
27日の壮行試合キプロス戦(埼玉)にも出場した吉田は、「夢」とシンプルにエントリー。まずは「内田君のゴールもあり、調子上がってます」と“友達以上恋人未満”を自認?する大親友DF内田篤人(26=シャルケ)のゴールに刺激を受け、3月下旬に痛めた左膝の調子が上がって来たことを明かすと、続けて「夢」について吐露。
「中学の時の夢はプロサッカー選手になる」「プロサッカー選手になってからは海外でプレーする。プレミアリーガーになる」「海外でプレーするようになってからは日本代表に選ばれる。W―cupに出る」「センターバックを人気のポジションにする!笑」とこれまでの夢の変遷を次々に挙げると、「そして今の夢はW杯で優勝すること!(壮行会で断言したとおり!笑)」と宣言。「大人になるにつれ夢増えてますね…欲深い大人になってます。笑」「夢は見るモノではなく叶えるもの」とつづっている。
日本代表は27日のキプロス戦後に一時解散し、28日はつかの間のオフ。29日にはW杯の事前合宿が行われる米国・タンパに向け出発することになっている。
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“夢”って保育士になることだったから
この3年間、4年目に入るけどないな。。
だから頑張れないのかな?
夢ってつくるものじゃないけど、
あるかないかは大きいんだな
って改めて感じた!
このままじゃいけないと思うから…
なにか変化をつけたい!
変化をつけなければ!
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有言実行もかっこいいけど、
無限実行はもっとかっこいい!
自分にはできないな。。。
内田篤人が復活のゴール!日本代表vsキプロス代表


「キリンチャレンジカップ2014」が27日に開催され、日本代表とキプロス代表が対戦。太ももの負傷から公式戦約4か月ぶりの復帰戦となった内田篤人が前半終了間際に決めた先制点により、日本代表が1-0で勝利した。
試合後、2008年6月以来となるA代表2点目を決め、チームを勝利に導いた内田は、以下のようにコメントしている。
――約4カ月ぶりの実戦で久々のゴールだが?
「けがして、間に合うか微妙でしたけど、拾ってもらって。今日、ちょっとゴール実は狙っていて。トレーナーの人も脚を治してくれて、強くしてくれて。ドイツにも、治療のスタッフが来てくれていたので、ゴールした後にベンチへ行きました」
――真っ先にフィジカルコーチと抱き合っていたが。
「選手がピッチの上に立っていますけど、スポーツ選手はけががあって、そういう人たちの助けがあるので。スポットライトを浴びてほしいなといつも思っています」
――サポーターへ向けて一言。
「けがするのはしょうがないので、ビビッていてもしょうがないし。また、けがしたら治せばいいし。思い切ってプレーすることが大事だと思うので、まだ始まっていないですけど、しっかり準備したいです」
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あらためて感謝の言葉を述べる内田は「3人だけじゃないけど、3人の存在は大きかった。選手がスポットライトを浴びるのも、あの人たちが時間を削って、選手のためにやってくれているから。ケガをして、そういうことを学んだ」と、裏方で支えてくれるスタッフへの思いを語った。
ハノーファー戦以来、約3か月半ぶりとなる復帰戦は前半45分間のプレーだった。試合前にハーフタイムで交代するとは伝えられていなかったというが、「90分間はないかな。何となく45分かなと思っていた」。先制点が生まれたのは前半43分。交代する前に、どうしてもゴールが欲しかった。
FW香川真司のシュートのこぼれ球を押し込んだゴール。PA内まで進入していたのも、点を取るためだった。「あの場面は高く行き過ぎたけど、何回もあそこでこぼれているのを見ていた。(出場時間は)45分かなと思っていたし、時間が少なくなっていたから。1点入れて、ベンチに行かなきゃという気持ちがあった」
ゴールを狙って取れるものではない。しかも、ポジションは右SB。内田の代表戦でのゴールは08年6月22日のバーレーン戦以来、2165日ぶりだった。それでも、ゴールという形で感謝を伝えたかった。「一番分かりやすいのがゴールだから。実は狙っていた。宣言していた? 宣言したらできないから」。心に秘めていた思い。W杯壮行試合で生まれた“不言実行”の一発が、完全復活への狼煙となった。
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DF吉田麻也(サウサンプトン)が“親友”であり、故障上がりの仲間でもあるDF内田篤人(シャルケ)の劇的な復活ゴールに嫉妬心をのぞかせた。
「内田選手の決勝点で試合が決まる日が来るとは思っていなかったです!」
「ウッチー」とは言わず、あえて「内田選手」という呼び方。しかも、「『これで(代表では)何点取ったの?』と聞いたら『2点』と言っていた。僕も代表では通算2得点。並ばれたのでヤバイです」と複雑な表情をしてみせた。
とはいえ、本心では自分自身の“復活”に手応えを感じており、表情は明るい。キプロス戦では後半の最初からピッチに立ち、45分間プレー。内田の取ったゴールをしっかり守り抜き、勝利に貢献した。
3月下旬に左膝靭帯を損傷して以来、2か月ぶりの実戦復帰とあって、自慢のフィードではミスキックを連発したが、「サイドチェンジで3回ミスしたが、あれは、やみくもではなく意図して蹴ったもの。トライすることと、フィーリングを確かめるためにもやってみようと思ってのもので、この時期しかできないということで試してみた」と、ミスにも納得済みだ。
「コンディションは7、8割。試合をしていなかったというのも理由としてあるが、ケガの影響はあまり感じなかった。ここまでのプロセスはほぼ100%」と、胸を張る。
それに加え、開幕戦まであと18日となった今、ケガ上がりの選手だからこそ、チームを活性化できるという思いもある。「今まで試合に出ていた選手でも最後までレギュラー争いはあると思うし、それは僕にも言えること。ケガをしていた選手も、試合に出ていない選手も、最後まで競争していかないといけない。その中でチームが向上していくのではないかと思う」
内田、長谷部誠、そして吉田。負傷者トリオがザックジャパンの起爆剤にもなっていく。
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ウッチーが戻ってきた! W杯日本代表の国内最後となるキプロス戦で、DF内田篤人(26=シャルケ)が決勝点を決め、右太もも裏のけがから完全復活をアピールした。昨年11月16日のオランダ戦以来、192日ぶりに代表戦で先発。前半43分に、岡田監督時代のW杯南ア大会アジア3次予選バーレーン戦(08年6月22日、埼玉)以来、2165日ぶりの代表2点目、ザックジャパンでは初ゴールを挙げた。この試合唯一のゴールで1-0と勝利。チームは明日29日、直前合宿地の米国へ旅立つ。
大外から気配を消した内田が、スルスルと進入した。前半43分。ゴール目の前での混戦に、突然現れた。香川が粘ってコントロールする間、右サイドからカットイン。こぼれ球の右足シュートが1度は阻まれるも、自ら押し込み先制点が生まれた。するとピッチ内の選手と喜びを分かち合う前に、日本ベンチへ駆け寄った。リハビリを支えた前田トレーナーと抱き合い、感謝の気持ちを伝えるところが、内田らしい。そしてゴールという形で、完全復活を証明した。
「トレーナーの前田さんと早川さん、池田ドクター。3人だけじゃないけど、あの3人の存在は大きい。けがをして、ほぼ毎日連絡をとっていた。足をケアして、強くしてくれて、ドイツまで来てくれた。実はゴールを狙っていた。(感謝を伝えるのに)一番分かりやすいのがゴールなんで。それもあって真っ先にベンチに行きました。選手はピッチに立っているけど、けがもあるし、トレーナーの人たちの助けがあってこそ。スポットライトを浴びてもいいと思った」
2165日ぶりの代表ゴールに、感謝の気持ちを凝縮させた。実戦は2月9日ハノーバー戦で負傷して以来だった。右太もも裏の肉離れに加えて腱(けん)の損傷。ドイツでは「手術が必要」と断言されていただけに、負傷から5日後にオペ覚悟で緊急帰国した。W杯も諦めかけていたが、鹿島時代の主治医に保存療法で「間に合う」と言われ、実際にW杯初戦2週間前に間に合わせた。
ボールを触れなくてもやれることはある。「デブにするんじゃなくて太くなった」と筋肉は1キロもスケールアップ。この日も当たり負けすることなく、カウンターを未然に防いだ。国内のリハビリ施設では、けがに苦しむアスリートに出会った。右足甲疲労骨折を抱える12年ロンドン五輪の新体操代表「フェアリージャパン」のサイード横田らの姿に、「けがと向き合うことを学びました」。最後は代表ユニホームをプレゼント。4年前は縁がなかったW杯直前、けがをきっかけに成長した姿を見せた。
再発の不安にはもう腹をくくり、開き直っている。「ブラジルへ行ってけがして消えるよりも、早めに消えた方がいいでしょ。また治してくれるんで。思い切ってプレーすることが大事だと思う」。支えてくれる人たちがいるからサッカーができる。治してくれる信頼感があるから、思いっきり走れる。ハーフタイムに退くまで出場した45分間に、内田の思いと、復活へのドラマが詰まっていた。【栗田成芳】
▼日本代表Aマッチのブランクゴール DF内田の国際Aマッチの得点は通算2点目で、20歳だった08年6月22日のバーレーン戦以来6年ぶり。日数にして2165日。日本代表のAマッチ最長ブランクゴール記録は、奥寺康彦の4043日(76~87年)。2位が藤田俊哉の3217日(95~04年)、3位が稲本潤一の2357日(03~09年)で、今回の内田は歴代4位の長期間ブランク得点となった。

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内田篤人スペシャルインタビュー
ブラジルにかける。
サッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会に出場する日本代表は27日、埼玉スタジアムで国際親善試合キリンチャレンジカップ・キプロス戦に臨む。その先にある4年に1度の大舞台を、DF内田篤人(26)=ドイツ・シャルケ=は待っていた。前回南アフリカ大会は開幕前に定位置を失い、1秒もピッチに立てなかった。直前の負傷を克服して間に合わせた今大会。かける思いは強い。
聞き手・構成:中川文如 写真:小宮路勝
■ けが、4年前のこと
――2月9日のドイツ1部リーグで右太もも裏の肉離れ、腱(けん)断裂を負いました。
「最初の診断は肉離れだけだったんだけど、再検査を受けたら、手術が必要だと。メスを入れたらW杯に間に合わない可能性があるので、すぐ帰国し、鹿島時代からお世話になっている医師に診てもらった。『手術せずに治す』と言ってくださり、ようやく前向きになれた」
――4年前のW杯イヤーも、原因不明の吐き気に悩まされました。
「だから重傷だとわかった瞬間に感じた。やっぱりW杯には縁がないのかもって。ザッケローニ監督に拾ってもらってメンバー入りは果たせたけど、まだ縁はないと思っている。W杯本番のピッチに立つまでは」
「リハビリで体を追い込み、4年前よりコンディションは充実している。心肺機能のテスト数値は負傷前より良くなった。何より、ここは休みどころだと切り替え、精神的にリラックスできたことが大きい。試合に出続けていれば『過密日程で疲労が』と周りに懸念されるわけで、ものは考えようだから」
――前回、チームは16強に進みましたが、自身は出場できませんでした。
「岡田監督(当時)にずっと使ってもらってきたのに最後までもたなかった。チームが勝てなくなり、戦い方が守備重視に変わった時、監督が求める守備力が僕にはなかった。大会後、多くの方に祝福していただいたけど、僕は何もしていないんだっていう悔しさは消えなかった。あんな経験、二度としたくはない」
――あれから欧州の真剣勝負を経験しました。
「ドイツでは1対1の攻防が重視される。そこで勝つのが前提で、抜かれた時に周りがカバーリングする発想はシャルケにはない。だから、練習から球際の『削り合い』が続く。その環境で自然と守備面が鍛えられ、個人的にも相手との駆け引き、間合いの取り方を研究してきた。以前ならほとんど見なかった他チーム同士の試合、見るようになったから。いまは守備が楽しい。1対1で球を奪うプレーが快感。4年前より日本代表に貢献できる自信は、間違いなくある」
■ 代表の現状
――日本代表は昨年秋の欧州遠征に分岐点がありました。セルビア、ベラルーシに連敗した10月を経て、11月はオランダと引き分け、ベルギーに勝った。
「細かい修正はあった。でも、何かを大きく変えたという意識はない。いまのチームは左から攻める形が多いから、オランダ戦で右サイドバックの僕が上がって2点目を奪い『右からも攻めるようになった』という印象を与えたかもしれないけど、状況に応じた右からの仕掛けは、10月も心がけていたプレー。それを、チーム全体で柔軟に繰り出せたから得点につながったということ。ぶれず、我慢しながら、やろうとしてきたサッカーに結果がついてきた感覚」
――ザッケローニ監督の指示は。
「監督は個別に指示を出す。僕にはいつも『攻守、左右のバランスに気を配れ』と。
ただ最近、就任時より『やりたいプレーをやってみろ』と選手に主張を求めている気がする。
だから僕も、攻めた方がいいと思えば、バランスを崩してでも攻撃参加する場面がある。
それがチームのためになるのなら、監督も理解してくれるはず」
――19歳で代表入りし、気がつけば26歳。立場は中堅です。
「主将の長谷部誠さん(ドイツ・ニュルンベルク)を助けようとか、年下の選手をまとめようとか、いままで思いも寄らなかった役回りも必要な年齢になった。10月の選手ミーティングでは、代表に入って初めて発言した。柄じゃないんですけどね。W杯を戦い抜くため、チームのまとまりは大切。米国合宿ではトレーニングパートナー(高校年代の練習要員)の若い2人も巻き込み、ワイワイとやれる雰囲気をつくりたい。陰からこっそり支えます」
ブラジルへの覚悟
――W杯で1次リーグを突破するには。
「日本が入ったC組は実力が接近し、どのチームも『いける』と考えているはず。だからこそ、まず初戦に全力を注ぐ。目の前の一戦を乗り越えなければ先はない。短期決戦も1年間のリーグ戦も、そこは一緒」
――4年前は「若いから思いきってリスクを冒したい」と話していました。
「あの頃は生意気だったな……。ブラジルでは、勝負に徹するプレーあるのみ。攻撃参加について触れたけど、勝てるなら、バランスを取るため、ずっと僕が攻撃から消えてもいい。チーム全体を落ち着かせるようなパス回しの起点にもなりたい。押し込まれたら、ひたすら蹴り返し、耐えるプレーも必要。そんな流れでラッキーゴールが入っちゃうとか、結果オーライの勝利でも全然、構わない。W杯は結果がすべて」
――2大会分の思いを込めたW杯になります。
「メンバーに選ばれたのは23人でも、代表に入りたい、W杯に出たいという思いは23通り以上ある。僕の場合、背負わなければならない思いが4年前とは比べ物にならないほど増えた。南ア大会で僕と同様に出番を得られなかった岩政大樹さん(元鹿島、現タイ・テロ・サーサナ)や森本貴幸(千葉)。今回の23人に入れなかった選手。治療やリハビリを支えてくれた医師、トレーナー。みんなのためにも、W杯のピッチに立って、勝ちたい。最初で最後のW杯というくらいの覚悟で挑みたい」
――最初で最後とは。
「どんな景色がW杯のピッチから見えるのか、まだ僕は知らない。4年後は30歳。監督が代われば選考基準も変わるし、次のW杯を迎える頃に自分がどうなっているのかなんて誰にもわからない。それに、そのくらいの覚悟がなければ、ブラジルに行きたくても行けない人たちの思いには応えられない」

結果が大事!
その通りだと思う!!!