"Outta Here" KRS ONE
前からラップが生き残るって知ってた
昔よく WHBIのAwessome2を聞いた
どんなラップ・グループでも聞いた
サンプリング・ループする前、ラッパーは
リーのベルボトム・スーツなんか着てた
俺とケニーには買えなかったけど
しょうがないから
公園から聞こえる曲にラップが乗ってたら
見に行った
お巡りがやめさせるまで聞いてた
「何で止めるんだよ?」って思いながら
それでもマイクへの憧れは止まらなかった
家出するまでそうだった
ニューヨークのストリートの上
これで俺は自由だ
だけど自由には
大きな責任も付いてきた
力に引っ張られそこら中を歩いた
Super Rhymesが落ちぶれる前に
どれだけラージだったか覚えてるぜ
昔盛り上げてた連中がどうしてるのか
考えた事がある
彼らはラージだった
だけど誰一人として生き残れなかった
今の現状から
アウタヒアさせられる事を考えた事があるか?
レコードディールやビデオもアウタヒア
メルセデス・ベンツや
レンジローバーもアウタヒア
BDPは勿論オールドスクールだが
どこにも行きやしないぜ
道端で一人で生活した後
何年かが過ぎて グループホームに入った
よく
「アイ・ドリーム・オブ・ジニー」
って番組を見て
「一体いつになったら
Whodiniみたいにラージになれるんだろう」
って夢見た
だけど俺は
地下鉄にグラフィティを書きまくってた
そして毎日お巡りに追い回されてた
もっと良い道があるって思ったから
部屋でガンガンにRun DMCを聞いた
1984年頃グループホームを離れた
また一人きりになった
マイクを握る夢はまだ持ってた
「チャンスをくれよ
盛り上げれるの分かってるんだ」
だけど
金を作る事を考えなきゃいけなかった
ホームレス・シェルターに辿り着いて
俺のヘルパー
DJ Scott La Rockに会った
二人共ヒップホップを愛してた
シェルターの中の
Suckes mcをやっつけた
ラッパーもいたけど
Disしなきゃならなかった
そんな中でも俺はビジョンを失わなかった
そしてラップグループが
落ちぶれてくのを見続けた
今の現状から
アウタ・ヒアさせられる事を考えた事があるか?
可愛い女の子や
洒落た服もアウタ・ヒア
5000ドルのソファもアウタ・ヒア
BDPは勿論オールドスクールだが
どこにも行きやしないぜ
ライバルのクルーとバトルしてた頃
そう、ストリートの話題は
いつもBDPだった
こういう奴もいた
「バトルしかする気ねえんだよ
曲は書けないんだ
奴らは長続きしないよ」ってね
その頃よくCed Gとつるんでた
DJ Scott La Rockは
Eric Bとよくゴールドを買いに行ってた
RakimはScottが連れてくるまで
知らなかった
ルーフ・トップで
やった事を思い出すよ
批評家の意見にはウンザリした
Scottは
「只ラップし続けろ
俺は回し続けるよ」って言ってた
ふざけた契約にサインしてしまったんだ
そしてヒップホップアルバム
「Criminal Minded」を出したんだ
批評家共に
「お前の意見はクソだ」
って言った
同じ頃
Eric B&Rakimが
「Paid In Full」を出した
ヒップホップのパイオニア
になろうなんて思ってなかった
でもすぐに
ヒップホップは大きく変化した
皆、昔の音は聞きたがらなくなった
俺等はJAMES BROWN
のビートをサンプルし始めた
「My Philosophy」を作ってる最中に
Scottが殺されてかなり落ち込んだ
生死について分かってくるうちに
俺と奴は
一心同体だって思う様になった
俺には
もう何も残されてなくて
不安だった
だから
「By All Means Necessary」を出した
俺のもう一つの友達グループは
革命的グループ
Public Enemyだった
It Takes A Nation
Of Millions To Hold Us Back
その二枚のアルバムが
ラップに意識をもたらした
そんな中でもまだ見回してる
そして目に入るのは
ラップグループが落ちぶれる所ばっかりだ
今の現状から
アウタヒアさせられる事を考えた事があるか?
コンドミニアムや
ビーチハウスもアウタ・ヒア
クレジット・カードも
銀行の口座もアウタ・ヒア
BDPは勿論オールドスクールだが
どこにも行きやしないぜ
