時が過ぎ行き、あれから

どれ位の時が経つのだろう

人に与えた疑念はそう簡単には

晴れぬのだろう・・・

昔、とある知人が言っていた

無視が辛いと想うか?

無視って意識してないと

出来ない事なんだぞ

無視されるのが本当の

嫌がらせなんじゃない

事務的に相手され微笑まれる

事の方が数百倍も辛い

せめて叱ってくれれば

気も晴れるのにそれすらも無い

無視は一番相手を思いやってる

からこそ、それ以上底部に

行かぬように努力した結果が

その行動なんだよ。

相手だって、信頼していたものが

一瞬で崩されたのだから

怒りも覚えるさ、信頼していた

相手に、疑いを持たなかった自分に

それでも嫌いになりきれない部分も

あるから・・・・

触れたくない、自分も相手も

モヤモヤしてるからこそ

今、口を開いてしまえば毒が出る

それすらも相手には理解されない事が

多々あるが、堪えるしかないのさ

会わないのが償いじゃない、耐える事が

一番険しいけどそれが自分らしさになる

相手の悲しみが見えるか?

相手の辛さが聞こえるか?

相手の怒りが感じるか?

思いやりは相手の為じゃない

自分が相手のに対する礼儀として

行う心の行動だ。


自分が行った行動を悔いるのではなく

自分の道が間違いではなかったと

胸を張れる未来にしないといけない

今は間違ってるかもしれない・・・

道をそれてしまったかもしれない

それでも少しずつ元に戻ればいい

過ぎた時間が戻るわけじゃないけど

今から過ぎ行く時間はまだ在るから

今はじっと耐えろ・・・大樹の根のように

春を待つ、植物のように

夏を待つ、蝉のように

秋を待つ、蜻蛉のように

冬を待つ、子供のように

今は口をつむげ・・・ 時が来るまで