復活節第5主日 | サトウユウイチのごすぺる放浪記

復活節第5主日


ユーリのごすぺる放浪記


 今日の日曜日、教会で復活節第5主日礼拝があり、「いのちに至る道」と題して秋山先生の説教が行われました。

聖書箇所 ヨハネによる福音書14章1節~7節
 「『心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしを信じなさい。わたしの父の家には住むところがたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。
  行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻ってきて、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。
  わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。』トマスが言った。『主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか』イエスは言われた。『わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがわたしを知っているなら、わたしの父も知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。』」

 キリスト教会とはなんでしょうか?
 私は教会と聞くと小高い丘の上にある、屋根に十字架のついた建物を考えますが、教会とは建物ではありません。
 「教会」を意味するギリシア語は「エクレシア」、「人間の集まり」もしくは「集会」を意味します。
 この「集会」につどうための条件はひとつもありません。教会には、全ての人の居場所が用意されているのです。
 「わたしの父の家には住むところがたくさんある」と書かれているとおりです。
 この事実が私たちの支えとなり、なぐさめとなり、はげましとなり、それによって本当の意味でのやすらぎが生まれるのです。
 そして、教会に自分の居場所を持っている人ほど、自由に、大胆に生きてゆくことができるのです。

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 今日の礼拝では、ちょっと学ばされたことがあったのですが、長くなるので明日にします。(笑)


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