東京五輪エンブレムについて考える
先週は家族と北見に行き、今週は釧路でまったりしておりました。
でも来週末は札幌日帰りで、また一週おいて出張で泊まりがけで札幌です。
ところで、夏休みで釧路の教会に子供たち世代が続々と里帰りしてきています。
前に会ったときはまだ小学生だった子がもう立派な大人で、いやでも時の流れを感じてしまいます。
それでも、昔と全然変わらないですね~と言われて、少し嬉しかったおじさんです。お世辞だって気付けよって話でね。
さて、昔上司に趣味で川柳をやっていた人がおりました。
趣味でといっても、同人誌に句を出すなど、本格的にやっていた人でした。
そのかたが言っていたのですが、川柳は簡単だから誰にでもできるけど、そのぶん似たようなものになりやすい。
でも同人誌に出して全国にお披露目するとなると、そこには御意見番がいて、これは何年何月のどの同人誌掲載の句と似ていますね、と必ず言われるそうです。
誰でも簡単に似たようなものを作れてしまうからこそ、トップクラスでは極力オリジナルであることにこだわる厳しい世界である、ということでした。
もちろん何が言いたいかというと、五輪エンブレムの話です。
最初にネットのニュースで見た時に、何処かですでに見たロゴにしか見えなかったので、記事を読んでこれが東京五輪のエンブレムと知って逆にびっくりしました。
つまりそのくらい、もう既にどっかで見た感が半端でなかったものですから、ベルギーやスペインから盗作で文句を言われても、ああやっぱりなという感じでしたね。
僕は別にデザイナーさんに個人的な恨みも何も無いですけど、デザイナーさんも選考された方々も、僕が感じるくらいですから、これにオリジナリティーが無いことは当然分かってたと思うんですけどね。分かって選んだならもちろん問題ですが、わからなかったとしたら、問題はさらに深刻です。
たぶん国内なら問題にならないので、同じような感覚で国際的なイベントでやっちゃったんでしょうけど、競技場の問題も含めていろいろな問題が噴出してるのに、オリンピックやったら全部なあなあになっちゃうんだろうなと思うと憂鬱です。
祭が終わった後に、家を焼かれたおじさんとヘソクリ盗られたおばさんが、悔しがっても後のまつりよ、と美空ひばりのお祭りマンボみたいな結末にならないことを祈るばかりです。
