2011年に牝馬三冠を達成するなど
GI 5勝を挙げているアパパネが
9月15日、
屈腱炎発症のため登録を抹消。
電撃引退をした。

キングカメハメハ産駒の中でも
彼の娘として
純度の高い最高傑作であることは疑いようがない。

アパパネの名前を初めて目にしたのは
2009年12月13日阪神ジュベナイルフィリーズ(G1)の日。
2番人気で現れた彼女の
コミカルな馬名が
後に「ハワイの小鳥」から由来しているものとわかり
金子オーナーの
ちょっとひねった名前作りに
「馬に鳥の名前をつけなくたって」と
少々ブーイングを飛ばして静観。

アニメイトバイオに半馬身差をつけて快勝した。

この時、アパパネは472kgで出走。
彼女が一番苦しんだ
馬体重との戦いの始まりでもあった。

どことなく
ウオッカに似たアパパネのスタートは
女傑と肩を並べる素晴らしい快進撃で
サンテミリオンとの同着したオークスが
今もまだ記憶に新しい。
成長分とはいえ
増え続けた馬体重をイッキに10kg減らしての激走だった。

5つ目の冠ヴィクトリアマイルでは
遠征帰りの女王ブエナビスタに土をつけ
世代交代の香りを匂わせたアパパネだったが
彼女の馬体重は490kgに達していた。

アパパネのような太りやすいタイプは
(増減の幅が大きいという意味もこめて)
それを解消しようと少なからず無理がかかり
香港遠征では
その繊細さがアダとなって大敗をしてしまう。

アパパネの強さを語る前に
これほど馬体重が気になった競走馬もいないように思う。

私も太りやすく痩せやすい体質なので
わりと頑張ればすぐに体重を戻したりできるが
その反動がどれほど身体にこたるか
自分と置き換えて
アパパネを心配したりもした。

彼女の繊細さは
レースの結果をみてもわかりやすかった。

ブエナビスタをかわし
スノーフェアリーの3着につけた
強い強いアパパネであっても
大舞台において男馬に勝てなかったのは
いつもと違う匂いや様子
殺気や威圧
恥じらいや乙女心が
自分の馬体重より気になっていたからなのかもしれない。

桜花賞のあと
ウオッカと同じように
日本ダービーに進んでいたら
どうだったかなと思うのは
私だけではないはず。
年頃になって
久しぶりに男馬と走るとなると
そりゃー緊張するでしょうよ。

もう一発飛んでくれると待っていたファンには
本当に残念なケガでの引退だったが
これからは
体重を気にすることもなく
もりもりカイバを食べて
立派なお母さんになってもらいたい。

初めての夫には
満場一致で納得のブランド
ディープインパクトが選ばれるようだ。
彼女が果たせなかった
男馬を蹴散らす夢は
未来の産駒
娘たちによって
北の大地まで吉報を届けてくれるだろう。