――大好きだったウオッカがいなくなり、
引退式もしないまま、外国にお嫁に行ってしまったことで、
私の心は完全に折れていた。
それでも競馬から遠ざかることなく、淡々とテレビ観戦する日々。
「ウオッカを超えるアイドルはどこ…」
くる日もくる日も、週末の草の根運動は続く。
ブエナビスタなのか?
違うのか?
いったい誰なのか。
その答えを、今年の天皇賞・秋が教えてくれるはず…。

(中省略)

――競馬を愛するものたちが、心をひとつにできる
幸せのファンファーレ。
結果がどうであれ、
「あなたにめぐり会えてよかった」と思うのが競馬の神髄!
前の視界がほとんどなくなり、観戦には絶望的な状態でスタート!
丸めた新聞を高らかに上げて叫ぶ正統派スタイル。
やっぱり競馬はこの環境だ!

中団内側に2番のゼッケンがわずかに見えた。
稍重とはいえ、内側はぬかるんでいるに違いない。
ブエナは性能のいいエンジンの質力を最大限まで上げて、
テイクオフの準備をしている。
だけどそこに、一発の鞭もいらない。
父から受け継がれた東京での飛び方。
かわさずしてわかる血の会話だ。
そこだけ重力が違うように、スレンダーな美少女は
どんどん男たちを引き離していく。
黄色いメンコを着けて、人懐っこい笑顔を振りまいていた
パドックからは想像もできないほど大胆に、
それでいて安全に、
東京の大空を飛んでくれたのだ!

父と同じ王道を制した瞬間。
群衆の誰もが、スーパーアイドルの到来に歓喜の声をあげ、
自分の馬券が無事だったことに涙する。
鮮やかすぎる競馬をされて、
手も脚もでなかった7歳馬のおじさんたちは、
心のツイッターに書きこんだ。
『あの子は本当に速いね』
『彼女なら当然さ』
『強くてかわいいお尻だったよ』
黄色い流れ星に願いを込める男たちの挽歌が、
いつまでも優しく
彼女を包み込んでいた。

2010年Gallop重賞年間に書いた
私のエッセイより抜粋。