人生最後のゴルフは、川奈で決まり!

4月30日(火)

1月のある日、とても恐ろしい大阪の大先輩からゴルフのお誘いを頂く。

二度とゴルフクラブを握るまいと誓ってはいたが、大先輩からのお誘いを断るわけにもいかず、

急遽メンバーを揃えてお供しますとお伝えする。

で、どこに行くか?

大先輩から、川奈か北海道ではどうかとの提案があり、他のメンバーに確認すると川奈がいいとのこと。

それを大先輩にお伝えすると、折角だから箱根と川奈の2泊でどうかとの無茶ぶりが届く。

他のメンバーは、大歓迎だったが、俺はとても体がもたないので、ご辞退申し上げた。

しばらくして、大阪の大先輩から「膝を痛めたので2連荘は無理だ。」とのことで川奈1泊のプランとなる。

で、前日の早朝のこと。

埼玉の後輩より、脚立から落ちて痛みが取れないのでキャンセルしたいとの申し出があり、

急遽、大阪の怖い大先輩と茨城の大先輩との3人でのプレイとなった。

 

ゴールデンウィークの真っ只中、大渋滞を予想していたが、混んでいたのは東名の海老名SAの手前のみ。

あとはガラガラで快調に伊東まで辿り着く。

腹ごしらえに伊東パレットタウンに立ち寄る。

高いばっかりで、まずいマグロ丼をいただいた。

 

さすがに伊東の名所だけあって、訪れる人が多い。

何度か訪れているが、トイレ休憩のみで、建物の中に入ったことはなかった。

 

4月に伊豆高原に泊まった時も訪れたっけ。

 

天気が良かったので、小室山にでも行ってみるかと小室山の駐車場に向かうと、そこに大阪の怖い大先輩が立っていた。

なんという偶然だろう。

小室山にいるというラインはもらっていたが、まさか目の前に立っているとは驚いた。

で、大先輩を拾って川奈ホテルにチェックイン。

 

部屋に荷物を置いて、展望台のある塔に昇る。

5階からさらに階段を登って、途中で「展望台まで39段」の表示を確認する。

 

うへー!

高いぜ。

膝がガクガク震える。

 

プールに写る塔の陰。

しかし、いい天気で絶景じゃないか。

 

目の前に広がる大島コースと大島。

大島コースができて96年経つという名門コース。

 

展望台には大島に向けられた無料で見える双眼鏡が設置されている。

 

この景色だけでも昇ってきた甲斐がある。

 

我々の為だけに晴れてくれたように、思える瞬間だった。

 

青い海と緑が生えるゴルフコース。

明日の天気が気になるなぁ。

 

後ろに回ると新緑が美しい森が広がる。

 

しばし、部屋で寛いでからロビーに向かう。

 

夕食は外でいただくので、呼んでもらったタクシーの到着を待つ。

 

登録有形文化財だってさ。

大昔に訪れたのだが、殆ど憶えていないのか悔しいね。

 

で、タクシーに乗って宇佐美にある有名な焼き肉店に向かう。

運転手のおばちゃんはよくしゃべる人で、たっぷり楽しませてもらった。

ほとんど、お店のご主人のお任せでいただいた。

サービスの豚バラと牛タンから始まる。

もちろん、生をいただいた。

 

松坂牛やらの有名な牛肉が並ぶ。

マジで美味かった。

生ビールがどんどん飲み込まれていく。

 

話の流れで、大阪の怖い大先輩の全共闘時代の話になり、当時のヘルメット姿の写真を見せていただいた。

そこには、ヘルメットにサングラス、そしてタオルで顔を隠した若き日の大先輩が写っていた。

え?

これは、誰が写したんですか?と尋ねると、

ちゃんと広報担当がいたんだよとの答え。

成程ね。

もしかして、逮捕歴は?とさらに訊くと、

危ないなと思ったら、さっと後方に逃げてたから無事だったとのこと。

楽しそうに当時を振り返る大先輩が、印象的だった。

で、もう一人の茨城の先輩もヘルメットをかぶっていた時期があったと初めて聞く。

 

そんな時代もあったねと

いつか話せる日が来るわ

あんな時代もあったねと

きっと笑って話せるわ

だから今日はくよくよしないで

今日の風に吹かれましょう

まわるまわるよ時代は回る

喜び悲しみくり返し

 

大阪の怖い大先輩の好きな歌が、

「青春時代」だったな。

 

たらふく食って飲んで、往きと同じタクシーに迎えられてホテルに戻る。

孤独のグルメでも紹介されたという美味い焼き肉屋だったな。

しかも、安かった。

 

で、一夜明けて激しい二日酔いで目覚めてホテルをチェックアウトする。

気持ちが悪くて、美味しそうな朝ごはんだったが、殆ど箸を付けず終いだった。

そしてスタートホールに立つ。

 

大ベテランのキャディーさんとカートの運転手付きの贅沢なゴルフ。

しかもコースの中までカートで回ったくれたから、殆ど歩かずに済んで助かった。

ついこの間フジサンケイクラシックが開催れたコースだけあって、グリーンが難しかった。

久しぶりの高麗芝には難儀した。

 

そして、へとへとになりながら、名物ホールまでやって来た。

 

かつてジャンボ尾崎が、砲台グリーンの下からチップインしたあの場所だ。

ジャンボ尾崎と同じシチュエーションを再現すべく、砲台の下に転がるボール。

結果は、惨憺たるものだったけど。

 

そしてステンドグラス美術館が目の前に聳えるホールへ。

 

ナイスショットの茨城の先輩。

 

そして、俺は後期高齢者だからとゴールデンティーからショットを放つ怖い大先輩。

偶然にも白い打球が捉えられていた。

 

かくして無事に18ホールを終えて、クラブハウスに戻る。

心配していた雨も小雨程度で殆ど濡れることはなかったが、急に本降りになってきた。

まるで、我々がホールアウトするのを待っていてくれたかのように。

 

疲れ切った体を引きずるように、脱衣場に向かう。

椅子に座って靴下を脱ごうとしていたら、急に左足の人差し指がつってしまった。

痛みに堪えて、体を洗って湯船に浸かってまったりする。

ふう、しんどかったなぁ。

 

そして、もう二度とクラブを握るまいと湯船に肩まで浸かって固く誓った。

 

帰りは、東京に向かうという大阪の大先輩を伊東駅までお送りし、茨城の先輩の運転で自宅に向かう。

帰りも海老名の手前でちょっと事故渋滞で混んだだけですんなりと我が家に戻る。

 

車を置いて、蕎麦が食いたくなったという先輩は、地元の蕎麦屋に向かうが、

疲れ切って一歩も歩けない俺は自宅で待機する。

まる1日お留守番だった静に詫びを入れてソファーに倒れこむ。

 

しばらくして先輩が戻り、先輩の車と入れ替えしてお開きとなった。

 

楽しい楽しい一泊二日の川奈へのゴルフの旅。

俺にとってはゴルフというより、美味しい焼き肉を食いに行ったような旅だったけど、

いい思い出になったな。

 

それにしても昭和22年生まれの全共闘世代のお二人の大先輩は、元気だなぁ。

大阪の怖い大先輩といい、去年は50回コースを回ったという茨城の先輩といい、元気そのものだ。

 

一夜明けて、激しい筋肉痛で全身が重い。

 

回る回るよ時代は回る

 

そんな唄が思い出される朝だった。