今回は五稜郭についてです~
▲後述しまする
まずは旅程から
05:00過ぎ 函館駅前に夜行バス到着
朝市散策
06:30 その朝市で朝ごはん
07:00頃 市電で五稜郭へ(一日乗車券600円)
五稜郭散策タワーも。
10:20頃 市電で谷地頭へ
歩いて函館八幡宮
11:00頃? 市電で宝来町へ
護国神社→函館山ロープウェイ
→聖ヨハネ教会→ハリストス正教会→カトリック元町教会
12:40頃 ランチ
船魂神社→旧函館区公会堂→ペリー提督来航記念碑
13:30頃? 市電で函館どつく前へ
称名寺→高龍寺
14:40頃? 市電で函館駅前へ
15:00頃 ラッキーピエロに早めの夕飯に
まさかの40分まち
16:30 バスで函館駅前から函館ターミナルへ(310円)
17:30 津軽海峡フェリーで青森港へ
22:20 夜行バスで東京へ
さてさてまずは、市電に乗りました~
写真が前後しちゃいますが、一日乗車券を電車内で購入しました~
▼左が一日乗車券
市電からは少し歩くのですが、たいした距離ではありませんでした~
タワーは8:00からだったかで、まずは五稜郭を散策~
武者返しもあったよ
いよいよ星の中心部分へ
五稜郭内の碑の武田斐三郎(あやさぶろう)の顕彰碑
この五稜郭の設計監督です
頭を撫でると頭がよくなるとかならないとかそんな話があって
頭だけ色がかわっとる
土塁からタワーを望む
土塁の桜はすっかり葉桜に・・・
ここもまた、話が前後するのですが、五稜郭の中心にある函館奉行所にも
タワー行った後に行ってきました~
当時の工法に限りなく近づけたとのこと
すばらしいっ
(・・・と言っておきながら、説明しているビデオの前で寝てしまった私 爆)
↑
夜行バス疲れ。
そして、現在も残る土倉
そしていい感じで唯一残ってた桜
そしてそしていよいよタワーへっ
おおおおおぉぉ~すばらしいっ
ほんとは桜色の五稜郭を見たかったけど、
それでもすばらしいっ
▼一日乗車券を見せたらポストカードもらえた
四季折々、いい感じですっ
さて、タワーには新撰組の土方さんも
みんなこのイケメンとの写真を楽しんでおられました~
で、いよいよ最初のタイトルに関することなんだけれども
ここね、とんでもなくクオリティーの高い
ジオラマがありまして
このジオラマ見るだけの為に、もう一度訪れたいくらいすごいんですっ
さっそく載せていきましょう~
時は、江戸時代末期、1853年にペリーが「開国シテクダサ~イ」とやってくる
(そして翌年日米和親条約で箱館と下田が開港)
箱館と蝦夷地をおさめる為に、蘭学者の武田斐三郎らが
ヨーロッパの城郭都市をモデルに斬新な城郭の設計図を作成
▼めっちゃ小さいのに表情、服の皺、すごすぎるっ
そして、武田先生は、学問を志す若者にオランダ語や航海学などいろんな
知識を教えます
いよいよ1857年五稜郭の築造工事開始
1864年に五稜郭完成~
その後、江戸では1867年には慶喜が大政奉還
1868年には王政復古の大号令があって将軍職廃止。
いよいよ明治へ!
箱館から45kmほど北にある鷲ノ木海岸に榎本武揚ら、旧幕府軍が上陸。
陸軍部隊が五稜郭を目指して出発
五稜郭にいる新政府側は守備隊を派遣して箱館に迫る脱走軍を攻撃
でも脱走軍のほうが強かったっ
いよいよ脱走軍が五稜郭へ入城
箱館を占領した脱走軍は松前藩に平和共存を提案。
ところが拒否される
→よって脱走軍、松前藩を攻撃
▼見よっこの表情っ
脱走軍、なんとか松前藩を打ち破る
そして、選挙で榎本武揚を総裁とする仮政権を樹立
↑
ほらっ
この人、ナイナイの岡村さんにうっすら似てるっ
1869年明治新政府軍が反撃に向けて進撃
土方歳三率いる脱走軍と激しい打ち合い
同年5月、いよいよ新政府軍が箱館・五稜郭を包囲して総攻撃に。
別所にいた土方も箱館奪還に向けて走るも、銃弾に倒れる

▼馬もすごいっ
榎本武揚ら旧幕府脱走軍の幹部が新政府軍の陣地に出向いて
亀田八幡宮の神前で降伏
・・・その後・・・
五稜郭の堀では冬に天然氷の切り出しを行うようになり、
五稜郭氷の名前で売り出すほどの産業に育ったそう







