじめた感じで、ばあちゃんの気持ちにきちんと答えないとと、沖に進むにつれて、皆の顔が徐々に真剣になり始めました。

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いざ、沖に出たところで、船を流します。天気は少々荒れ模様。風が吹き船が揺れるなか、絶対にひっくり返してはならない精霊船をそっと漁船から下ろします。

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なんとか浮かびました。
とおちゃん、達者でな!と叫ぶ父。じいちゃん、またね!と叫ぶ従兄弟。
ばあちゃんの分まで、想い想いに祖父に別れを告げ、漁船はその場を去ります。見えなくなるまではせめて沈まないでいてほしいと言う父の想いはなんとか叶い、漁師、そして船長だった祖父は、最後の最後まで海に愛されながら、視界から消えるまでずっと精霊船の提灯の灯を僕らにともし続け、その儀式は終わりました。

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↑遠くにいっても灯火は消えなかった


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家に帰ると、例のあれ(提灯というのかなんなのか)がキラキラ光ってきれいです。
五島列島のお盆は、こうして本当に他界した先祖たちが帰ってきたかのように祝い、賑わい、笑いながら飯を食い、めいめい好き勝手話しながら、さんさんごうごう帰っていくんですね。

一方、僕の母方はキリスト教なので、お盆だからといって特別何かすることはありません。墓参りをするくらいで、これまたちょっと特殊なんですよ。

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↑母方の墓地の風景。日本式墓の上に、十字架が立ってます。この折衷感が長崎センス

長崎県内にある多種多様なお盆の過ごし方。五島列島が、全国的にもユニークでありある一片をかいま見た初盆となりました。
冷房が部屋全体を冷やそうと、なんていうの、ムーバー?が規則的に動いているのをぼーっと見てるのってなんだか可愛らしく見えてきませんかね。扇風機が規則的に右に左にと動くのも同じで、たまにちょっと気まぐれに向きを替えたり、早く動いたりしないかな、と期待してしまったりしてなんだか目を離せなくってってどうでもいいんですが、初盆で五島列島に帰ってきています。


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他県の人からすれば、五島だろうが長崎だろうが、長崎県なのでしょうが、五島弁というのは長崎弁とはなはだ違って、長崎市民にもまるで留学したかのような言語が飛び交います。
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「そうそう」と相づちをうつときは「オヨ、オヨ」
「おやおや」とか「うわー」とかおどろいたときには「アッパ」
「たいそう」とVERY表現を使うときは「ザマ」
「おまえ」と相手を呼ぶときに「ンー」と言います。
「んーどんが行かんとか」(あなたがいかないの?)
どこから「ンー」で「You」の意味になるのでしょうか。
「じぶんのいえ」は「ワーゲ」
(我が家→「わがけ」→「わーげ」これはなんとなく由来が見える)
「そこ」「あそこ」などは「ソケ」「ソゲ」と、げーげー言うのが大好きです。 
意外でしょうが結構「じゃん」を使います。
「勝ってるじゃん」→「勝っとっじゃん」と。変に標準語ぶってるのがまたかわいい。

挙げればきりがない、標準語、そして長崎弁との違い。もはや「五島語」というオリジナル言語に、日本語が一部混ざっている、というレベルで、数字や名称といった日本語を借りながら、うまく五島弁が成り立っているという具合です。いろんなことばを省略しまくるのでテンポが早く、ものすごいスピードでみんな好き勝手に話すのも特徴です。花子とアンを、アンとネネと言ってました。それでもいいんです、通じるから。その、全く交わらない会話のサマがたいそうひょうきんで、会話に笑えが耐えなくなる。文句を言っているのになんだか笑ってしまう。

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五島列島のお盆は、長崎全域同様「墓場で花火」はあたりまえ(これは他県の人に驚かれますが、こっちからすれば、逆にどこで花火すんのよって具合)、精霊流し(しょうろうながし)も、ちっちゃいやつながら、流します。爆竹でバンバンとはならしませんが、船にのって、海に流します。家の中には、色きらびやかな提灯が仏壇の周りを飾ります。夜になると光るんですよこれ。きれいです。

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新上五島には、日本国内で使用する石油の1週間分が備蓄される基地があり、祖父母の家の目の前にあります。この備蓄基地のおかげで、この街にはお金が入ってくるのですが、祖父母の前の海岸にはすっかりと砂浜がなくなってしまいました。潮の流れが変わってしまったんですね。小さい頃泳いでいた砂浜が、岩浜に変わり、赤潮がたまる浜になってしまった。若い子がまったくいなくなったという変化も寂しいけれど、美しい自然が失わるという時代の移り変わりには、つれづれなるままに吉田兼好モードに入ってしまいますね。


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そうめんを作ろう作ろうと朝から祖母がワーワー騒いでて、いつ食べるか、いま食べるかと散々せかしたくせに、いざ、作ろうとなったら、そうめんつゆが無いと騒ぐ。コンビニもないしスーパーも無いから、隣の家から借りてくるしかない。そしたら、きびなごのおすそわけまで付いてくる。この集落に来るための一本道で脱輪した車が出たと言って、男手がみんなで車を上げに行く。小さな限界集落で起きている日常に触れ、またいつもとは違う自分に出会えるのでした。

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2年ぶりのロサンジェルス、E3=Electric Entertainment Expo.3つのEでE3。ゲーム業界(Video Gaming)における、世界3大展示会のひとつで、そのうちのひとつである日本のTokyo Game Show(9月)とはちがって、ここには関係者のみ(かつmust be over 17yo)が入れるという業界向け展示会となるほか、TGSと違うのは、nintendoが参戦することにある。TGSとnintendoは犬猿の仲らしいんですが、nintendoが参加しないゲームショーをゲームショーと言っていいのか、ゲームの世界は少なくともこの30年間はnintendoが引っ張ってきたと言っても過言ではないのに、日本が生み出した財産なのに、日本で任天堂が参加しないとは、奇妙な因果だなぁと。




とにかく、そういう事情もあって、E3でのnintendoの発表は毎年毎年、なんだかんだニュースがあったりするわけですが、今年もnintendoは「Miiファイター」「amibo」といった新たな機能を発表し、Wii/WiiUの新たな遊び方の提案を発表しました。あくまで、「みんなで遊ぶ」そしてその対象はオトナというよりもコドモ向け、そこにぐぐぐぐぐーっと特化して、最初につかんではなさねーぞ作戦といった様相がグイグイだったような印象でした。
参考 GIGAZINE
2年前に訪れたE3ではここが「Wii U」最初の実機プレイ場となっていましたが、あの頃はこのWii Uもいまいち参加者側も使い方に不慣れな様子で本当に大丈夫かなぁ?といった心配が見えており、今回は、こうした新機能がユーザーに受け入れられるか、見物です。なんとなくamiiboは売れるかもしれない。子どもたち、好きそう。あぁいうの。んで、モノが増えて困る親たちの構図。レアなやつとか出て来て。カードゲームのマーケ論理が働きそうな予感。


詳細は各種ゲーム誌関連のニュース記事で追いかけることができるし、僕もゲームにそこまで詳しい者でもないため、素人感覚で素人向けに大勢を測るとすれば、今年は『ゲームをどう進めるかはあなた次第だよ』絶頂期、言い換えると「自由自在」という言葉のバブルがゲーム業界に巻き起こっている、といった様相を呈していました。マリオブラザーズのように、左から右に、ゲーム画面が進めたい方向に自分たちが進まされて行くことではなく、はたまた、1面クリアしたら2面、3面というふうに用意されたシナリオを、いかにユーザーがクリアしていくか、という話でもなく、360度から敵が自分を襲ってくるなかで、自分の思い通りに上下左右自由自在にキャラクターを動かし、敵を倒していくことができたり、前に進むでも後ろに進むでも、ゲームの進め方も自由自在で、とにかく「プレイヤー様様」感が半端ないゲームがずらりと並んでいました。加えてオンラインで友人、あるいは世界中の人と戦えたりできるもので、あらゆるゲームソフト会社が、まさに「どう進めるかはあなた次第だよイッツフリーダム!」な世界へ本格的に身を乗り出してきていて、むしろこれがジョーシキという時代となったんだなと。

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ちなみに、2年前はWiiから始まってKinnectで出そろった「画面に向かってインタラクティブにアクションしましょ」の絶頂期だったです。アイドルのように踊ってみたり、悟空のようにワザを出してみたり、あらゆるブースで画面に向かって様々な人種のヒトたちが、口を半びらきにして踊っていたのですが、これがまた、なすがままにゲームに操られるパトリオットになっていたのが印象的・・・今年のブースには、その影がひっそりと存在感の無くなり、いかにプレイヤー様のやりたいように、ゲームが動かせるか、という流れにぐいいーーんと動いたような印象が深く残っています。



2年前といえば日本ソシャゲ大手のグリーが大きくブースを用意していましたが、ソシャゲのソの字もアメリカのゲーム業界からはヴァニッシュされてしまいました感がビシビシ感じられましたのも、強い印象の1つです。日本ほど、ソシャゲ、携帯ゲームが流行っている場所は無いものなのでしょうか。他国の携帯ゲーム事情までは僕もよくわかりませんが、昨年のTokyo Game Showを見ている限り、日本は携帯ゲームの方がタレントも呼んだりなんだりで派手で元気があるような雰囲気だから、これはE3とTGSとの大きな違いです。E3では、携帯端末といっても、例えば卓球のラケットに使ったり、コントローラーとして使うという機能はあれど、ソシャゲといった形では全くまえに出てきません。GREEのソシャゲ全米進出は、こりゃ失敗といった状況なのだろうな、と暗に推し量るべしといった具合です。

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Xboxが発売(2002年)されて12年、もはや正直PSとXboxの何が違うんでしたっけ、といったレベルで、どっちでもいいよね、というかユーザーとしてXbox買うのとPS買うのと、どっちをどういう基準で選んでんのか正直難しそうです。PSがブルーレイを使えたりこうやっぱりSONYっていう日本人の安心感もあったりして、よりジェネラルなPSと、よりギークなXboxというイメージの違いくらいがある程度でしょうか。ブースの雰囲気も、PSが青で洗練されている印象があった一方、Xboxブースは悪の組織の本部のような薄暗がりに緑が光って暗いなか実機プレイさせる感じで、心が汚れていきそうです。(ちなみに、任天堂ブースには、女性も多く目立ち、パーティゲーマーたちがハイテンションでプレイしていました)プレイ機器でペルソナが変わっているのもまた興味深いところ。

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マーケットがどれほど日常の世界に鬱憤が溜まり、ストレスを感じているのかというところもインサイトとしては大きいものを感じます。時に人はスポーツでストレスを発散し、時に人はカラオケに行ってストレスを発散し、時に人はゲームの世界で敵をやっつけまくることでストレスを発散していく。ゲームの世界での敵やっつけ快感は、デジタル技術の向上とともに中毒性を帯びて行き、まるでリアルの世界で人を殴りつけ、首を斬り裂き、血潮を浴びているような錯覚をゲームの世界で味わうことができるようなゲームも発表されている。

たとえばthe Mortal Kombat3。


アメリカ人も横で、うわっわーやっべーって叫んでいたのも印象的

Call of DutyやDestinyで大ヒットを続けるActiVisionのPVも、現地のPV発表会場はまるでディズニーランドのようにアトラクティブだった。炎は出るわ、風は吹くは、地面は揺れるわ。終わる度に拍手喝さいでした。






アメリカ製作チーム勢(というか世界を巻き込んだ連合軍勢とでも呼ぼうか)に対抗して、
唯一と言っていいほど、本格的なクオリティでmade in japanにて対抗するのがMetal Gear Sold V:the Phantom Painという存在です。会場でのパンフレットにも第一特集に選ばれるほど今回のTPPには非常に関心が高く、またここまで徐々に徐々に、じりじり発表されている内容ひとつひとつ評価が高く、ゲーマー達にとって、大変期待が高まっているという状況です。

KONAMIブースは大変シンプルで、遠目「コナミ」と書かれたブロックがたっているだけで、何のにぎやかしもなく、小さな画面、小さなポスターが飾られているにすぎませんでした。更に会場外周にある大きな広告・・・にも一切掲載が無く、他者類似戦争ゲームに比べるとひっそりして冷ややかに映るのですが、一方で、そこに集まるメディアや関係者たちの興奮は、デモプレイを見れば見るほど高まる一方!という具合で、その場のギャップが大変面白い具合にぐちゃぐちゃと入り混じっていたのが、印象的でした。



海外勢VS日本勢の、ガチクオリティ系のゲーム業界において、日本勢が戦っていくべきポイントは何なんだろうか、みたいなことを考えようとすると、なかなかその答えを出すのは難しいものです。ここまでユーザーオリエンテッドなゲームがそろい踏みしていくなかで、ユーザーは、開発者側の想いや技術をとことんチェックし、そのチェックした結果をSNSを始めとして発信し、評価する時代です。その中では、開発者側は最後まで、この手厳しいユーザーたちに負けちゃいけない強いリーダーシップが必要なのかもしれません。ユーザーの期待を超える作品にしていくために、その制作の方向性を間違わないための、いや、間違いとかどうとかではなく、これが正しい「ナウなゲームだ」と言いきれる強いリーダーシップ。ユーザーに媚びず、ユーザーがついていきたくなるような、ゲーム開発におけるリーダーシップ。ただただ、ゲームの出来だけを、云々批評されるのではなく、そのゲームをどうやって作り、何をコンセプトに作っているのか。そのコンセプトをユーザーが理解した上で、作っていくっていうね。そういうサブストーリーも含め、情報を届けて、ゲームにおけるレピュテーションを作っていかねばならないんだろうな、と感じた次第なのでした。
パスポートをなくしてしまったがゆえ、そして奇跡的に見つかってしまったがゆえ、特にやるべきこともなくただフライトを遅らせただけの1日。

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↑こちらのフランス語学校の前で落としまして、ご丁寧にフェースブックにメッセージをくださってました。フェースブックって便利ねほんと。mixi時代じゃありえないことが、こうやって起こるんですよ。大学時代にフランスフリークだったことをお伝えし、♪不思議なことに、アメリカに来て、フランスのことが好きになっちゃったよ!イェーイ♪と、心からお伝えしておきました。どうぞロスでフランス語を学ぶならこちら。
Ecole Claire Fountaines 
352 Westminster St. 
Venice, CA
へお気軽にお問い合わせください。日本人はフランスがお好きときっと思ってくださっていることでしょう


ガイドブックも何も持たずに、適当に、そこに来たバスに乗って海に向かってみて歩き回るに、とにかくAbbot Kinney boulevard のしゃれとること、しゃれとること!ロスのナウはここにありますよ、間違いなく。いや、人の言ってることはしらんけど、たぶん。たぶんここにある。湘南に表参道がある感じ。ビーチつき表参道。ここでパスポートをなくしたからこそ見つかったんやと信じ切ってる。それだけ良い気が流れている場所。

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スタバは時代遅れよね、って感じのコーヒー屋さんが数件ある

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トムズの1号店も、中がカフェになってて、トムズのマグカップとかでコーヒー飲みながらマックをカチャカチャしてるしゃれガイたち。

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服屋ひとつひとつこんな感じ。結構メンズもあって、ふつうに買いそうになってしまうですよ。日本料理屋もいちいちシックで、日本雑貨屋もしっかりファッショナブル。
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どうやらこのガイドブックがアツいらしい、ローカル情報満載だそうだ。日本雑貨屋のしゃれとるレディが教えてくれました。詳しくはそちらで。

さて本題については、実はこのアボットキニーではなく、そこにつながるMain st. にある、おむすび屋さん、Summer Blueというお店。

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通るたびに列ができてるのは、このあたりでもここだけってレベルでぶっちゃけ超流行ってる臭いがプンプンします。

正直僕自身、ピザもパスタもバーガーもサンドウィッチもホットドッグもタコスもW杯に合わせてブラジリアンビーフとかいう気配りも、いまは、全くいりません、何より僕にうどんをください、という気分にさせられてたタイミングだったのですが、たぶんね、アメリカ人もね、そろそろ気づいたんじゃないすかね。建国400年を過ぎて、彼らにとってオムスビという食材が、彼らのフードルーティンに必要だということを。彼らが本当に米の国になる時代が訪れているんですよ。たぶん。

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Summer blueという名前からして、日本料理屋っぽくないのがいい。黒人がオムスビを握る姿も、ものすごく違和感があっていい。お母さんが握るオムスビとはまた違う味がしそう。ちなみに日本人スタッフは1人もいない。

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そりゃ混むわって狭さで、簡単にいうと、銀だこスタイル。とにかくちょっと並んでそのあたりで食う。子どもから老人まで2個から3個頼むのが普通みたい。お箸を器用に使ってる。味噌汁やら枝豆やらもある。味噌汁はまるでスタバのようなトールサイズの紙コップに入れて飲む。なぜカールがぶら下がってるかは不明。ってか店員に聞いたけど、店員も不明だと。

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わさびつくだに、と
しそうめ、
なるメニューを頼むとこんな感じ。
黒人が握ってくれてた割りにはサイズ感には何の違和感もない。いわゆる普通サイズ。米はしっかり日本米だが海苔は韓国ノリ。ぶっちゃけ個人的には海苔は味がついてたがうまいと思うから、正直、これ、正解\(^o^)/ めちゃくちゃ美味い。わさびつくだにとか、普通に日本のファミマで売るべき食材。昆布とタコワサのわさびなんですが、クソ美味い。韓国海苔とあわさって少ししょっぱいけど、そんくらいがお好き。しそうめも、しっかり紫蘇の葉つき。この2つで7.15ドル。日本のおにぎり屋さんで買ってもこんくらいするでしょ、最近。

とか書いてるうちに降りるべきバス停おり過ごして終点についてしまった。

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UCLAではないですか!

賢そうな学生が楽しそうに歩いてるよハァハァ、、、







東京は港区、竹芝桟橋から約30時間かけて本土と島をつなぐ唯一の船は、1週間に1本のみ。
運賃は雑魚寝席でも往復約5万円。
物価は高く、何を買うにも東京の1.5倍。築30年、6畳1間の家賃は6万を超えるという、
日本で最も行きにくく、生きにくい島。
しかし、日本中の島々が過疎化、高齢化、人口減少に苦しむなかで数十年間人口を維持し、
今もなおたくさんの子どもたちに溢れている、笑顔がいっぱいの島でもある。
この島の何が魅力で多くの人々がこの島を何度も訪れ、しまいには移住してしまうのか。





何も無いことを、あっさり諦めざるを得ない環境。

この島には、映画館も無ければ、お洒落な服屋も勿論無い。
船で届いた食料は既に賞味期限があたりまえ、スーパーのパンはチルドされて陳列されている。
日本中の島で「なにもない」環境は当たり前なわけだけど、
それでも例えば長崎の五島列島に住まう人々は、もし都会の味をつまみ食いしたくなれば2時間も船に揺られりゃ味わうことができる。
小笠原は違う。往復10万、往復60時間かけて、わざわざ映画館に行くのはそう簡単なことではないわけで。
もはや「クラブがあったらなぁ」なんて都会に憧れる余地がないんです。
だから田舎であることを憂う事自体に意味がなく、そんなことより自分なりの楽しみを見つけることに島人の気持ちは1つになれる。
この島の盆踊りは、寂れるどころか盛り上がる一方で、この盆踊りに魅せられて何度も訪れる観光客も少なく無いそうだし、
結婚式は全て手づくりで、仲間や友人が自分たちの時間を存分に使ってお祝いする。その1つ1つが人生の一部として機能している。
もはや東京ー田舎といった日本のありふれた関係値は成り立つことがなく、この島がまるで1つの国家のように成り立っている。
これが小笠原マジックの仕掛けの1つ。島の人たちが、自分たちなりの楽しみを見つけ、笑顔に溢れているのだ。
何も無いことを憂うことなく、島暮らしを心から楽しむ笑顔を見れば、憧れないわけにはいかない。


守らなければならないものがある。

東京から1,300キロ離れているから、ヒトも、自然も、歴史もその全てが、日本の「ここだけ」に溢れている。
船に乗る前には外来種の侵入を防ぐべく、入念にマットで泥を落とし、船内には島内の自然とどのように向き合わなければならないのか、
再三再四指導するポスターが貼られている。島の中に入ると、いたるところに、希少種を守るためのエリアが設けられており、
たくさんのレンジャーやボランティアが、外来種除去に汗を流している。それだけ誰かが守らなければならないものが溢れているのだ。
しかし、ここまで不便な場所だから、誰もが簡単に「自分が守る」とか「自分が後世に残していく」とか言うことはできない。
だからこそ、この希少性を知ってしまった1人1人が「みんながやらない大変な、でもとても重要な仕事」を
「自分がやれたら」という人々のある種エゴであり、使命感的なものに刈られてしまう。
これが小笠原マジック第2のトリックだ。
「誰かやらないといけない大変なことを自分がやる」というかっこよい生き方をちらつかせれるわけである。
「島へ移住する」だけでもかっこいいこのご時世に、よりによって「小笠原」を選ぶ人のかっこよさたるや。
一方で、その道を選んだらこんなにかっこいいのに、選べない自分への不甲斐なさ。
せめて「また来ることで、このかっこいい人たちに会いに来よう。エールを送りに来よう」と思わせられるのだ。

カリを作らされること。

この島の一番の魅力は、島独特のお別れ方法にある。
島中の人たちが週に1度のお別れの日、島寿司という漬けた島魚のお寿司を握り、港に集まっては、島を去る人々を全力でお見送りする。
この全力っぷりが別れを惜しむにはたまらない演出となる。
いざおがさわら丸が出航すると大小10以上のボートが一緒に走り出し、
おがさわら丸に乗って去ろうとする一期一会の観光客や、島を出て行く仲間に向けて、ボートの上から最後までさよならを言い続け、
順々に「ありがとう!」と叫んでは沖合数キロはなれた大海原に飛び込んでくれるのである。
飛び込んだ後、海の上に浮かんだ人々は海上の遭難者さながら、とても危険なお見送りに見えるのだが、飛び込んだ彼らは、大海原から最後まで笑顔だ。
僕がお世話になったlittle georgeの船もその1つだったが、多くの船でよりすぐりの元気な若者たちが飛び込んでいくなか、
まさかおかみさんである京子さんが飛び込んでくれた。これには驚いた。そして本当に嬉しかった。大声で感謝を叫ばざるを得なかった。
まだ5月。海の水温はまだまだ低い。
たったの一期一会な僕たちは、ここまでやってくれるんだから、また来なきゃ。。。。と、ここがズルい。
ここが小笠原の魅力を作り出す最大のマジックである。
お金をお支払いした対価が、モノやサービスだけでなく、ハートまでついてくる。
ゆえにお金以上のものを受け取った気分となり、島でお世話になった方々に、カリを作って帰らされるのだ。
くっそーっ。

島で出会った全ての人たちが、また来てねと言ってくれる。
でも、島の人たちの「また来てね」の裏には、
この便の悪さがゆえに、なかなかなかなかまた来てくれるもんじゃないし
本当に一期一会になるかもなぁ。それでも、君たちに会えて良かったよ。
というところまで聞こえてくる(ような気が勝手にしてしまう)。
だから「もう二度と来ないと思ってるでしょ?!」とこっちは言いたくなる。
恐らくほとんどの人たちが一生に一度、行くか行かないかの島。
そこに2回以上行くのは相当稀な存在になってくる。自分がそのレアケースになれるか、試されるのだ。
これがまた訪れたいと思うモチベーションにつながるのだ。

・・・ということで、すっかり小笠原マジックにかかってしまっている。これはマズい。悔しい。
でも、それよりも「もう来ないだろうけど、またきてね」と挑戦状をたたきつけられた身としては、
絶対に、また会いに行きたいと思ってます。お世話になった小笠原のみなさま。本当にありがとうございました!



2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが起きたとき、僕は高校3年生でした。

 あのとき、フジテレビの安藤さんが、何が起きているかわからないまま、目の前で起きていることを必死に伝えているという感じでした。僕はそれをひたすら朝まで追いかけていて、さすがにその日は、母の「早く寝なさい!」も控えめだったような記憶があります。まだそのころはインターネットも拡がっていないから、新聞やテレビが報道することを追いかけながら、アメリカの消防員の人たちが作ったピンバッジだかなんだかをもらって、世界で起きているよくわからない事件になんとか自分も参加する、ということに必死だったような気がします。

 その頃の僕は、この地球上に大きな時代の変化が起きた瞬間なんだと確信を持つことはできたけれど、どう変わるのか、何が変わるのかまったくわからなかったから、何としても時代がどう変わるのか知りたいと思って、国際政治学の道に進みました。まだそのころは、911が起きて間も無かったので、いろんな人がいろんなことを好き勝手に今後の世界はこうなると言い合っていたから、それはそれで面白かったけど、自分には手が負えなくなり、なんとなく世界地図の見方が少し深くなったな程度で卒業したことになってます。ただ、今振り返ってみると、ヒトは戦争が大好きなイキモノであるとみんな思っていると思うし、それはそれで正しいけれど、一方で、思っている以上に色んなチカラが働くことで「戦争が防がれている」ということも知ったということは大きかったなと思います。そして、本当に面白いくらいに「歴史は繰り返される」ということ。

 それから約10年、今度はどこか遠い国の事件ではなく、自分の国で世界を衝撃の渦に飲み込む事件が起きました。10年前の自分に襲ってきたあの感覚が、ばぁぁっとよみがえってきました。日本がこれはたいへんなことになったと。ここ10年間の日本の未来が、それまで予想されていた未来とは大きく変わっていく瞬間がおきたと。
 
 3月11日があれからの3年間、僕は何ができたんだろう、と振り返るという作業が毎年の責務だったとき、今年の僕は何を考えるべきなのか。

 【閲覧注意】と書かれた当時の様子を映した動画は見たし、どこに寄付されるのかも知らないまま、ヤフーの「3.11」と検索したら寄付されるってのにもジョインしたし、テレビで「まだまだ復興は進まない」と言っているのも見ました。だけど、世の中の空気に流されて、いいね!とかシェア!とかするだけってのは、なんとなくやりたくないし「あの日を忘れない」とかいう言葉も、僕が言わなくてもみんな言っているし。今何を思うべきなんだろう?

 最近、高知県に仕事で訪れることが多くて、高知県内全域にお邪魔することが多いんですが、高知県は、間もなく訪れるだろうと言われている南海トラフ地震に向けて着実に準備を進めています。大地震が起きた時の津波の高さは、30メートルをゆうに越えると言われているそうで、海辺の町には、津波が来た時に避難できる人工の避難台を作っていたり、もしものときのために、自衛隊の訓練も進めていたり。そのために使われるだろうオスプレイの飛行訓練も高知で行われていたりして、今は、さほど全国ニュースでピックアップされていないのですが、自分が月の半分を過ごすほどにコミットしているこの地域の、この海辺の町が、いつか近い未来に、東北のあの景色になってしまうかもしれないと思うと、そんなことを考えること自体が不謹慎と言われようと、僕の中ではその時何ができるか準備をしないといけないな、と。

 もしかしたら今年中、もしかしたらまた10年後、いつくるかわからない、東北のあの日が高知に来るとき、僕は今度は何ができるんだろう、と。高知の人たちの、カツオのたたきをふるまってくれたおばちゃんたちの笑顔がなくなったとき、できることは何か。今、こんなにも高知の方々にお世話になってしまっている僕が、今年考えることは、繰り返される歴史にどう対応していくか。自分が行くことなのか。東京から情報を発信することなのか。会社にどうやって働きかけるのか。たぶん、自分にしかできないことがあるはずで、まだマスメディアもソーシャルメディアも気になんかしていない未来に向けて、正解のない答えをいくつも持っておくことが、今年僕が考えるべきことだし、一人でも、次の地震に向けて、自分がその瞬間何ができるか考えてみてほしいなと。勝手ですが。

 あの日を忘れない、というのは起きたことを何度も振り返るだけでなく、繰り返される歴史に対して次に自分がどうアクションを起こすかということも大切なはずだなぁ、というのが、2014年3.11に思うことなのでした。

 この3年間、岩手で取材をした高校3年生は、短大に入ってもう就職活動をしているし、原発問題で揺れた2人の福島県民が、僕たちの目の前でプロポーズをして、先日、幸せな結婚式に参加しました。郡山で行われた2次会の司会まで拝命しました。東京にいた大学の後輩は、福島にUターンして、手に職を備えて地元を元気にしようと頑張ってます。いろんな東北人からパワーをもらいながら、また来年の311の、こうやって考えるときまで、ぼくも頑張りと思います。
先日、秋元康さんから直接話を聞く機会があった。会社に感謝だ。きっとその内容を公開すると、なんだか怒られちゃうらしいが、改めてこういう風に生きてみようと決意できる、とっても貴重な機会だったと思う。

「幕の内弁当は記憶に残らない。いろんなおかずがありすぎて、これが旨かった!というポイントがぼやけてしまうからだ。歌って、踊って、演技も!というタレントはなかなか成功しないでしょ?」

と秋元さんが言うと、やけに説得力があるものである。と、同時に、歌って踊って演技もがんばる剛力彩芽ほど、その定説を打ち破る女優はいないんじゃないかと頭をよぎった。一時期の2CHにおける彼女に対するバッシングには目もあてられなかったが、最近は1周めぐって応援したくなったという書き込みも増えてきている。よもや「剛力の歌をカラオケで歌って大爆笑とれました。彼女に感謝」などといった礼賛の声まであがってきている。峯岸が風刺したがゆえに余計に彼女への同情が深まってもいる。ここまでたたかれた挙げ句の果て、最近リリースした新曲を皆さんご存知だろうか。

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このタイトル。このグラフィック。
この振り切りっぷり足るや。
サンデーモーニングに僕が出演していたら「アッパレ」3枚くらい貼って絶賛したニュースだと思う。もう、彼女はどこまでいっても、彼女であってほしい。
日本になくてはならない女優になっていくかもしれない。

こんなどうでもいいことを、1日中横たわるベッドの中で考えていた。流行を追いかけ、胃腸炎とやらにかかってしまったらしい。犯人は刺身か。おなかはすくからご飯を食べる。ご飯を食べると、決まって具合が悪くなる。次第に下半身が厳戒態勢となり、予断を許さぬ状況に陥る。踏ん張るという行為は、出すためではなく止めるための行為と化した。

なんとかトイレにかけこむと、開門と同時に黒部ダムさながら、轟音とともに流れ出す。ヤツは固形であることを完全に忘れ、体中の水分という水分を全て奪って身体から立ち去っていく。ものの1分で奪われる水分。その瞬間の自分の表情を想像するに耐えない。

胃腸炎だと自己診断したのは昨日だった。そういえば数日前からダムの決壊は始まっていた。食べると必ず具合が悪くなっていた。病は気から。自己診断後、症状は悪化し、これは食べてはだめなんだと気づいたのも昨日。昨日から始まったラマダンで、真理を追究する儀式が昨晩から行われています。

何か薬はなかろうかと、部屋の薬箱を開くと、そういえば、あった。あった。真言宗総本山・和歌山県は高野山で、店員のお姉様(推定還暦)に「これ効くわよ~」とごり押しされて買った、胃腸薬。その名もダイシダラニジョウ。

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50錠300円。1回5錠を1日3回、要は3日分。3日分の胃腸薬が300円。保険で支払っても薬はこんなに安く買えない。「ラムネ」ですといってもいい。これほどまでに、グラフィックデザインのチカラを感じる商品はなかなか無いんじゃないだろうかと、広告マンとしてとても勉強になる。

そのデザインのチカラは、取り扱い説明書にまで細部へのこだわりが見える。

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どこかに、大吉と書かれているんじゃないだろうかと目を疑うデザイン。神か仏か、どっちでもいいがこの効能如何、ここまでくれば神仏念じて治しますと飲用開始。薬は真っ黒。正露丸のような強いにおいが印象的だ。このなかに、ピップエレキバンの磁石が混じっていても、誤飲を避ける自信はない。

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それから1晩明けましたが、正直効能はよくわかりません。ダムの決壊は今のところ行われていませんが、これはラマダンを続けているので、決壊するものが無いからです。おなかの張りがあり、勇気を振り絞ってダムを開くと、気体だけが出て行きました(1つ間違うと大変なことに)。気体だけが出て行くのは、いい兆候かもしれません。早く治して週明けに響かないようにしたいと思います。汚い話を失礼しました。
2014年の抱負を考えろと、小学校の先生がぼくにお題を与えていたら、昨日は、その宿題をやるには十分な材料を与えられた夜だった。が、ゆえに、記録は残しておこうとおもった。

新入社員時代に出会った仲間4人で飲んでいたところ、遅れてきた会社の同期が到着するなり、いろんな憤りを僕らにぶつけてきては「英知を集めよう、英知を集めよう、UNITEだ」と説き始めた。

僕らは、仕事をして日々を過ごしながらも、情報を集めたいと思っていて、それを気の置けない仲間たちと語って共有したいと思っているんだ、と。この集まりがまさにそれだ、と。
当たり前のことを、どこかの左翼団体の長のような迫力で熱く語りだす同期にたじろいだが、彼は、お構いなしに演説を続けた。

これからこそ、エコロジーだ。おまえは何のために仕事をやってるんだ?地球のためだろ。と。てめぇ自身のためでもない、クライアントのためでもない、地球村のためにやってるんだろ。と。いろいろと脈絡の無い話が飛び交うが、言ってることは、誰も否定しようの無い言葉ばかりだ。この手法はまるで宗教演説に近い。

同期は、はたと我に返って「てめぇの牙は、いまどこに向かっているんだね」と冷静に尋ねてきた。

きょとんとしてしまった。
僕の牙?牙なんて無いよ。与えられた仕事を、粛々とこなしているだけだよ。。とも答えられない雰囲気があるなか、かくかくしかじかで、と言い訳じみた回答をしたのが間違いだった。

彼の逆鱗に触れた。

酔っ払いとはいえ、同期に、しかもかなり信頼をおける同期に、酔っ払いなんだか、本気なんだか分からないテンションで、ぶちぎれられた。しかも、全く僕はそれに対して反論ができない。「おまえはいつからそんな奴になったんだ」と言われると、ぐうの音も出ない。

要は、世の中をおっかける自分はいても、世の中を作りだして行こうとか、かえていこうとか考えている自分は、今、自分の中にどこにもいないということに、改めてグサリと指摘を受けたわけである。言われてきづいた。ちょっとしかないのではない。全くないのだ。自分の中の、世の流れに抗おうとする気持ちが。

とぼとぼ帰った。
飲み足りなくても、
とぼとぼ帰るしかなかった。

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年末、50人が住まう「ソーシャルアパートメント」なるところに引っ越した。
ソーシャルアパートメントといえばいまいちイメージがわかないが、要は、こじゃれたドミトリーである。大学生から、経営者まで、ありとあらゆる人があつまっている。しかもそこにはアウトドアというテーマがあり、キャンプ、ボルダリング、マラソンに、バーベキューと、休日をとことん充実させるモチベーションが高すぎる人たちがぞろりぞろりと住まっている。

とぼとぼ帰った僕は、昨日が初めて平日にゆっくり家に帰った夜だった。早速、住人の先輩方に声をかけてもらう「おい、新人、こっちにこい」と。

ここの住人のコミュニケーション能力の高さ、懐への入り込みレベルは相当の高さだ。
まったく人間へのハードルがない。
ここは果たして東京なのか?どこかの田舎のおじちゃんおばちゃんたちのような、
濃いコミュニケーションが行われる。

ぐいぐいとお酒を次がれながら、住人の先輩が取り出した1冊の雑誌に目がとまり、
中を読んでみれば「ホール・アース・カタログ」なる特集がくまれていた。

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1960年代のアメリカのヒッピー文化を開花させた若者たちに向けて、これからどうやっていきていけばいいのか記した、雑誌でもない、書籍でもない、なんだろう、カタログ。プロダクトから、コミュニケーションまで、ありとあらゆる情報が詰まっていたという。

この30年以上前のカタログに、stay hungry, stay foolishの言葉があり、
ジョブスがこのカタログを愛読していたということだ。
さらに、このカタログの表紙は、iPhoneのおなじみ、宇宙に地球が浮かぶグラフィックの、
まさに、あれらしい。たしかに。

詳しくはここに書いてある。
http://www.fujisan.co.jp/yomimono/articles/4843

30年たっても、この価値は全く衰えておらず、未来に向けて人間がいかに生きていくべきかを示唆しているとのこと。このカタログには、「20年後、人々の暮らしはすべてコンピュータによって支配されているだろう」と予言していると。なんてすごい。

今もバックナンバーはすべて読めるようになっている。いま、こんな本が世の中に存在しているだろうか?2020年予想だとか、2050年予想だとか、あるけれど、ここまで刺激的なことを言えるメディアは少なくとも日本にはあるだろうか。ananも昔はそんな雑誌だったらしい。それがいまはどうだ。

新入社員の頃の仲間と、今年から深まるだろう新しい仲間から与えられた2つの刺激をもって、
ぼくのなかで、30歳の生き方を考えさせられた一晩となった。

熟睡だった。