「空間亀裂」フィリップ・K・ディック(佐藤龍雄訳) | 水の中。

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西暦2080年、人口の爆発的な増加により、世界は失業者にあふれていた。
政府直轄の寮庫で数千万の冷凍民が眠り、空には娼館衛星が飛び、中絶が推奨される、モラルのない社会――
有色人種で初めてアメリカ大統領候補となったブリスキンは、これら全ての問題を解決する「新たなる植民地」の情報を手に入れるのだが、そこは空間の裂け目の向こうの世界であった。


空間亀裂 (創元SF文庫)/東京創元社
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いままで邦訳されていなかった、ディック中期の長編である本作のあらすじ。どこからどう見てもSFではあるのですが、しかし。

「発見された新たな空間」が、じつは別世界の○○であった。

とりあえず伏字にしてみましたが、ここは別になー、この物語のキモではないのですよね。SFともなれば、本来はこの謎の種明かしと、これにまつわるバラドックスが主題となるべきはずなのですが、本作にとっては全く重要な扱いではないのですよね。同じ設定をホーガンに与えたとしたら、全然ちがう物語ができそうだなーと思います。

ではこの物語で語られていることは何なのかとゆーと、「ハッピーエンドで終わる人生なんてないよね」「次の問題がつぎつぎ降りかかってくるわけだしね」という、ひじょーに現実的なお話なのですよね。いやちょっと驚いた……一番の見せ場が、政治的な交渉場面なんだものなー。

SF的カタルシスは殆どありませんが、ある意味では物凄くリアリティのある、とってもオトナの物語でした。
登場人物のひとりであるハドリーが語る「夢や希望を諦めることはできる、でもその後の虚無感は巨大で、しかも日に日に大きくなっていく」という感慨は、ホントそういうもんだよねーと思わされました……。