「意識のステートに関して興味深いことは、それが起こっては消えてゆくことである。至高体験や変性(意識)状態でも、いかにそれが深い体験であれ、起こり、しばしとどまり、そして消えてゆく。どのような素晴らしい意識状態でも、一時的なものである。
意識の状態が一時的なものであるのに対して、意識のステージは永続的なものである。ステージは、成長と発達の実際の一里塚を表している。いったん、あるステージに到達すると、それは永続的な獲得となる。たとえば、ある子供がいったん言語の発達段階に到れば、以後、彼は言語へずっとアクセス可能になる。言語は、一分間だけ現れて、そして消えていくものではない。同じことが、他の成長のタイプにも言える。より広い意識、より抱擁的な愛、より高い倫理的な要求、より大なる知性や気づきなどは、いったん、しっかりとその成長と発達の段階に到達すれば、ほとんどいつでも、望むときにアクセスできるのである。すなわち、一時的な状態が、永続的な特性へと変換されたのである。」
ケン・ウィルバー 「インテグラル・スピリチュアリティ」 p.9
これ、最近(といっても長期的なものである)、私がとりつかれている「本物」という名の魔物の性質の一端を表している!と思いました。つまり、意識のステージは永続的な特性である。恒久的なものではなく、あくまでも永続的な特性。特性だから性質なわけです。
福岡伸一先生の最新刊「動的平衡」には、
「間断なく流れながら、精妙なバランスを保つもの。絶え間なく壊すこと以外に、そして常に作り直すこと以外に、損なわれないようにする方法はない。生命は、そのようなありかたとふるまいかたを選びとった。それが動的平衡である。」
とあります。
老荘に、禅の空・・・。まだまだよくわからないけど、本物って、そういうものかな。。。???