自閉症スペクトラムの男の子③ | うみへいく
今朝も、18才になった長男は時間通りに家を出て大学へ向かいました。
とても元気です。

今はポケモンにはまっていて、中学生の次男と一緒になってゲームのはなしに高じています。


昨日は次男の13回目の誕生日で、ポケモンセンターとYOSHIKIさんのピアノコンサートへ連れていきました。
(次男はピアノ好きで、特別YOSHIKIさんファンとかではないのですが、天皇陛下に曲を捧げた人ということで、生演奏を聴きたがっていたのです)

そのポケモンセンターで次男にクリスマスプレゼントとしてぬいぐるみを買うついでに長男にも買って帰り、大学生になってもそのぬいぐるみを見て大喜びする姿に、母としては少し複雑な気持ちになりつつ(笑)、家を出て行く姿を見送りました。



そんな長男がまだ幼稚園に入る前のある初夏の日。


私は長男を連れていつもの公園に行き、広くて大きな滑り台の上で、心地よい風を受けていました。

天気もよく爽やかで、風は横に生えていた大きな木の葉っぱをさやさやと揺らして音を出していました。


長男はその葉擦れの音が気になったのか、じっと木を見上げていました。私は彼の背の高さに合わせてしゃがみこみ、一緒に見上げてみました。

たまたま他に子供がおらずとても静かでした。


長男は真剣な顔で葉っぱを指差して「ママ、揺れてるよ」と言うのです。

「本当だね。あれは誰が揺らしているのかな。見えない人が揺らしているのかな?」

と答えると、長男は表情をかたくして尚一層木を見つめました。

「しゃーって言ってる」

葉擦れの音は私にはさらさらと鳴って聞こえていましたが長男には少し怖かったのかもしれません。

「大丈夫。あれはね、風さんが通って葉っぱさんを鳴らしているんだよ。綺麗な音でしょう?って風さんがあおに聞かせてくれてるんだよ」

そう言うと、長男は不思議そうな顔のまま、じっと静かに立ち尽くして飽きるまでその音に聞き入っていました。



長男との生活は、常に「動」なのです。

けれど、この時ばかりは私たち親子は間違いなく「静」の空間のなかに佇んでいました。



この記憶と光景はいまだに私の脳裏に鮮明です。長男は忘れていると思いますが、私たち親子にとってとても珍しいひとときだったからです。


今思い出しても泣きたくなるような、懐かしく、暖かく、愛しい時間でした。



「静」の時間はもしかしたら長男が健常児だったなら、私は当たり前にそれを手にして、息子と共に葉擦れの音を楽しむことなどなかったのかもしれません。

当たり前にそれがあったならば。




私は死ぬまでこの記憶を脳裏に刻み付けておきたいのです。



あの時の長男はもうここにはいません。



いつのまにか大学生になって外では「普通の子のふり」をすることが出来るようになりました。



あの初夏の静かな時間、彼はほんの少しこちら側の世界に足を踏み入れた瞬間だったのかもしれないと今は思うのです。



自閉症の子供が住んで見ている世界は、健常と言われる私たち側の世界と連続していながら異なる世界です。違う世界に手を差し出すのはとても困難で勇気が要るのですが、あの時の長男は幼いゆえに、わからないまま、思わずこちら側に触れようとしたのではないかと、私は思っています。



春には桜の花弁を、夏には蛙のたまごや蝉を、秋には紅く染まった落ち葉やどんぐりを、冬には舞い降りる雪を、

私は彼と共にそれらに触れては彼をこちら側へ引っ張ろうと、無意識のうちにしていたのかもしれません。


彼の目に映っている、私が美しいと感じた自然の世界はどんなものだったのか、あちらの世界からはどう見えていたのか、今も私にはわかりませんが。


長男もきっとわからないでしょう。

健常と言われる世界が、彼には不思議で怖くて、異質な世界なのですから。


それでも長男は、こちら側に合わせる術を身に付けました。

私はあちら側に触れることさえ出来ないのに。



息子はどんな思いでこの18年間を生き、自分自身に折り合いをつけてきたのかと思うとき、幼い頃にたくさん怪我をさせてしまった罪悪感より強い思いで、息子の世界に触れることもできない母親でごめんなさい、と想わずにはいられないのです。


ストレスやパニックのときに、他害ではなく自傷を選び続けた私の長男に、ごめんなさいと。



続く