“yoshimi friends”~ よしみ と ともちゃん ~あなたに“可愛い”をお届けします~ (^-^)/♪ -2ページ目

“yoshimi friends”~ よしみ と ともちゃん ~あなたに“可愛い”をお届けします~ (^-^)/♪

yoshimiから、あなたにたくさんの”可愛い”をお届けします。
“可愛い”作品と日々の日常を綴りながら、あなたを幸せな笑顔に~(^-^)/♪


   
                        





★地球の大きさを知っていた古代人ウインクキラキラ

 紀元前2世紀の終わりごろ、ギリシアの文法学者でプトレマイオス朝エジプト王の家庭教師であったアガタルキデスは、大ピラミッドの底辺の一辺の長さは、地球の外周の1分いっぷん(すなわち1度の60分の1)の8分の1であると古い伝承で聞かされた。このことから、ピラミッド建造した者たちは、地球の外周が、4万キロをわずか下回る数字であったのを知っていたことがわかる。この数字は、エラトステネス※1の積算よりもさらに正確だプンプンプンプンアップアップこの証拠は、古代エジプト人が、地球が球体であることだけでなく、その大きさをわずか数キロの誤差で知っていたことに疑いの余地がない。そしてこれらのことが2つの可能性のどちらかをしめしているということになります。1.エジプト人自身が地球を一周できる力のある船隊を持っていたか、あるいは、2.そういう船隊を実際に有していた誰かからの情報を持っていたかである。だが、もうひとつ可能性がある。あなたや私のような普通の人間でも、実に驚くべき脳の力を秘めているという、ベンジャミン・ブライズという6歳児の話だ。(漫画ではともちゃん)爆笑爆笑クラッカークラッカー
 
  1826年のこと、 父親と散歩中だった彼は「今何時?」とたずねた??「7時50分だよ」と父は答えたニコニコニコニコそれから5分ほど歩いたところでベンジャミンは言った。「だったら、僕の生きた時間は…」、彼はひとつの数字を示した。1億9000万秒に近い数字だった。父親はそれをとっさに書きとめ、家に帰ってから紙で計算してみた。彼は言った。「いや、 17万2800秒ほど間違えてるよ」。「ううん、間違ってないよ」とベンジャミンは答えた。「お父さん、閏年を2回飛ばしているよ」びっくりびっくりビックリマークビックリマーク

 また、別の例では、知的障害がありながら、24桁もの素数を指摘し合って遊んでいた双子がいたという。どうやら人間の脳は、極めて奇妙な配線と容量を持つことができるようだ。そしてこれがしばしば子供やサヴァン症候群者※1に見られるという事実は、現代人がいつの間にか台なしにしてしまった能力であることを示しているのかもしれないえーんえーん泣泣つまり、専制的な左脳の発達とともに、往古の知識は失われたのかもしれませんガーンガーンDASH!DASH!

 他にもyoshimiが思う、この超人的能力の例がある。

ニネヴェ定数...われわれの遠い祖先は、現代科学が探求する知識とは別種の知識を持っていた。このような知識を示唆するのは、たとえばあの「ニネヴェ定数」だ。19世紀中庸にアッシュールバニパルの書庫の銘板に見つかった15桁に及ぶ膨大なこの数は、春秋分点歳差の周期を秒で表したものであることが判明したびっくりびっくり流れ星流れ星さらに大きな数が、中央アメリカはキリグアの祭祀遺跡で発見されている。われわれの祖先がわれわれよりもはるかにものをよく知っていたことは間違いないようだプンプンプンプン宝石赤宝石赤

 アッシリア人が(あるいは彼らの先行者が)どうやって15桁ものニネヴェ定数を発見したのかという問いに対しては、「わざわざ発見などする必要はなかった」と答えられるかもしれない。双子が24桁の素数を「見る」のと同じくらい容易に、その答えを「見た」のではないか。このことはまた、ピラミッド建造者たちが、地球の(そしておそらくは月と太陽とそのほかの惑星の)正確な大きさを知っていたのかという謎の答えにもなるだろうニコニコニコニコ音譜音譜

 

かつて地球の地殻は滑動した…アメリカの歴史学者、地質学者チャールズ・ハプグッド(1904〜1982)によれば、地球の地殻は定期的に移動しており、それに伴って大陸もその位置を変えるという。地球の地殻が「滑動」したという証拠はあるのか?その答えは「イエス」プンプンプンプンカラオケカラオケ地球の地殻には大量の鉄鉱石が含まれている。そして地球は磁石だから、酸化鉄のすべての分子は小さな矢印のように同じ方向を向いている。それらはすべて北極を指すので、北極の位置が移動したかどうかを判断するのは簡単だ。もし地殻が移動したなら、酸化鉄の分子(矢印)は北以外の方向を指しているはずだ。そしてまさにその通りだった爆笑爆笑ラブラブラブラブ地球の地殻の「矢印」のかなり多くが、北極よりも南の方向を指していたのだ。これはつまり、極が北に移動したことを示している。だが、ハプグッドによれば、実際には極自体はずっと同じ位置にあった。その上にある地球の地殻のほうが南に滑動したのであるチューチュークローバークローバー

 
        
 かつて北極の位置にあったハドソン湾は地殻の滑動によってカナダや北アメリカと一緒に南に2000マイル(約3600キロ)ほど移動した。
 
③メキシコの北を向いていない祭祀遺跡…アメリカの天文学者、人類学者アンソニー・アヴェニ(1938〜)によれば、メキシコには正確に北を向いていない祭祀遺跡が50もあるというチューチュー飛び出すハート飛び出すハート有名なメキシコのテオティワカン遺跡には南北を縦断する「死者の道」と呼ばれる長い通りがある。だがどういうわけか、それは正確に南北方向に縦断しておらず、北東に15度30分ずれている。死者の道をまっすぐ延長するとその線は正確にハドソン湾に達する。これはつまり、テオティワカンが最初に築かれたとき、死者の道は真北を指していたことを示しているその後地殻が滑動し、今は真北から15度30分ずれることとなった。同じことが他の49の祭祀遺跡にも起こった。 
                      
 これが意味するのは、身の毛のよだつような事実だ。つまり、テオティワカンは紀元前1万年の地殻の滑動よりも以前に造られたということになるガーンガーンあせるあせるだが歴史家によれば、そんなに古い人類文明など存在しない。だが、そのことは実はこの件に関してはさほど重要ではない。というのも、重要な祭祀遺跡というものは、ほとんどの場合それ以前の祭祀遺跡と同じ場所に造り直されるものだからだ。現在の多くの大寺院でさえ、それよりも古い神殿の遺跡の上に建てられているのだ。もしこれらのすべてのことが正しいなら、それはつまり紀元前1万年より前に文明が存在したということを意味する目目チューリップピンクチューリップピンク
 
 さまざまな痕跡から、大規模滑動がおよそ1万2000年前に起こったことがわかる。最後の 氷河期の終わりごろだ。この滑動が完了するまでに数千年を要するゆっくりと変化したのか、激しい変動だったのかは諸説あるようです。
前は北極地方にあった陸塊が熱帯地方に近づき、かつて熱帯地方にあった場所が北上して温帯地方に、場合によっては北極地方にまで移動したといえるかもしれない。ハプグッドは、なぜ地殻の滑動が起きたのかはわからなかった(もしかしたら巨大隕石の衝突かもしれない)。彼にわかっていたのは、ただそれが起こったということだけだった。ウインクウインクチョキチョキ

④南極を描いたピリ・レイスの海図…ピリ・レイスの海図は、1929年にイスタンブールのトプカプ宮殿で発見された。その複製はずいぶん前からワシントンDCの議会図書館にもあった。ピリ・レイスはトルコの提督で、元海賊。1513年にヨーロッパと新世界を含む大西洋の海図の制作に着手した。だが当時、アメリカはまだ発見されたばかりでその地図も少なく、海図の制作は困難を極めた。ピリ・レイスは多くの古地図を用いたが、その中にはコロンブス以前のものも含まれていると述べているニコニコニコニコヒマワリヒマワリ
 
 ピリ・レイスの1513年の海図には、単に南アメリカの完全な海岸線が“驚くほど詳細に”描かれているのみならず、その南の端には南極の一部まで描かれていた。そして驚くべきことに、そこには南極の海岸線にあるいくつかの湾も示されていたが、いうまでもなく1513年の時点では南極の海岸線は氷の下に埋もれていた。もう何千年も前からだガーンガーン温泉温泉

     ピリ・レイスの海図       
 
 ピリ・レイスの海図の中心点はエジプトのアレクサンドリアらしいと考えられた。だが、さらに計算すると、それはもっと南のシエネであることが判明したのだ爆笑爆笑ベルベルアレクンドリアの地図制作者たちが新しい地図を作成したとき、実際に船をだしてさまざまな場所を測量に出かけたわけではなく、それよりもさらに古い地図を参考にしただろう。地図作成というのは、かなり高度な技能であり、三角関数と幾何学の知識をある程度必要とする。ピリ・レイスの地図には、大西洋の上を交差するクモの巣状の線(航程線)が描かれている。航程線は同時代の地図にしばしば見られるもので、多くの学者は、これは緯度と経度を表したものではなく、羅針盤と風向きで航路を決定するための指針だと考えている。だが、ハプグッドは数学者たちと共同研究を行い、複雑な数学的議論を積み重ねた結果、航程線は、実はカイロを中心とした投影図に基づく緯度と経度を表していることを示したプンプンプンプンぶどうぶどうこれは常識を覆す結論だった。なぜなら、経度が正確に計測できるようになるのは、球面三角法が発達する17世紀末から18世紀以降、つまり、ピリ・レイスの地図から150年以上も後のことなのだびっくりびっくりドキドキドキドキ
 
 地図の一部は驚くほど正確で、イベリア半島(スペインとポルトガル)、西アフリカ海岸は正確で、ブラジル海岸も正確だ。アフリカと南アメリカの位置関係は、同時期のヨーロッパの地図と比べてもはるかに現実に近い照れ照れビールビール

 がしかし、ピリ•レイスの地図には不正確な描写があることがわかっている。南米大陸と南極大陸がつながっているし、南アメリカの沿岸部が約1400キロ欠落している。これにはさまざまな検証がされていますが、地図の上の部分は北極を中心とした正距方位図法、下の部分は南極を中心とし、イスタンブール、またはカイロ付近を中心子午線とする正距方位図法で描いた物によく似ていて、この2つの図をつなぎ合わせたように見える。という、ウェブの、なんでも保管庫2さんの検証がしっくりくるなーとyoshimiは思っています照れ照れロゼワインロゼワイン
 
 長文引用で申し訳ございませんでした。最後までお付き合いくださって本当にありがとうございました<(_ _)>
 
※1.サヴァン症候群 ...精神障害や知能障害を持ちながら、ごく特定の分野に突出した能力を発揮する人や症状を言う。
(e-ヘルスネット 厚生労働省)

※2.ヘレニズム時代のエジプトで活躍したギリシャ人の学者(紀元前278年 -紀元前194年)、地球の大きさを初めて測定した人物として、また素数の判定法であるエラトステネスの篩(ふるい)を発明したことで知られる。



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参考−参照
本) •㈱学習研究社 アトランティスの暗号  
  コリン•ウィルソン:著者 
  松田和也:訳者
   •㈱角川春樹事務所 アトランティスの遺産            
  コリン•ウィルソン:著者 
  川瀬 勝:訳者
   •㈱飛鳥新社 神々の声  
  ロバート・M・ショック&ロバート•A•マク   
    ナリー:著者  
  大地 舜:訳者 
  •㈱小学館 New History of World Art 2
  世界美術大全集第2巻エジプト美術
  友部 直:編集 
  デンデラのハトホル神殿第1列柱室 
   •㈱講談社 世界の文化史跡 第1巻 
  ナイルの王墓  杉 勇:編著
   阿部道明、仁田三夫:撮影 
  コーム・オンボ(エジプトナイル川中流東岸     
  にある町)の農村風景 さとうきびの収穫 
web)•なんでも保管庫2  謎のオーパーツ!      
  ピリ・レイスの地図 





龍新年あけましておめでとうございます爆笑絵馬このたび 被災された皆様ならびにそのご家族の皆様に心よりお見舞い申し上げます。 1日でも早い復興を願い、皆様と一体の気持ちで心より応援しております。旧年中に賜りましたご厚情に感謝申し上げます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます<(_ _)>

P.S. ここからはyoshimi が感銘をうけた著者チャールズ・フリーマンさんの本、「ヴィジュアル版 古代エジプトの世界」の最後の結びの文章と監訳者:内田杉彦さんの素晴らしい和訳をご紹介させてくださいませ~ニコニココーヒー

  


 現代のような不安な時代においては、人間の存在に関する秘密があると信じることが強く必要とされる。エジプトは最近の千年間にも、依然として神秘のヴェールに包まれてはいたが、スフィンクスやピラミッドをはじめとするエジプトの数々の遺産は、それらの持つ意義について考える機会を豊富に与えてくれた。エジプト文明よりも後の優れた科学技術を持つ現代文明が、これらの古代建造物の意味を把握しようと奮闘したという事実だけをとってみても、それは古代エジプト人が観察者たちの知らない何かを知っていたことを暗示するものだったのである。今ではそのような建造物の素性のほとんどが知られているとはいえ、古代エジプトは究極の英知を得ようと願う人々をなおも引きつけている。

 エジプト人が例外的な人々だったことは確かである。しかし、驚異的な建築家、職人、芸術家、そして組織者であったとはいえ、彼らの文化は本質的には保守的なものであった。エジプト人は極めてわずかなものを発明したにすぎず、紀元前1550年頃に車輪が外国から導入されるまで、そのような仕組みに気づくことさえなかった。彼らは確かに天空を観察していて、星団の動きをある程度理解しており、自分たちの建造物の向きを、星の観察を利用して注目に値するほどの正確さでそろえた。彼らは星をもとにした独自の暦を作ったが、その暦が「真の」年からずれると、それを修正することができなかった。一方、バビロニアやギリシアの天文学者たちは、エジプト人とは対照的に、星についてのはるかに洗練された思索にふけっていた。また、さまざまな症状について注意深い観察を何世紀も行っていたにも関わらず、エジプト人が医学の飛躍的な発展をもたらしたことを示す証拠は何もない。身体の働きに関するエジプト人の考え方と、神々が健康に及ぼす力に対する彼らの信仰とは、治療の成功や自主的な思考の妨げになった。この点でも、ギリシア人は考察の幅の広さと質の高さによって、エジプト人よりもはるかに勝っていたことが明らかになっている。


 それではエジプト人の英知を発見できるようなところがどこかにあるのだろうか?それは古王国では見つけにくい。その頃の証拠はすべて、国王にふさわしい墳墓の造営~数十万人の農民による重労働を必要とする誇大妄想的な事業~が最も重要なプロジェクトであったような独裁的な社会をうかがわせるものばかりである。新王国でも見つけるのは難しいだろう。その頃のエジプト王国は周辺地域への帝国主義的な勢力圏拡大によってのみ支えられていたのである。支配する側とされる側の間のバランスが最も良くとれていたのは、おそらく中王国時代であろう。この時代に見られるマアトの概念、社会の調和、貧しい人間であっても正当に取り扱うのを重視する考え方、そして自然の恵みに対して示される崇敬の念は、すべてが20世紀後半の社会にとって意義のあることといえる。


 しかし、古代エジプトをこれとはまったく違う意味での英知の源泉とする信仰は消え去りそうにない。そのような信仰は、神秘を求める願望と究極の知識に対する希望との両方 に訴えかけ、あまりに多くの重要を満たすものとなっているのである。神秘のエジプトの神話はさらなる問いかけを、さまざまな解答が得られた後になっても生み出し続けている。歴史学と考古学の示すありのままの事実~それは驚異的なものではあるのだが~神々の秘密そのものを明らかにするというような、人々の興味をかき立ててやまない約束とどうやって太刀打ちできるというのだろうか?事実だけでは十分ではない。我々は進んだ科学や技術を手にしているにもかかわらず迷信深く、空想力豊かなままである。我々にとっては何かがもっと必要なのであり、それゆえにさまざまな神話や疑問が尽きないのである。

 たいていの人たちにとっては、知識よりも神秘を把握する方がずっとたやすい。エジプトの過去を完全に理解するのは研究者たちの領分となっているが、これはひとつには、ヒエログリフの習得があまりに困難であるためであり、またひとつには、現存している証拠資料を自分のものとするには人の一生と同じくらいの年月を要するためでもある。熱狂的なアマチュアはどうしても疎外されていると感じ、それゆえエジプトの秘密の英知に関する伝説が忘れられることはない。 エジプトで最も有名であり、また最も誤解された統治者であるクレオパトラのように、エジプトも「夢見る者たちが夢の終わりにいつも見いだす存在」であり続けているのである。


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参照

◎本       

・㈱原書房   ヴィジュアル版 古代エジプトの世界 著者:チャールズ・フリーマン 監訳者:内田杉彦  メンフィス付近の農村風景        


◎洋雑誌

・ PUBLISHING 社 Reader’s Digest DISCOVER ADIREUSTRALIA  

オーストラリア ケープヨーク半島の

広大な雨林未開発地



                                                       ※映画:沈黙の艦隊より      

ピラミッドの測量って、本当に不思議びっくりはてなマークはてなマーク 
ウェブのなんでも保管庫2さんによると、

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ギザ大地にそそり立つ大ピラミッド。その4つの面は正確に東西南北を向いており、正四角錐の形をしていて、底盤は正確な正方形になっています。このように規則的な形状をしているため、造るのは簡単そうに思えますが、それはサイズが小さくサイコロのような同じ大きさの石材なら積むのは楽ですが、形も大きさもバラバラな平均2.5トンの石を約230万個も積み上げ、大ピラミッドの各段の高さはかなりばらつきがあります。どのように測量して施工したのか?図をご覧ください。




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線分POは鉛直(垂直)で、底面と直角に交わると考えてください。ピラミッドの斜面の長さは場所により異なります。また、底面の正方形も誤差があります。これを加味して斜面長を算出します。斜面長は、最大で219.1208m、最小で186.3648mです。これ以外の場所の斜面長は、この値の間になります。これを上回ることも下回ることもありません。ここで考えるのは施工段階で測量する場合の固定点についてです。中心点Oを基準に全ての寸法が測定されます。従って、中心点Oは施工中であってもその位置は確保されていたと考えます。つまり、O点に芯柱を立て、盛り立てが進んでも芯柱を上に伸ばし、O点の位置をキープしていた。これをマントルビーム(yoshimi考案)で表現してみました爆笑音譜音譜



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大ピラミッド底面基礎ベース部分にもO点を中心とし、ひもを使ったり、3:4:5 の三角形原理を使ったり、星を観測して(見通し器アリダートで)正確な東西南北を向いたピラミッドベースができます。


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大ピラミッドは石を水平に積んでいったと考えられます。その理由は、外側の傾斜角をそろえるのがとても難しいから。サイコロのような同じ大きさの石材なら積むのは楽ですが、上で書いたように大ピラミッドの各段の高さはかなりばらつきがあります。実はこれがくせ者。ピラミッドの傾斜角を正確に保ちながら石材を積んでいくために、石材の高さに応じて下の線よりも内側に引っ込める長さを変える必要があります。これでピラミッドの「面」をそろえたことになります。ピラミッドの「面」をそろえるために、見通しを利用したと考えられます。このため、ピラミッドの各面の延長線上に見通しを利用したと考えられます。このため、ピラミッドの各面の延長線上に見通しができる櫓(やぐら)を組んだと思います。底盤の測量と同じ要領で、O点と各段の四隅の位置、東西南北の縁(ふち)の位置を正確に決める。これにより、これらの位置はとても正確に保たれた?!

   











実際には、全く見込み違いの、想像を絶するハイテク施工方法だったかもしれません。びっくりあせるひょっとしたらyoshimiが考えた水陸両用モグラ潜土艦だったのかもしれません…つづく爆笑音譜


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★参考・参照

◎本       

・㈱講談社    沈黙の艦隊    著者:かわぐちかいじ

㈱アケト  吉村作治写真集  悠久のエジプト5千年の時を越えて   撮影・文:吉村作治   装丁・本文デザイン  杉山伸一   生越淳一    発行者:岩出まゆみ

・㈱学習研究社    ムー謎シリーズ神々の遺産・オーパーツの謎  超古代文明は警告する     編集長:土屋俊介

統括編集長:大森 崇   神々は空を飛んだか?コロンビアの黄金シャトル

・教育社  出版サービス㈱   Newtonニュートンムック  

古代遺跡シリーズ 古代エジプト   監修:ジョヴァンニ・カセッリ   著者:ルチーア・マンフレーディ   グローリア・ロサーティ   翻訳:土屋満寿美   編集人:竹内 均

・㈱朝倉書店     図説  世界文化地理大百科  アフリカ

監修者:日野舜也    著者:ジョリスン・マーレイ(他)


◎Web

・Wikipedia

・なんでも保管庫2  大ピラミッド建造方法の謎を解明する

・なんでも保管庫2  クフ王のピラミッド各層の石材の大きさに驚くべき秘密が?!