【オシント】
書籍、インターネット、マスコミ報道、議事録等、公開された情報源から情報を得るスパイ活動をオシント(open source intelligenceの略)と呼ぶ。
まったくもって常識的で何の変哲もない活動に思えるためオシントを過小評価する見方もあるようだが、実は重要情報の大部分はこうした公開情報から得られるとされ、世界各国の情報機関では、大半の人員と労力をこのオシントに費やしているといわれる。
「情報の95%は公刊資料から入手する」とはCIA長官のセリフである。専門的な軍事情報でさえも、80%はオシントによって入手可能であるといわれている。現に旧ソ連は核兵器開発の技術情報を書籍や論文から得ていた。
公開情報から得られた情報の一つ一つは小さいかもしれないが、大量の情報の地道な積み重ねと丹念な分析によって重要な新情報に迫っていく。漠然と情報を集めて事実を把握するだけでなく、ある事柄がおきる頻度に法則はないのか、ある出来事とある出来事に相関関係はないのかなど様々な考えを巡らせることが必要になる。
例を挙げよう。国際情報研究編『世界の諜報機関FILE』(2014)Gakken
P.176には分析の例として次のように述べられている。
「他国からの大口発注がないにも関わらず、さらには国内の海運が不況な時、造船関連の企業が売り上げを伸ばし、株価を上げていたとすれば、それは海軍力を秘密裏に増強していると考えることができる。」
ある国の海運業、造船関連企業が公開する経営状況や株価などの公開情報からこのような安全保障上の新たな情報をつかむことができる例である。
もちろん国家機密を政府が公開したりすることはないだろうが、それにつながる思いがけない情報が一般公開情報から得られることもある。
2015年某日放送された読売テレビ「そこまで言って委員会NP」に出演した外交ジャーナリストの手嶋龍一氏によれば、ある雑誌の表紙を飾ったロシアのプーチン大統領がかけていたサングラスにロシア政府のある内部資料が光の反射で映っていたというのだ。
そういった手がかりを見逃さず国家が生き残るための情報を手繰り寄せていくことこそオシントの神髄なのだ。
オシントの長所として、情報へのアクセスが非常に簡単で、法に触れる行為をしなくて済むことにある。マスコミ媒体や政府などが一般に公開している情報はそれを購入、視聴すれば簡単に手に入り(もちろん外国語から自国語に翻訳する必要はあるが)、しかも通信の秘密やプライバシー侵害に当たる可能性があるシギントとは違い、まったく情報の入手に違法性がない。
また、外国語ができる職員や分析のできる職員を育成は必要だが、情報を収集などにかかる金銭的コストは、通信傍受施設や衛星、無人偵察機などを必要とするほかの手法と比べ安価であるし、それら専門的な設備がなくとも可能である。
我々一般市民でも情報を集めようと思えば一般公開情報だけでも得る手段はたくさんあるし、勉強をして知識を身につければ、専門家のレベルではないにしろ分析は可能になる。
わが国の情報機関が規模、予算ともに十分ではなく、対外専門の情報機関がない現状、我々一人一人が国内外の問題に関心を持ち、関心のある分野の知識を広げ、分析したり、考察したりしてそれをインターネットなどでつづったり議論したりしてみてはどうだろうか。
海外在住の方も、滞在先で日本や日本人への深刻な脅威に関する公開情報を入手した場合、政府に伝えてはいただけないだろうか。現地の言語を解し、現地の内情やコミュニティーを知る方からの情報は貴重なのだ。もちろん法に触れるやり方はいけないが。
オシントの短所として情報の量が多すぎることにある。そのため、信用できる情報源を取捨選択しなければならない。もちろんそれは誰でも多くの情報に当たることができるメリットにもなるのだが。
また「反響効果」というものにも注意しなければならない。ある一つのメディアで取り上げられた情報が、他のメディアで繰り返し引用され取り上げられていくうちに、「多くのメディアで取り上げられているのだから信憑性のある情報だ」と勘違いをしてしまう現象である。情報源が一つしかないにもかかわらずである。
わが国では、内閣情報調査室、法務省傘下の公安調査庁をはじめ各省庁の情報機関がオシントを行っているが、他にも外務省から独立した一般財団法人のラヂオプレスがある。
ラヂオプレスは、24時間365日中国・台湾、ロシア・ロシア極東、北朝鮮、東南アジア各国などの周辺国の放送、衛星テレビ、通信社電からの情報のモニター、翻訳、分析を行い、国民の安全にかかわる情報をつかんだ場合、直ちに関係各所に報告している。特に北朝鮮の公式報道の分析力は高く評価されている。
http://www.koueki.jp/disclosure/ra/radio/0.pdf (一般財団法人ラヂオプレス定款より)
アナログの分析のみならず、統計学やビッグデータなど用いた数学的な分析も相手国の動きを予測する有効なオシントの手法ではないだろうか。
第2次大戦時、ドイツ海軍のUボート(潜水艦)に輸送船を片っ端から撃沈され大損害を被っていたイギリスは、大学の理数工学グループなどに依頼し、統計学による分析を行った。三野正洋著『日本軍の小失敗の研究』(1995)光人社 P.93~94ではその結果について以下のように述べている。
「海洋の広さ、潜水艦が船舶を発見する確率、護衛艦一隻の担当できる海域など、数十の項目が徹底的に調査され、それが数学的、統計的に整理されていった。
その結果半年足らずのうちに結論が出た。
それを簡単にまとめると、
〇一定の規模の船団を組み、航行する
〇大船団も小さな船団も、敵に発見される確率は変わらない
〇船団を構成する船の数が増加しても護衛艦をそれに比例して増やす必要はない
〇天候、月齢を考えて出発させれば、損害を大幅に減らすことができる
というようなものである。
これはすぐに実行され、護衛艦の数が増えたわけでもないのに、輸送船の損失は次の半期(六ヵ月)に三七パーセントも減少した。」
統計学を用いた分析が、護衛のための軍艦を新造することよりも確実に被害を減らしたのであった。もしもわが国でこのような統計的分析が行われていないとしたらぜひとも導入してほしいし、する価値は十分にあると筆者は考える。
参考文献 URL
・ニュースなるほど塾 『諜報機関あなたの知らない凄い世界』 (2012) 河出書房新社
・国際情報研究倶楽部編『世界の諜報機関FILE』(2014)Gakken
・大森義夫著『日本のインテリジェンス機関』(2005)文藝春秋
・小林良樹著『インテリジェンスの基礎理論』(2014)立花書房
・ 一般財団法人ラヂオプレス定款 http://www.koueki.jp/disclosure/ra/radio/0.pdf
・三野正洋著『日本軍の小失敗の研究』(1995)光人社
・手嶋龍一、佐藤優著『インテリジェンスの最強テキスト』(2015)東京堂出版
筆者は専門家ではない。一サラリーマンが、趣味で書籍や新聞記事、官公庁HPなどを参考にしながら自分の見解も交えつつ執筆している。そのため、間違いなどがあるかもしれない。その場合は論拠となる情報源とともに指摘していただければ幸いである。必要があると判断した場合、機会を見つけおわびして訂正させていただく所存である。なお、この内容は筆者が所属するいかなる組織、団体の見解も代表するものではない。