男と女の違いと、男の攻撃性
今日も田口ランディさんのブログをチェックした。
『なぜ男は女を殺すのか』という、かなりショッキングなタイトル。
ランディさんの怒り?や興奮もごもっともである。
もう事件が起こらない日がないほど、次々と痛ましく、やるせない事が起こる。
被害者の恐怖、遺族の心情はいかほどなものか。本当に怒りが込み上げて来る。
さて、『なぜ男は女を殺すのか』ということについて、拙いながら男である私なりに考えてみよう。
でも、男がいる。女がいる。女を殺さない男もいるし、男を殺す男もいる。
人を殺すには、そこに至るまでのプロセスがあるし、お互いの関係性の中に因果が潜んでるケースもあると思う。社会や歴史、文化的な背景もあるだろうから、「女のことはさておいて」考えることは難しと思うのと、男と女の二項対立では簡単にはくくれないだろうし、差別や偏見めいた考えを生む可能性もあるので、私は気をつけたいと思う。
ここで私が考えてみたいのは、男と女の違いと、男の攻撃性について。
男と女の違いについて、思いを巡らせた時に、以前どこかで「男と女の脳の違い」というのを聞きかじった覚えがある。
全くの薄学、いや浅学なので、ちょっとネットで検索してみた。
すると、『進化心理学 進化と社会』というサイトに、『脳の男女差、心の男女差ってどんなもの?』というコーナーがあった。
それによると、男性の脳の傾向として(※サイト制作者により、"なお、これらは「おしなべていえば」という話であって、個人差は大きいので乱用には注意すべし。個人差を無視した十把一絡げのレッテル張りは「手抜き」であり「差別」となる。"とのただし書きがある)、以下のようなものが挙げられている。
とある。
また、「男と女のコミュニケーションの違い」という項目では、男は「結論をはっきりさせよう白黒つけよう俺のほうが立場が上だと示したい、認められたいと対立をあおるようなミエ張り合い的言動をしがち、話をこじれさせ一段落までもめさせる人が目立つ。」のだそうだ。
それから、「男と女、インターネットの使い方は同じ?」という項目には、『インターネット中毒』という本を参照し、
「一般的に権力や地位、あるいは優先的な立場を求めるようだ。彼らはあふれんばかりの情報や、攻撃的なインタラクティブ・ゲーム、あるいは性的な意図のはっきりわかるおしゃべり、サイバー・ポルノにひきつけられる。」
と記している。
さらに、「以下のような見解もあり」という欄には、
「男:自分の見聞範囲を絶対的基準にしがち、特定の役割や型に自己同一化したがる、自己中的世界観・価値観を持つ傾向」
とも書かれてある。
※ここで一つのサイトから、男に関する記述だけを抜き出すことは、もしかしたら問題があるかもしれない。サイト制作者がいうように、あくまで"「おしなべていえば」という話であって、個人差は大きいので乱用には注意すべし。"だし、詳細や、女性に関する記述については、ぜひご覧いただければと思う。
それから、「男の攻撃性」については、別のサイトでは、
「攻撃性には、アンドロゲン(精巣から分泌される男性ホルモン)が関係していると考えられている。また、男性の攻撃性を生むような文化的な背景もなくはない。」
とあった。
マウスによる実験では、「雌雄間の攻撃性の差は遺伝的に決められているのではなく、出生前後の時期にアンドロゲンが脳に働くと「攻撃的な脳」ができあがり、アンドロゲンがその時期に脳に働かなければ「やさしい脳」ができあがることがわかる。」
のだそうだ。
さらに、攻撃行動の個体差については、
「マウスの子宮は左右Y字形にわかれていて、四~五匹の胎仔がそれぞれ左右の子宮角中で育っていく」が、「子宮の中で雄の胎仔にはさまれ育った雄が、もっとも攻撃性が強く」なるそうだ。
胎児期や出生前後のアンドロゲンの作用が男の脳と女の脳の分かれ目や、攻撃性に影響をあたえ、生後のアンドロゲンの血中のレベルも攻撃性に作用するようだ。
・・頭の悪い私には難しい話だが、例えば家庭において、男と女の違い(性差や脳の違いなど)、その社会的、歴史的、文化的背景についてや、死について、なぜ人を殺してはいけないか、リスク回避の方法などについて、子供に語ることができる親はどれくらいいるのだろう。
少なくとも私の場合はこれまで全くそういう話を親としたことはなかった。
自分がそれを出来るのかといわれれば、はなはだ怪しい。
教育の現場ではどうだろう。
上記のことについて、今どれくらいの時間が割かれているのだろう。
学校の警備を強化し、女性専用車輛が必要なほどに深刻な状況である中で、 子ども達には、メディアによるセンセーショナルで断片的な情報接触による知識づくりだけでなく、リアルな人間同士の関係性の中で、男性には攻撃的傾向があることを認識した上で、差別や偏見を生まない、子どもへの心理的影響にも十分配慮した、学びや考えるしくみづくりが必要なのではないかと思う。
素人判断の、浅知恵で考えられるのは、被害者遺族との交流やロールプレイングなどの演劇的手法などかとは思うが、いずれにしても、被害者遺族や、感受性の強い、犯罪についての知識の少ない子ども達への影響をしっかり検討したうえで、専門家の立ち合いのもとで行われなくてはいけないと思う。
『なぜ男は女を殺すのか』という、かなりショッキングなタイトル。
ランディさんの怒り?や興奮もごもっともである。
もう事件が起こらない日がないほど、次々と痛ましく、やるせない事が起こる。
被害者の恐怖、遺族の心情はいかほどなものか。本当に怒りが込み上げて来る。
さて、『なぜ男は女を殺すのか』ということについて、拙いながら男である私なりに考えてみよう。
でも、男がいる。女がいる。女を殺さない男もいるし、男を殺す男もいる。
人を殺すには、そこに至るまでのプロセスがあるし、お互いの関係性の中に因果が潜んでるケースもあると思う。社会や歴史、文化的な背景もあるだろうから、「女のことはさておいて」考えることは難しと思うのと、男と女の二項対立では簡単にはくくれないだろうし、差別や偏見めいた考えを生む可能性もあるので、私は気をつけたいと思う。
ここで私が考えてみたいのは、男と女の違いと、男の攻撃性について。
男と女の違いについて、思いを巡らせた時に、以前どこかで「男と女の脳の違い」というのを聞きかじった覚えがある。
全くの薄学、いや浅学なので、ちょっとネットで検索してみた。
すると、『進化心理学 進化と社会』というサイトに、『脳の男女差、心の男女差ってどんなもの?』というコーナーがあった。
それによると、男性の脳の傾向として(※サイト制作者により、"なお、これらは「おしなべていえば」という話であって、個人差は大きいので乱用には注意すべし。個人差を無視した十把一絡げのレッテル張りは「手抜き」であり「差別」となる。"とのただし書きがある)、以下のようなものが挙げられている。
- 発達を示す 右半球(空間認知機能)がより早い発達を示す
- 何かに特化した機能を持つ脳になりやすい。悪く言えば、かたよった脳になりやすい
- 地図や迷路、3DCGなどの扱いに長け、数学的な問題解決(算数ではない)や視覚・空間・定量的な作業が得意。 カタログ作りめいた収集に凝る傾向
- ホルモンによって攻撃性・無謀さが高い脳になる
- 男は言葉を攻撃・威嚇・みえはりに用いる
- 高齢になると偏見丸出しになる傾向がある
- 幾何ベクトル的な空間把握
- 過去に人類が集団営巣していた頃:狩りに出かける男:のなごりではないか。
とある。
また、「男と女のコミュニケーションの違い」という項目では、男は「結論をはっきりさせよう白黒つけよう俺のほうが立場が上だと示したい、認められたいと対立をあおるようなミエ張り合い的言動をしがち、話をこじれさせ一段落までもめさせる人が目立つ。」のだそうだ。
それから、「男と女、インターネットの使い方は同じ?」という項目には、『インターネット中毒』という本を参照し、
「一般的に権力や地位、あるいは優先的な立場を求めるようだ。彼らはあふれんばかりの情報や、攻撃的なインタラクティブ・ゲーム、あるいは性的な意図のはっきりわかるおしゃべり、サイバー・ポルノにひきつけられる。」
と記している。
さらに、「以下のような見解もあり」という欄には、
「男:自分の見聞範囲を絶対的基準にしがち、特定の役割や型に自己同一化したがる、自己中的世界観・価値観を持つ傾向」
とも書かれてある。
※ここで一つのサイトから、男に関する記述だけを抜き出すことは、もしかしたら問題があるかもしれない。サイト制作者がいうように、あくまで"「おしなべていえば」という話であって、個人差は大きいので乱用には注意すべし。"だし、詳細や、女性に関する記述については、ぜひご覧いただければと思う。
それから、「男の攻撃性」については、別のサイトでは、
「攻撃性には、アンドロゲン(精巣から分泌される男性ホルモン)が関係していると考えられている。また、男性の攻撃性を生むような文化的な背景もなくはない。」
とあった。
マウスによる実験では、「雌雄間の攻撃性の差は遺伝的に決められているのではなく、出生前後の時期にアンドロゲンが脳に働くと「攻撃的な脳」ができあがり、アンドロゲンがその時期に脳に働かなければ「やさしい脳」ができあがることがわかる。」
のだそうだ。
さらに、攻撃行動の個体差については、
「マウスの子宮は左右Y字形にわかれていて、四~五匹の胎仔がそれぞれ左右の子宮角中で育っていく」が、「子宮の中で雄の胎仔にはさまれ育った雄が、もっとも攻撃性が強く」なるそうだ。
胎児期や出生前後のアンドロゲンの作用が男の脳と女の脳の分かれ目や、攻撃性に影響をあたえ、生後のアンドロゲンの血中のレベルも攻撃性に作用するようだ。
・・頭の悪い私には難しい話だが、例えば家庭において、男と女の違い(性差や脳の違いなど)、その社会的、歴史的、文化的背景についてや、死について、なぜ人を殺してはいけないか、リスク回避の方法などについて、子供に語ることができる親はどれくらいいるのだろう。
少なくとも私の場合はこれまで全くそういう話を親としたことはなかった。
自分がそれを出来るのかといわれれば、はなはだ怪しい。
教育の現場ではどうだろう。
上記のことについて、今どれくらいの時間が割かれているのだろう。
学校の警備を強化し、女性専用車輛が必要なほどに深刻な状況である中で、 子ども達には、メディアによるセンセーショナルで断片的な情報接触による知識づくりだけでなく、リアルな人間同士の関係性の中で、男性には攻撃的傾向があることを認識した上で、差別や偏見を生まない、子どもへの心理的影響にも十分配慮した、学びや考えるしくみづくりが必要なのではないかと思う。
素人判断の、浅知恵で考えられるのは、被害者遺族との交流やロールプレイングなどの演劇的手法などかとは思うが、いずれにしても、被害者遺族や、感受性の強い、犯罪についての知識の少ない子ども達への影響をしっかり検討したうえで、専門家の立ち合いのもとで行われなくてはいけないと思う。