岡田監督の退任会見(阪神電鉄本社) | DEEP猛虎会(関東中心の阪神観戦記)

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2008年10月21日に行われた岡田監督の引退会見(@阪神電鉄本社)


「5年前に監督になったとき、今までの経験を生かして強いタイガース、オーナーがおっしゃられた常勝タイガースを作りますと(いった)。それを選手と一緒にやってきた。100%成し遂げたとはいえないが、(在任中のうち)2、3年は優勝争いもした。そういうチームになったと思う。最後は何年も優勝できなかった。足りないものがあった。総決算として、今年でユニホームを脱ぐことにしました。優勝できなかった。それだけです。(チームを)100%に近い状態で、新体制に受け継いでもらえるかな、とは思う。監督の5年間は早かった。5年もやってたんだな。11年間、本当にありがとうございました」


(代表質問)

--辞めようと最初に思ったのはいつ

「9月5日に広島との(3連戦)初戦で負けた日。『こらヤバイ』と。そう思いました。後半戦に入るとき、今だからいいますが、(勝率)5割でいけば85、86勝はいけると思っていた。しのいでしのいで、最低そのラインでいこうと。しかし、勢いに乗れず、勢いのつくゲームもできなかった。何らかの責任を取らないといけないぞ、と(思った)。」


--そのために具体的なことはしたか

「(9月5日に広島で負けた)あのとき、フリー打撃で葛城と鳥谷があまりにもひどかったので、ロッカー裏に連れていって、カネ(金本)らが見ている前で(指導を)やったんやけど」


--こうなった原因は

「相手がいることだから。(巨人が)10何連勝して、こうなった。(後半戦で勝率)5割でいっていれば、(最終成績は)上回っていた。(自分は)2位とか3位とか、最後に勝てない。だから、こういう結果(辞任)になった」


--きのうはオカダコールで送られた

「監督室にいたら、赤星が呼びにきた。(胴上げは)あまりやりたくなかったけど(笑)、勝ってやるのが理想だし。でも、ケジメかなと。うれしかったですね。グラウンドに出たとき、声援を聞いて…。その前からちょっと涙も出ていたんですが。涙の意味? 悔し涙です」


--タイガースに残したモノ

「常勝軍団を作って。正直、1年目は優勝できるとは思っていなかった。『若い力を入れないと』と思っていた。今年は北京五輪に苦しんだが、04年はアテネ五輪があった。あのおかげで久保田と藤川が出てきて、(翌05年の)安藤の先発(転向)も、それで決めた。来年以降も優勝争いをして、足りないモノを加えれば、もう1つ上に行けると思う」