その翌年。
この年が紛れもなく人生で1番辛かった。
続けていた競技をやめてしまった。
続けたくても続けることが難しくなってしまった。
生活がハードになり1日に1万キロカロリーを越す消費をしていたあの頃。体重は増えず、正しい方法の啓蒙もされず、ただひたすらやれという指令のみ。悪しき古き習慣が産み出した無理強い。
その頃から3ヶ月に1~2回、40度の熱を出し、成長しては落ち、成長しては落ちを繰り返していた。
当然信頼も失っていく。
無理しようものならカラダを失っていく。
ココロは荒んでいく。
そしてウェイトの基準値を超えず、練習も出来ない。
物理的に距離産まれる。
心理的に距離産まれる。
競技感は鈍る。
では基準値を超えないと全員練習が出来なかったのかと言われると違う。
下級生のみである。
スクワットもまともにできない上級生は練習に参加。
ウェイトルームで見たことのない上級生は練習に参加。
そんな中で気持ちのいいコミュニケーションは産まれない。
当然、隣のヤツがどんかヤツかわかるはずもない。
「自分だけがよければいい」
「個が強ければいい」
こんな考えだから勝てるはずもない。チームワークも良くない。本当に困った時に動けない。
カラダを壊して、ココロも壊した。
医者からストップかかる。
もがき苦しみ復帰を決意したが、糾弾。
非常に辛く苦しい年だった。
甘えたかった人に甘えることも出来ず。
何も頼るものがなかった。
もう何も見えなかった。
人って人に興味ねぇんだなって思いました。
辞めてしまった理由が複合的過ぎて、タイミングが悪すぎて…
1カラダがもたなかった
2チームのやり方に疑問を感じていた、あわなかった
3医者にとめられた
4同期に話すことが出来なかった
5【割愛】
6戻るタイミングを失った
振り返ると、
・人と人の繋がりを大切にしよう
・変化を信じよう
・組織にそまろう
・人に興味をもとう
・正しい方法をとろう
・考えないチカラをもとう
こんな学びがありましたな。
さらにこの翌年はより良い出会いがあって、救われるのですがね。
人間万事塞翁が馬
の言葉がすごく見にしみる経験となるのでした。
