RCサクセションは、一般には、忌野清志郎・仲井戸麗市・林小和夫・新井田耕造・柴田義也のロック・バンド編成の時期で知られていますが、僕は、結成から1977年までの、忌野清志郎・破廉ケンチ・林小和夫の3人編成の時期が好きです。
3人編成時のRCの曲は、分かってもらいたいけど分かってもらえないことによるじれったさ、憤り、あきらめなど、心の中に起きる様々な感情が表わされています。自分を守る抵抗かもしれないし、自分を押し付けるわがままかもしれない、そういう「純粋」と「鬱屈」が混在した気持ちを整理できないままに、歌われる曲たちは、心に響きます。段々と社会性を帯びることにより、どうしても処世術を身につけていかざるを得ませんが、時々、3人編成時のRCを聴きたくなるのは、あの頃の感覚に触れてみたいと思うからかもしれません。「楽しい夕に」と「シングル・マン」を愛聴しています。
「楽しい夕に」は、歪むアコースティックサウンドが曲に合っています。また、「手紙」や「自転車」などの身近な言葉から広がる世界に共感できます。
出かける途中のバスの中で あの娘は手紙を書いている 『もっとおちついて』
楽しい夕に
1972年12月5日
1 ラー・ラー・ラ・ラ・ラ
2 エミちゃんおめでとう
3 忙しすぎたから
4 あの娘の悪い噂
5 九月になったのに
6 ねむい
7 もっとおちついて
8 君もおいで
9 去年の今頃
10 日隅くんの自転車のうしろに乗りなよ
11 ぼくの自転車のうしろに乗りなよ
1972年当時のRCの映像がDVDにまとめられています。TVKで放映されていた「ヤングインパルス」という番組に出演していたときのものです。
ライブ天国 RCサクセション70's
2003年12月10日
1 もっとおちついて
2 三番目に大事なもの
3 ガラクタ
4 冷たくした訳は
5 ぼくの好きな先生
6 ぼくの自転車のうしろに乗りなよ
7 2時間35分
8 春が来たから
9 愛してくれるなら
10 お墓
11 キミかわいいね
RCは、ホリプロのカレイド・スコープというセクションに所属しており、他には、モップス(鈴木ヒロミツ・星勝他)や井上陽水などがいました。1974年に、RCをホリプロに呼んだ人が、「氷の世界」などで大ヒットを飛ばしていた陽水と独立します。RCは、関係者としてホリプロから残りの契約期間中、干されることになります。その空いた時間を使い、1974年11月から翌年3月にかけて、ポリドールでレコーディングに取り組みます。アレンジャーに星勝を招き、また、エレクトリック化を図ることにより、透明感のあるサウンドになっています。清志郎のボーカルは、より心情が込められ、ストリングスが用いられることにより、真に迫ってきます。しかし、それまで所属していた東芝との契約があったため、シングル「スローバラード」を1976年1月に、アルバム「シングル・マン」を同年4月に出すまで待つことになりました。
お別れは突然やってきて すぐに済んでしまった 『ヒッピーに捧ぐ』
たばこをくわえながら 車を走らせる 甲州街道はもう秋なのさ 『甲州街道はもう秋なのさ』
シングル・マン
1976年4月21日
1 ファンからの贈りもの
2 大きな春子ちゃん
3 やさしさ
4 ぼくはぼくの為に
5 レコーデング・マン(のんびりしたり結論急いだり)
6 夜の散歩をしないかね
7 ヒッピーに捧ぐ
8 うわの空
9 冷たくした訳は
10 甲州街道はもう秋なのさ
11 スローバラード
破廉ケンチは、エレクトリック化になじめず、ギターが弾けなくなります。3人編成時の最後の作品となるシングル「わかってもらえるさ」(1976年10月11日)にも参加せず、結局、翌年に脱退してしまいます。したがって、彼の最後の雑誌記事は、ヤング・ギター1976年2月号に掲載されたインタビューだと思っていましたが、明星1976年11月号に、三浦友和の親友「ケンちゃん」として登場していることが分かりました。その記事を引用します。なお、ケンチは脱退後は、加藤和彦やフリッパーズ・ギターのマネージャーや、レコード・ディレクターなどをします。
ワル物語 初公開!三浦友和の高校時代
ひさしぶりの休みに実家に帰る途中、なつかしい母校・日野高校の制服を着た学生に出会った。とたん、学校を見たくなって、足をのばしてみる。卒業して6年半。もう学校のまわりは、すっかり変わってしまい、あの頃の面影はない。学校にも、ボクの知っている先生は少ない。でも、校内を歩いているうち、いろいろな想い出が次々にわきおこり、うれしくて・・・。「よし!あいつを呼び出そう」と親友のナガタを引っ張り出して、昔話をはじめる。こんなとき、かならず話題になるのが、学校は違うが同じ年のケンちゃんのこと。とうとう彼も呼び出して話はとめどもなく続く・・・。
■食費1日30円の生活
友和 3人とも高校時代とあんまり変わらないな
ナガタ そうでもないよ。あのころのネンゾウ(友和の本名・稔からとったニックネーム)はすごく太ってて日野高3大肥満児のひとりだったじゃないか。(笑)
友和 でも、せいぜい73キロぐらいだぜ。(現在67キロ)
ナガタ とにかく、クラスのやつがおまえを自転車の荷台にのせて、多摩川の土手走ったら、たちまちパンクしちゃったっていうのは有名な話だもんな。(笑)
ケン オレは高校がちがうんだけどさ、音楽やってる仲間にはじめてネンゾウを紹介されたとき、なんかポチャポチャッとしてて、良家の子息って感じに見えたよ。(笑)話してみるとまるでちがうけどな。(笑)
ナガタ だいたい話しかけてもすごく不愛想なんだ。とくに女の子の前だとムスッとしちゃってさ、無視するような態度とるから、評判わるかったこと。(笑)
ケン この頃はさすがにそれほどでもないな。
友和 でも、初対面の人なんかには愛想がわるいってよく言われるよ。この商売やってる以上、あんまり不愛想にもできないから、気をつけてはいるけどね。
ナガタ それにしても、日野高っていうのはすごいところにあったな。たんぼのまん中にたってて、授業中にモゥーって牛の鳴き声が聞こえたり・・・。(笑)
ケン どうせ居眠りしてたんだから関係ないだろ。(笑)
友和 勉強はあまりしなかったね。オレなんか、進学コースからはずれた劣等生グループだったからな。
ナガタ その頃、うちの学校は新設校なんで、実績つくるために受験体制がすごかったんだ。そこからはみ出したオレたちは、ヤッカイ者だったわけさ。(笑)
ケン オレなんかもっとひどいよ。タバコ吸ったりして何度も停学くってるからね。ネンゾウやナガタは、そのほうじゃわりとマジメだったみたいだな。
友和 ケンちゃんたちのロック・コンサートに頼まれて出たことがあったけな。
ケン そうそう。おまえドラムなんかいじってたから、リズム感はあると思ってコンガで特別出演させたんだ。
友和 見こんだだけのことはあったろう?
ケン とんでもない。練習のときからリズムがはずれっぱなし。(笑)しかたないから衣装でカバーしようとTシャツの上にしゃれたチョッキなんか着せて、なんとかステージに出してやったんだよ。(笑)
ナガタ ネンゾウは、たしか高校出てから、日本電子工学院とかいう学校にはいったんだよな。
友和 うん。でもつまんないからすぐやめちゃった。
ナガタ 電子工学ってガラじゃないもんな。(笑)
友和 それで親の家を出て、国立(東京都下)のアパートで、ケンちゃんと共同生活はじめたんだ。
ケン 6畳1間で家賃が2万4千円だっけ。
友和 ケンちゃんがアルバイトでかせいでくるのが月にたった8千円。あとはオレが工面してたんだから、まあ養ってやってたようなもんだな。(笑)
ケン ひどい生活だったな。食費が1日ひとり30円だからタマゴ1個しか買えない。米はおたがいに親のところから持ち出してきて、あとは裏の畑から玉ネギを失敬してくるんだ。(笑)それで玉子ドンブリをつくって、そればっかり食ってた。(笑)
ナガタ だから、オレが見かねて、よく食い物をさし入れに行ってやっただろ?
友和 調子いいこと言うなよ。しょっちゅうやってきて、なけなしの食料かっさらって行ったくせに。(笑)
ケン ネンゾウは、これでわりと料理が上手でね。玉子ドンもうまかったし、たまにライスカレーなんか作っても、なかなかいける味だったよ。
友和 料理はオレがやるんで、あと片づけはケンちゃんの役目なんだ。それなのに、こいつグータラでさ、流しはいつも汚れた食器が山になってる。(笑)
ナガタ そういえば、あの部屋くさかったなあ。
友和 ゴミがくさってすごいにおいなんだ。たまにケンちゃんのガールフレンドが遊びにきたとき、洗ってくれたりしてたんだけど、しまいにはすっかりあいそつかれちゃった。(笑)
ケン いちど、電気ガマにメシが残ってるのを忘れて放っといたんだよね。しばらくたってフタをとってみたら、手品みたいにパッとカビの花が咲いた。(笑)
友和 でも、洗濯だけはわりとこまめにやったな。大家さんが、あんなに洗濯してるとこ見ると、絶対に女がいるにちがいないと思ったって。(笑)
ケン 国立って町はよほど金持ちが多いのか、まだ使える電気器具なんかがよく捨ててあるんだ。それで脱水機つきの洗濯機を拾ってきて使ってたんだよ。(笑)
■仕事は肉体労働ばかり
友和 バイトはいつもナガタといっしょだったな。
ナガタ うん。井戸掘りの土運びとか、土方とか・・・。
友和 デパートで荷物運びをやったりね。
ナガタ なぜか頭を使う仕事はなくて、いつも肉体労働ばっかりなんだ。(笑)
友和 でも、けっこう楽しかったし、オレ、わりとまじめにやったと思うよ。だからやめるときには、いっしょに働いてた人たちから惜しまれたもんさ。
ケン いつまでも言われるんじゃないか。役者にしとくのはもったいないって。(笑)
友和 それはそうと、ナガタの家はもう完成したの?
ナガタ ほとんどね。もうひと息ってところだ。
ケン 感心するよなあ。鉄筋コンクリート2階だての家を、自分でつくっちゃったんだから。
ナガタ そのかわり、すでに4年もかかってるよ。
友和 オレも手伝って、柱1本ぐらいはセメントぬったからな。完成したらじゃんじゃん泊まりに行くぜ。
ナガタ 柱1本ででかいツラされてたまるかよ。(笑)
ケン ネンゾウは、オレんちの引越しのときも手伝ってくれたっけな。
友和 肉体労働はまかせてくれ。(笑)
ナガタ 頭脳のほうは頼りにならないもんね。(笑)
ケン だいたいな、ネンゾウが役者としてはじめてテレビに出たとき、オレは大恥かいたんだ。『シークレット部隊』だったかな。初出演だっていうんで、うちの家族に大宣伝してさ、みんなでテレビにかじりついてたんだ。そしたら、前半にしゃべったセリフが、「あ、キャプテン」っていうのと、「キャプテンのヘリ」のふたつだけ。(笑)後半には大活躍すると思ってたら、「はい、キャプテン」のひとことでおしまい(笑)オヤジにはからかわれるし、まいったよ。
友和 そんな昔のことは責任におえないね。(笑)
ケン その反動で、おまえの映画は見ないんだ。(笑)
ナガタ オレは『伊豆の踊り子』と『陽のあたる坂道』を見たな。見はじめたら、友だちが出てるってことを忘れてけっこう面白かったよ。
友和 友だちってのはこうありたいね。(笑)
ケン ところで、秋からの仕事はどうなってるんだ?
友和 いま東宝でシルバー・ウィーク封切の『星と嵐』って映画を撮ってるんだ。ハナ肇さんと共演で父と子の憎しみと愛情を描いた作品でね。
ナガタ 百恵ちゃんとの共演はないのかい?
友和 『赤い運命』の後番組でまたいっしょだよ。オレは刑事の役なんだ。それから池内淳子さんと共演の『ひまわりの道』(NTV系)っていうのもある。これには岡田奈々ちゃんも出るんだよ。
ケン あいかわらず忙しいな。まあ、肉体労働だけじゃなく、役者のほうでもがんばってくれよ。(笑)