降誕第2主日 | サトウユウイチのごすぺる放浪記

降誕第2主日




 あけましておめでとうございます。
 1月5日の日曜日、北見望ヶ丘教会では降誕節第2主日礼拝が行われました。

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(ルカによる福音書2章49節)
 すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」

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「信じて歩みだす」 秋山牧師
 今日は1年で最初の日曜日。私たちクリスチャンにとっての初詣となります。
 みなさんにはさまざまな願い事があるでしょうが、私たちにとって一番の願いは、主の御言葉に聞くことです。

 今日与えられた御言葉は、少年イエスのエルサレム巡礼の物語です。
 12歳になったイエスは両親(マリヤとヨセフ)とともにエルサレムの巡礼に行くのですが、帰り道で両親はイエスがいないことに気づきます。
 両親は心配してイエスを捜しながらエルサレムに戻ると、イエスはエルサレムの神殿で律法学者たちと問答をしていた、という物語です。

 迷子とは、子供が親を見失うと同時に、親が子供を見失うことでもあります。そんな時パニックになるのは、たいてい親のほうです。
 イエスを見失った両親はさんざんあちこちを捜し回るのですが、イエスがいる場所は神殿以外にはありえません。
 イエスを捜すのであれば、神殿=教会に行きなさい、というのが結論です。

 今年もまた山あり谷ありの1年となるでしょうし、一度か二度はイエス様を見失うことがきっとあるでしょう。そんな時は教会にイエス様を捜しに行きなさい。そうすればきっと、イエス様と会うことができます。

 ただし、教会が与えてくれる救いは、私たちの望みに直接答えてくれる救いではありません。教会が提供するのは、私たちの命の根っこの部分でイエス様と会わせてくださるための救いです。そこさえ押さえておけば、私たちの人生はおのずと整えられ、道はおのずと開かれるのです。

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 僕にとって去年は、山あり谷ありの人生でした。いや、山も谷もない人生が今まであっただろうかという感じですが…(笑)
 去年うれしかったことのひとつは、東京に行ってライブハウス「四谷天窓」にmasaoのライブを聴きに行ったことですね。
 四谷天窓に行ってみたいというのと、masaoのライブに行ってみたいという2つの夢を同時にかなえた忘れがたい夜でした。
 今年はどんなことがあるのでしょうか。

 みなさま、今年も「ごすぺる放浪記」をよろしくお願いします。