うみへいく -51ページ目
さて、わんぱんまんは置いておいて。


病棟勤務の続きです。

そんなわけで、姉や母の苦労を知るべく認知症患者さんのケアを身を以て体験した私なのでしたニコニコ



でも私は他人として患者さんに接したので、身内で接した苦労には及ばずだとは思いますショボーン


介護や看護は身内がするのが一番大変なのです。
身内だからこそ苦しいのです。

身内がするのが当たり前と思わずに専門機関を頼ってほしいとつくづく思いますニコニコ

施設やヘルパーに任せることは悪いことではないです。
患者さん(利用者さん)ご本人も、他人と接するのはとても良い刺激になるんです。

お身内の方は良いとこ取りくらいの気持ちで良いかもしれません。
放置は困るんですけど、それくらいの余裕をもっても悪くないと言うことです。
スタッフとの窓口は常に開けておいて欲しいですけれど、決して無理はしないで欲しいですね。


ほんとに、介護職の離職率が下がると良いのですが。


という私も辞めたいなあとしょっちゅう思ってるんですけどねグラサンハートブレイク。すみません。


では次の記事で患者さんがお亡くなりになられた時のエピソードを2つほどお話したいと思います。


今から息子君らを床屋に連れていってきまーす口笛



またあとで。










泣くわ~。
こーゆー絵は苦手だわ~笑い泣き

あおのrequestで描いてみましたが、撃沈でござるゲロー


おはようございます。

本日も仕事でございます。
が、その前にblogるニコニコ


今の訪問介護をやる前、総合病院の看護助手の仕事をしていました。


もともとの私の仕事は(結婚前)……埋蔵文化財センター………つまり、発掘調査員です口笛専攻が考古学でございました~。


これは大好きな仕事でしたが結婚するので辞めてしまい、そこから妊娠に向けていろいろ大変だったので(過去記事にあり)、関西でも埋蔵文化財センターで働くことが出来ませんでした。


そんな私が何故医療業界にいきなり突っ込んで行ったのかというと、

父親のことがありました。


DV、甘ったれのクソオヤジ様でございます(笑)爆笑

でも子煩悩で孫バカだったんですけどね~。


その父が胃癌になり、リンパ節転移もあり、胃の全摘手術を受けました。

そしてオヤジサマは精神的に凹み(母の看護拒否もあり)、酒に逃げました。

抗がん剤は拒否したので自宅に居たわけですが、隙を見つけると近所の酒屋へ行って飲んだくれていました。

酔っぱらうと転倒するため、何度も何度も救急車搬送ガーン

ついには人身事故まで起こし(幸い命に別状ありませんでしたが)、姉が父から車を取り上げましたプンプン


車が趣味だったオヤジサマはよけいに荒れて酒なしではいられなくなりました。

自宅の階段から転倒した時は硬膜下血腫をつくり入院えー

退院しても酒をのみにふらりと家を出てくため、姉と私で探し回ったり(私は当時は大阪にいたので電話で神奈川の病院に電話をかけまくり、搬送されてないか確認)、ほんとに手のかかるクソオヤジサマでございましたガーン(笑)。


その彼がある日、姉と母の入浴介助を受けている間に脳梗塞を起こしてしまいます。

でも、姉も母も、父の異変を脳梗塞だと気付きませんでした。

突然会話をしなくなり、表情がなくなったので、姉は少し変だなとは思ったそうですが、普段から無口な方なのでそのまま何時間も様子見をしてしまったそうです。



結果、救急搬送されたときには、脳の1/6が死滅していました。


そこから父の介護生活が始まりましたが、感情コントロールが出来ないので、怒鳴る、叫ぶ、徘徊するという一番厄介な患者となり、病院も姉も母も苦労しました。

私は遠いし、小さなあおを抱えていてほとんど協力できませんでした。

今でも申し訳なく思っています。


父はリハビリステーションから介護施設へ入居しましょうという手続きをし始めてる段階で肺炎を起こし、69才であの世へ逝ってしまいましたびっくり汗


生きててくれたらね、姉の娘二人の素敵な成長も、父がほしかった男の子である私の息子二人の成長もみれて、楽しいこともあったのに、バカなオヤジサマですショボーン


で。

父の介護で苦労した姉や母の気持ちを知りたくて、医療業界に飛び込んだのです。



面接を受けたときはあまりに畑違いのジャンルに、看護部長から「あんたみたいなタイプに医療現場は無理よ」と吐き捨てられましたが、食らいついたら一番大変なターミナルとICUのある病棟へ配属されてしまいました。ちょっと意地悪されたのだと思います(笑)。


最初は本当に厳しかったですね。

女の園ですし、ナースさんは怖いし、助手の先輩おばちゃんにはジワジワ意地悪されるし(笑)、何より立ち止まる暇すらなく、病棟をかけまわり、疲れすぎてご飯が喉を通らず、一気に7kg減ったくらいです。


もちろん排尿、排便の処理、血液の処理、認知症患者さんの対応、入浴介助、何もかも生まれてはじめてキラキラ

人の肛門から便が排泄される様を眺めるのも、入浴介助で男性の陰部を洗うのも、また骨まで見えてる褥瘡の部位を見たり、癌で苦しむ様、………もう書ききれないほどの初体験をしました!


もちろん毎日のように人が亡くなっていきますショボーン
様々な死があり、さまざまなご家族さんがおられましたショボーン


でも、今思えばとても素晴らしい経験だったと思います。


最初はほんとにあまりに疲れすぎて頭のなかで仕事内容をグルグル反芻するせいか全く眠れない日もかなりありました。


また、自宅で昼寝をしてたときに、横で子供がマリオのゲームをしてたのですが、ピロピローン♪というゲーム音がナースコールの音に聞こえて、「はい、どうしました?」と言って飛び起きるということもゲラゲラ(笑)。


ナースコールは辛かったですねぇ。

ナースさんは取ってくれないんですよ。
取っても助手に行くように振ってくる。
他の場所で便処理してるときに、コール入ってるから行ってねとか言われてもすぐに行けないんですよ。

ナースさんはステーションにいるわけですから、行ってくれたらいーのに、と思ってました。

そこの病院はそういう病院だったんでしょうね。

コールされてすぐ行けないと当然患者さんから怒られますしね、患者さんからのセクハラ、認知症患者さんからの暴行なんかも当たり前でした。


でも人は強くなるのか、昼御飯はそのうちガツガツ食べられるようになり、食べながら患者さんの便のはなしとかも出来るようになりました(笑)。


カレー食べながら「今日の○○さんの便は下痢だったですよ」とかねチュー音符


あ、そろそろ仕事の支度するので一旦ここまで。
病院話はもう少し続きます。
よかったらお付き合いくださいませウインクピンクハート









こんにちは。

カウンセリングの後、ヒトカラでも行っちゃおうかと思っていましたが、寒すぎて挫折しました。ガーン

さて、本日のスクールカウンセリングのお話です。


いとは起立性障害のことがあって今もって11時登校はしているものの、以前に比べると少しは精神的に諦めモードというか(^_^;)、ちょっと割り切ってきたみたいです、ということをお伝えしました。

ただ、私に言えなくてためているものはやはりあるかもしれない、とは言いました。
いと的には両親が諍いを起こすことが一番のストレスなので、敢えてそっちの話には触れないでいるだけかも、と感じていますので。

そのへんは児童相談所へ行ったら吐き出すよ、とも言ってましたしね。


まぁ、あるのでしょう。


当たり前ですね。


本当に子供たちには迷惑をかけてしまっています。
夫ももう少しそのへんわかってくれるといいんですけどね・・・。

あおの傷ついた気持ちとか伝えてもその場限りですから。一瞬しゅん、とするけどすぐ忘れるし、結局自分が正しい、に逆戻りしていきますので。


そんな話もしました。

それから児童相談所に連絡取ったもののパニックになったことや、最初は断られたことなども。
カウンセラーの先生は私にちゃんと説明しなくてごめんなさい、お母さんを傷つけてしまいましたね、とおっしゃっていましたが・・・いやいや、やっぱ自分がね、ちゃんと調べて行動すべきでしたから。


児童相談所のことは、

あおといとの発達障害のテストとその結果、療育について手帳のことも含めて相談する、というくらいでとどめておこうと思っています。(ようやくまとまった私の頭)



あとはまぁ、私は突然倒れた時とかに、夫は頼れないので児童相談所で助けてくれたら嬉しいことも伝えておきます。

ほら、私脳動脈瘤持ってますしね、いつパーンって破裂して死ぬかわからないし、他にもメンタルからくる疾患が多くてよくぶッ倒れるので(^_^;)。


夫婦関係のことはやはりカップルカウンセリングとかがいいみたいですけど、仲を修復したいわけじゃなくて、もう離婚したいのでそれは却下とします。

夫とカップルとか言われるだけでも吐きそう(笑)。
まぁただの英語ですけど(爆)。


そしたらやはり女性支援センターの話が出ました。
今度はパンフを頂いたのでちゃんと調べてみます。


要はDVを受けた女性の支援センターで夫と引き離したり、シェルターへの避難などの支援機関なので・・・実際ASD夫とどう接したらよいかとかいう話の相談は無理だと思っています。
特に離婚前提なので、うちの場合。
まぁ・・女性センターへの相談はもうしばらく考えてみることにします。

ASD夫がDVを、っていうケースはよくあるそうですよ。

ASDじゃなくて暴力ふるうケースと少し理由が異なるのでしょうけれど、ASDだと暴行に出やすいっていうのはあると思いました。


先生がおっしゃっていましたが、

やはり子供の頃から療育を受け、発達障害を告知された場合は、障害ごと自分であるとそのまま受け入れることができやすいけれど、大人になってからだと発達障害はマイナスの側面しか見えないため、受け入れがたいものなのだそうです。


また、大人になってから発達のテストをしてもASDやADHDが必ずしも出るわけではなく、結果として「シロ」と言われることでASDやADHDの症状が悪化、或いは悪い方向へ向いてしまうこともあるそうです。

それもわかります。

うちの場合だと、仮にASDではありません、という結果をもらったらそれはそれはドヤ顔で、「そら見たことか、やはりお前がおかしいんだよ。俺は正しい」と言うに決まってますから。

それを考えると・・・むやみにテストは受けさせない方がよいのかもしれません。

もう離婚することは決めているのだし。



あとはカサンドラの自助グループへ入ることをすごく勧められましたけど・・・どうかなぁ。
私自身もADHDぽいし、カサンドラグループに入ることは少し抵抗があります。

一応、今持ってる案件で私と同じようなことで悩んでる同じ居住地のママさんを紹介してくれることになったんで、その人とまずは会って話してみてからかな、と思ってます。




自分としては、ぐちゃぐちゃ悩んでいたものは、やはり「離婚」へと明確な変化が出てきたかなと思いました。
ただ、時期が問題なだけで。

夫は言うことがころっころ変わりますしね。


この前みたいにちょっとよさ気な反応出されても数時間後には変わっていることも今回再認識しましたし(遅いんだよね、私)、「離婚」ってきっちり決意してそこへ向かうために動きたいですね。

そこへ至るまでの間、夫とどうコミュニケーションをはかり、なるべく穏便に離婚へと運ぶかが当面の課題です。





でもね、こども家庭センター・・・旧児童相談所というところはその名前の通り、本来なら「家庭」の問題も対応してくれるべき公的機関なのですって。

でも私はそこを断られたじゃないですか。

結局行政機関の限界なのですって。


今虐待児が本当に増えていてそっちのことに追われているうえ、人手が足りないとか。
連絡取ってもなかなか対応してもらえなかったり、断られたり・・・そんなことは普通にあるようです。


そんなんじゃ、少子化してたって子供の問題はなかなか解決しなさそうですね。
老人介護は手厚いのになぁ・・・。

理不尽だなぁ・・・。



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この寒いのにストーブが壊れてしまったため、スクールカウンセリング終了後に電気屋さんに買いに行ってきました。

フォルムが気に入って買ったのですけど(電気ストーブ)・・・。
暖炉っぽくしてあるんですよ。
ちょっとよくないですか?でも・・・。







音がうるさいショック!あせる

ちょっとびっくりしました(笑)。


まあ、見た目があったかいので(つけてもあったかいけど)良しとしましょう。

パソコン打つ指先もかじかんでます(^_^;)。
ほんと、寒い、今日。

で、これが私(ほとんどいとの)のノーパソ。

画像はいとが設定してくれました。


私がよほど鴻鳥先生が好きなんだと思っているのでしょうね。
いや、好きだけどw。

あパソの陰に私のおやつのおまんじゅうが映ってる。
しまった、バレた(笑)にひひ音譜