村上春樹はある時期から登場人物に奇妙な名前をつけはじめた。それに何の意味があるのかって例えば「青豆」という名前に何の意味があるかなんてわからない。

 ただこの『女のいない男たち』という本に収められた「木野」の登場人物の名前には何やら謎めいた物語に隠された意味が込められていることを匂わせている。

 

 実はこの文章を書く前にかなり長めの文章を書いていた。

 この短編は遠からぬ昔日本で起こった原発事故のメタファーであることは明らかだ。つまり物語の鍵を握る謎の男「神田(カミタ)」は「ミカタ(味方)」のアナグラムであり、それは「トモダチ」を意味している。要は主人公の店を守っていた「神田」は在日米軍のメタファーなのだ……とか。主人公の「木野」は「キノの旅」から取ってるんじゃないか……とか。しかしそこまで書いて「いやキノと原発関係ねーし」と気付いて筆(キーボード)が止まっていた。そしてつらつらと「木野」を読み返しているうち頭に神が降りてきた。

 

 「木野」はイザナギノミコトじゃないか!ひらめき電球(ピコーン)

 

 ではここから先は私の召使いに推理させましょう。

 

 

 この物語は古事記が下敷きになっている。イザナギノミコトは黄泉の国で死せる妻が鬼とまぐわっているの見てしまう。「木野」の中で主人公の木野は自宅で妻の浮気現場を見てしまう(たぶん大元の元ネタは矢口真里の不倫報道)。

 また、体中にタバコを押し付けられた痕がある女は性器を焼かれている。これはイザナミノミコトの死因でもある。

 そしてカミタとは本人の説明そのまま素直に「神様の田んぼ」……皇居内の田圃なのかもしれない。

 

 

 東北震災時に平成天皇が果たした役割については言うまでもないだろう。自分は極左ラカン派マルクス主義者なので平素は「天皇(゚⊿゚)イラネ」と思っているけどそれについては否定しない。

 

 また、木野が経営する店の前庭には柳がありそれが木野の想念に対して重要な役割を果たすことになる。その店は根津美術館の近くにあるという設定なのだが、根津美術館というのは柳というより竹林や桜で有名なようだ。

 

 

 而、皇居の濠には柳がある。

 

 

 木野を危険な場所から旅立たせるメンターであるカミタは柳の精のような存在である(と、木野は妄想する)。

 

 以下この物語のもうひとつ重要なメタファーである原発事故について述べよう。木野は店に来ていた女と寝てしまうのだが、先に書いたように彼女の身体にはタバコを押し付けられた火傷の痕が幾つもある。

 

 女は木野の手を取り、その火傷の痕へと導いた。すべての火傷をひとつひとつ順番に触らせた。乳房のすぐ脇にも、性器のすぐ脇にもその痕はあった。彼の指先は彼女に導かれるまま、その暗くこわばった傷痕を辿った。番号を追って鉛筆で線を引き、図形を浮かび上がらせるみたいに。その形は何かに似ているようでありながら、結局のところ何にも結びつかなかった。(p.249)

 

 ここで火傷の痕の数は書かれていないが、それは五十四個なのではないか。つまり女の身体に刻まれた火傷の痕は日本列島に建てられた原子力発電所の事なのではないか。

 そのうちの一つの「みせにくい」「思わず目を背け」るような場所とは"陰核"なのではないか。要するにそれは爆発した福島原発だ。

 

 妻との離婚が成立した後から木野の店の周囲には蛇が出没するようになる。木野が見たのは三匹である。何故三匹なのだろう。

 今まで世界で起こった大規模な原発事故は三回。スリーマイル、チェルノブイリ、福島だ。

 木野は三匹目の蛇が「最も危険な印象」であると感じる。そして彼は蛇から逃げるように(カミタの勧めなのだが)旅に出る。

 

 まるで放射能から逃げるように。

 

 しかし邪悪なるものは彼を見つけ、彼がいる部屋をノックし続けて物語は終わる。

 これで物語の謎を解く鍵オールコンプリートや。

 

 

 この短編は外形的に見ればマジックリアリティーというかホラーじみている。

 しかし現実的に考えたら木野の店に猫が来なくなったり客足が遠のいたりしたのはカミタが追い払った客、または火傷の痕のある女の連れの男による嫌がらせなのではないかとも思える。

 そして或いは全ては謎の男カミタが店の乗っ取りを目論んで仕組んだことなのかもしれない。

 内田樹師範曰く村上春樹の主要テーマは地下に胎動する「邪悪なもの」を描くことだ。この物語で最も邪悪なるものは「神」を騙るカミタなのかもしれない。