うみへいく -21ページ目

Amebaバレンタイン恋愛診断結果

恋愛診断結果



ここからblog書くと10マネーだそうで。

頼れる男性は大好きですw
時々見せる可愛さとかも大好きです♪



でも男性は「可愛い」て言われるのはとても嫌みたいですね~ウインク

そもそも男性への誉め言葉ではないんでしょうね(笑)。


今年も義理チョコ、親族絡みで渡しました。
そして自分チョコね口笛
本日のひとりごとは「死」に関してです。
読みたくない方、ご不快になる方は読まれないことをおすすめいたします。




自己責任でお願いします。










































某SNSで知り合った友達がいます。

hideちゃんファンだけど宇宙ファンでもあるので多分趣味の傾向が似ているから、話してると(まだメールだけど)楽しいのです。


でもその人は生まれながらに体にいろんな問題(病気)も抱えていて心も疲れきっていて、時々自死を望みます。


人から死ぬなと言われることが返って苦しいその人に、私はなんと言えば良いのかいつも考えます。


その人が抱えているものは壮絶すぎて自分ならやはり自死を望むかもしれないと思います。


尊厳死というやつです。


「死なないで」と周りが言うのは残される自分の心が耐えられないからです。


これから私はその人と多分仲良くなる気がしているので、自死を決行されたらやはり耐えられそうにありません。


死にたくなる気持ちは理解してあげられてもだからと言ってその死を望めるわけがありません。


自分のため?と言われても、気持ちの交流をしてしまった相手に、死にたかったらいつでも死んでいいのよ、と言える人がいたら教えてほしい。



ただ私は、その人が自死を回避するために努力していることも知っています。


季節の変わり目は特にダメなのだと自身が理解しているため、辛い体を引きずってもその季節はなるべく好きなことをするために出掛けたりしているのです。


それがどんなに本人にはしんどいことか。
どんなに努力をしていることか。



「死にたい」


という言葉はあおもたまに使いますが、「死にたいほど苦しい、助けて」というSOSだと私は認識しています。



でも、その人の自死願望は多分本物です。



私にできることは、死にたくなる季節に一緒にお出掛けしたり、決して「死なないで」と言わないこと。


何故なら、それだけの自死願望を持っていながら自制のための努力をしているから。


それでもやはりその人が、寿命ではない死を選んだら、私は自分を責めて泣くのだと思います。





さて、ここからは私の話してすが。


私も10代の頃自死を考えたことが何度かあります。


また結婚後、結婚生活があまりに辛すぎて鬱病になり自死を望んだことがあります。



10代の頃の自死は自分の存在価値がわからないという、思春期特有のものだったので、その後やりたいことを見つけられた頃にはあまり思わなくなっていたかとは思いますが、「いつ死んでも良いように生きたい」という感覚はあったように思います。


そのときそのときにしか出来ないことはやる。

死んでも後悔しないように。


ただ、20代の頃はまた別の問題が生じたため、自暴自棄にならざるを得ない期間があったことは事実です。

死にたいのとは別に、自分の体を破壊したい衝動ですね。

原因は自分のADHDによる浅はかさがあったのでは、と今は思っています。詳細は書けませんが。



今振り返っても一番まずかったのは、やはり鬱病の期間でしょう。


とにかく暗い井戸の底にうずくまっているような感覚で、何処を見ても出口がないのです。

上の方に1ヶ所だけ出口が遠く見える気もしますが、そこから何を叫ばれても言葉が届いてきません。


周りの人が(除く: 夫)いくら心配する言葉を投げ掛けてくれても、的確に響いてこないのです。

おそらく私を心配しているのだろう、とはわかりますが「私が死ねば全てが丸く収まる」という思考回路から脱却できないので、何を言われても動きようがないのです。

医者からは安定剤を処方されて、ぼんやりと眠ってしまいなさい、なにも考えず寝てしまいなさいと言われます。


言われたまま安定剤を飲んでぼんやりします。


あとは死ぬことだけを考えている。

どういうやり方なら死ねるかと。


私が死ぬことによって傷つく人なんか誰もいないと思っているわけです。


子供のことすらそう思っている。


私が死んだら子供も楽になるだろう、という考え方です。

子供のことを考えたときに、それがいかにおかしいかがまるでわかりません。




後に鬱病から脱した時に、自分のおかしさを認識して、鬱状態の恐ろしさを思ったものでした。




思うに、私はおそらく幼少期から少し変わっていて自分も生きづらかったし、親も育てにくかったのだと思います。


でも生きにくい理由はよくわからなくて、わからないところに母からの暴言やら、父親のDVやらを目の当たりにして、所謂機能不全家庭に育ってしまったせいで、私の問題箇所は大きくなってしまったのだと思います。



生きにくさが発達障害だったのかどうかはわかりません。


気づいたときには家にいることが苦痛であったし、男のようにあらねばならないと思い込んでいたし、勉強をしなくてはならないと思っていました。


そうしていれば両親が喜ぶからです。



子供とは親の喜ぶように自分をねじ曲げてすらしまう生き物なのです。


親の育児責任がいかに大きいかと言うことです。



私は現実から逃れるために宇宙や過去へと意識を逃がしていました。


地球を離れる妄想。

恐竜時代へタイムスリップする妄想。


それは科学への好奇心となり、そういった専門書や小説に夢中になり、博物館の研究室に入り浸り、ひたすら調べたことを文字に置き換えていました。


母親への反発心から所謂非行に走ろうと言う考えはあまりありませんでした。


私は本の中から恐竜や宇宙の世界へ浸ることが心地好かったのです。



友達ともよく遊びましたし、運動も大好きでした。


ただ私は自己を肯定することが下手くそであり、誉められるとかたまりました(笑)。
その辺は今でこそ経験から対応できるようになってはいますが。



果たして私は発達障害なのでしょうか?



ただ、恐竜や宇宙の世界に閉じ籠るときの私は自閉してますよね。


そこに集中するときは人間が大嫌いで鬱陶しいものでした。
自閉傾向、と言えるかと思います。


それは生まれ持った発達障害からなのか、それとも後天的に家庭環境によって出来上がってしまった特性なのか、今も私にはわかりません。


しかし、自分が育ってきた環境がまだ子供だった自分に与えた影響がかなり重かったことは否めないかと思います。


それを思うと、今自分が子供を育てる側になっていて、果たしてどうなのか?とも思うわけです。


あおは確かに発達障害があり、いとには起立性障害がある。

でも子供たちの自己を肯定する力が低いことは、我が家もまた機能不全家庭に陥っているからなのではないか?

そう思うときがあります。




あおが「死にたい」と言うとき、自傷をするとき、私の心臓は砕けそうになります。

それは自分を見てるような気がするからなのかもしれません。




友人が自死を望んだら、私はどんな答えを出せるのか。


わかること、わからないことが混在していて私には私の考えしか出せません。



それでもこの世から親しいものが消えてしまう悲しみは果てしなく、(私は友達と、恋人になりかけた人と、祖父母や父親しか亡くしてませんが)自分を棚にあげて、せめて飛び降りるとか飛び込むとか、そういう自死を選んでほしくないと思ってしまいます。



病院できちんと安楽死(尊厳死)が認められるのならまだしも。



とりとめもなく「死」について書きました。
ご不快になられたかたはごめんなさい。


まぁ私は元気に働いています。








引き摺ってる。


おもっきし引き摺ってるショボーンガーン


恨み辛みしか出てこないし、夫にも感情的に当たりっぱなし。


こんな気分はしんどくて嫌だ。


夫と噛み合わないのは妥協できないけど、


とても好意的になどなれないけれど、


引き摺ってるのがとにかくしんどいえーん



無駄なのに。


判るわけがないのに。


夫に欠損してるものを求めるだけ無駄で意味のないことなのに。


だから…カサンドラなんだからショボーン









せめてこんな日は、今日の良かったことを思いだそう照れラブラブ





デイサービスで子供たちにずいぶん馴れてきた星


今日は車の運転も一人でやれた。

二人の子供を迎えに行って、二人の子供を送りに行って。


やれたやれた(笑)爆笑拍手



それから、パニックで暴れたKくんが、行きたくなかった公園に、それでも必死で行ってくれて、


私に見向きもしなかったのに、


公園からの帰りには手を繋いできたびっくり


小6にしては大きめのK君の手は
暖かかったよ。


嬉しくて嬉しくて、じんとした照れキラキラ


それから、馴れてくれたFくんは、自分のできないことについて、私に助けを求めてくれた。


すごく可愛かったチュー


話しかけにも応じてくれる。


発語出来ないのに答えてくれる。


これもすごく嬉しかったおねがい



あとね、口数少ないMちゃんも、今日はお話してくれたね。


帰りの車のなかも大きな声でたくさん話してくれたよね。








私はKくんに息子が重なる。


息子のが断然軽度なのだけど、パニックになったときにとる行動が似ていて、自傷するKくんに胸が痛くなるぐすん

泣きたくなるあせる




あおはどんな気持ちで自分を叩きのめすのだろうぐすん


Kくんは冷静さを取り戻すために自分を叩く。強い力でたくさん叩く。


あおもそうだったのだろう。


とてもとても抱き締めたくなる。


この子たちのどうしょうもない不安感ごと。


頑張ってるよ、物凄く!

ほんとに頑張ってるよ、みんな。



でも肌に触れると余計にパニックになるからKくんを抱き締めてあげることができない。

そばにいて、自分で自分を建て直すまで待つしかできない。


だからね、手を繋いできてくれたとき、先生はすごくすごく嬉しかったんだよおねがいキラキラ






老人介護と全然違う、障害児ケア。

どうしたら良いのかもっと知りたい。


彼らの思考回路、彼らの本心。

その対応の仕方を、私はもっと知りたいです照れ


明日も頑張ろうおねがいキラキラ


きっと明日は良い日になるよ。そう信じて寝ます。

そうだ!
最後にもうひとつ。


施設長の息子さん(重度)、まだ顔を会わせて4回目なのだけれど、今日は話しかけたらめっちゃ笑って、食べていたバームクーヘンを私に差し出してくれたよ。

だから半分こして食べましたチュー

きらきらの笑顔で差し出されたバームクーヘンの欠片が、とっても美味しく感じました。

あの笑顔はたまらないね爆笑キラキラキラキラキラキラ



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