始まり | Put my heart into it.

始まり


別のブログサービスで、4つほどブログをやっているが、仕事絡みで作ったオフィシャルな感じのものばかりなので、ここ数日何だか急に、顔見知りの誰にも気兼ねせずに書けるところが欲しくなってきていた。Webの世界で、社会的な自分を演じていることからくる反動なのかな。

少し前から、田口ランディさんのブログを毎日チェックするようになった。
知人の女性とのメールでのやりとりの中で、彼女がランディさんのブログ記事(ホリエモンに関する記述)を紹介したのが、その存在を知るきっかけだった。

実はひそかに以前からランディさんのことはファンであって、msnのメルマガや著作を読ませていただいていた。ランディさんの書かれる内容に興味を持って、影響を受けて、そこで描かれた場所に行ってみたり(例えば、真鶴の原生林や、浅草寺や、出雲大社、天河神社など)、ランディさんが出演されるイベントに参加してみたりしたこともあった。本来は出不精で、今はお金も無いので、屋久島行きはまだ実現していないけど、旅行というものをするなら、一番行ってみたいところであったりもする。

最近しばらく何となく勝手ながら遠ざかっていたのだが、先の知人のメールを機にまた惹かれることになった。そして多分このブログを始めたのも、田口ランディさんのブログの、書かれる文章の影響が大きいと思う。本屋にいったら、また探してみよう。


さて、これはこのブログを始めて最初に書く日記だ。

何かスタートに相応しいことを書きたいと思うのだけれど、やはりここは、田口ランディさんの本日のブログのタイトルのひとつ『ある転機ということ。』からテーマを勝手にいただてしまおう。

私にとって、ひとつの大きな転機になったのが、大学最後の年、つまり卒業後の進路をどうするか?という時だった。

大学に入って、恐らく多くの地方出身者がそうであるように、いろんな期待に胸膨らませて上京して、キャンパスライフを満喫するつもりだったんだけれども、何となく大学の空気に馴染めなかった。

地方の閉鎖的な人付き合いとか、高校時代に味わった息苦しさから抜け出したくて東京に出て来たのに、結局大学も、自分も含めた冴えない同年代の閉鎖的なコミュニティだし、先生もやる気なさそうだし、大学デビューにご執心で、表面的な人間関係に、すぐに現実感と面白味を感じることができなくなっていた。

そのせいか、早く社会に出て、世の中のしくみを肌で感じたり、色々な世代の人と知り合ってみたいと考えるようになって、親にも悪いので大学を辞めることはしなかったけど、渋谷にあるTという、地方出身者で、美術の授業やものづくりが好きな私でも知っていて、当時はある種の憧れもあった小売店で契約社員として働くことにした。大学には単位が取れる最低限しか行かなくなった。

二十歳前後にこの店で体験した、体を使って働くということや、上司やお客さん、同僚・異性とのさまざまやりとりのほうが、大学の勉強よりもはるかに面白かったし、勉強にもなったし、今の自分を形成する上でとても大きな影響を与えていると思う。

大学と仕事という二足の草鞋を続けていたせいか、三年生になり、大学の友人達が就職活動についてそわそわしだした頃にも、ほとんど就職というものについて関心がなかったし、四年になっても就職活動をやろうという気が起こらなかった。

夏休みが終わり、内定をもらった喜びを周囲に振りまく人がちらほら出て来た頃には、さすがにまずいかなという気持ちも出て来たが、その手の情報誌や大学の就職課の採用情報なんかを見ても、全く行きたいと思う会社が見つからなかったし、そこで働いている自分の姿をどうしてもイメージすることができなかった。

それが次第に、自分が何者なのか、何になりたいのかさっぱり分からないという気持ちになっていった。すっかり自信を無くして、意気阻喪の状態に陥り、今で言う引きこもりがちになっていった。

こうして、就職先がひとつも決まらないまま、大学を卒業した。 細かく書けば紆余曲折があるのだけれど、とにかく親が心配して(半分は世間体もあるんだろうけど)、コネを使って私が興味がありそうな会社の人に会わせたり、まずはバイトからという感じで、働き口を紹介してくれたりするんだけれども、どれも結局長くは続かなくて、むしろ焦ったり、プレッシャーを感じるばかりで、当時は自分が自分で病気だと思うくらい、精神的にまいっていたと思う。

元々マイナス思考気味で、考え過ぎる性格なのも現因はあるのかもしれないが、親や周囲からの言葉や暗黙のプレッシャーに加えて、自分自身で自分の存在価値や存在理由を見出せない堂々回りな状態が続き、時間が経つ程に、後戻りできない、次第に深みにはまって行くんじゃないかという恐怖心に苛まれて、不安定な日々が続いていた。

当時、ある意味生命の危機に陥っていたと思う。死についても考えることが多くなっていた。


そんな時、私にも転機がやってきた。今になってそう思うだけだけれど。


ある夜、今でも時々思い出す、変な夢を見た。 自分が空に浮かんでいる。『ドラゴンボール』の悟空のように。


すると、自分の上から、たくさんの人が落ちて来る。
男、女、大人、子ども。 人間だけじゃない。牛や鶏といった家畜なんかも空から降って来る。


夢の中で感覚的に、その状況が瞬時に飲み込めたのだが、 落ちて来る人達は、業が深いというか、どうもあまり良い人達ではないみたいだった。

もちろん夢の中の世界での話だけど、いわゆる「地獄」に落ちていっているのだと思った。
つまり自分が浮かんでいる空の下には、地獄が口を開けて待っている。

「地獄行き」を言い渡された生き物(現世では既に死んでいる者?)達が、自分の上から降って来るわけだから、彼らに当たれば自分も下に落ちてしまうことは想像についた。



しかし私は、ほぼ無意識のうちに、手を上に伸ばして落ちて来る人達を必死に上に押し上げようとしていた。
何度も何度も、何人も何人も。 物理的にはおかしな話だが、押し上げた人達は、「上の世界」に戻って行った。

そんなことをしてもきりがないことは分かっていたし、押し上げればその反動で自分がどんどん下に落ちていってしまう。でもなぜかそれでも良いと思っていた。とにかく無我夢中で、次々落下してくる人々を上に押しあげていた。



そこで目が覚めた。目の前に、天井に向かって押し出すような格好で伸ばしている両手が見えた。

その夢を見た後に、私はやや自虐的に笑ってしまった。
うまく言えないけど、「これが自分の使命なんだ」と、悟ってしまったような気がした。
未だに、じゃあ具体的に何をすべきなのかは分かっていなのだけれど。

何で笑ってしまったかというと、やっぱりというか、何と言うか、自分を中心に世界が回っているみたいな、明るくハッピーな残りの人生では無いんだな、、と思ってしまったから。
まあ、そうだろうな、そんなもんだな、と・・・。

それから程なくして、次第に生きる力を取り戻して、外の世界に向かうことができるようになった。


ただ、今になって思うのは、この時勝手に「これが自分の使命なんだ」と思い込んでしまったのが良かったのかどうなのか。。結構その後の生き方に尾を引いているから・・。



・・・本当は、今のことについて書こうと思ったのだが、長くなったのと疲れたので今日はここまで。