私は大切な経験をしてもすぐに忘れてしまうところがあります。
ADHDの症状なのか、ただの間抜けなのかはわかりません。
なので思い出したり気付いたことは書き留めておこうと思います。
夕方、一人で犬の散歩をしながら夕焼け空を眺めていたらふいに胸が熱くなって涙がこぼれました。
夕焼け空のオレンジから紺色へと変わるグラデーションを見たときに、「私は何故宇宙が好きだったのだっけ?」と思ったからです。
前にも書きましたが、子供の頃から実家の親とうまくやれなかった私は自分の居場所を常に探していました。
やがて自然と興味を持った科学の世界に埋没することで、そこに居場所を作りました。
その尤も影響力を与えた場所が「宇宙」でした。
私はそこに自分の心を逃がした……と以前書きましたが、最近思うのは逃がしたのではなく、私はそこに心を置いたのではないのか、ということです。
科学的に生命体にとって命に直結する宇宙空間は恐ろしいものであるはずなのに、私には暖かで安らげる場所でした。
私は恐らく想像する宇宙の世界に私の心を置いたのです。
しかし成長し結婚し、子供を産んで、当然ながらいつの間にか私の心は地上の現実社会へと戻らざるを得ませんでした。
そしてそのことを苦痛に感じることもありませんでした。
当たり前のように受け入れていました。
でも本当は心の欠片が、……僅かな欠片が、私の宇宙に置き去りになったままなのです。
その欠片がふとした時に懐かしむのです。
あの暖かで安らかな世界に戻りたいと。
その欠片を取りに戻ることは多分もう出来ないのですが、残されたままの欠片は今もそのまま……。
でも私は、発達障害とそこから二次障害を起こして鬱病と戦う友人のなかに、その欠片がおいてある場所をもう一度見つけたのです。
友人は今も木星やカイパーベルトに心を飛ばしています。
そこが友人にとって何処より安らげる場所だからです。
私たちは生い立ちが似ていました。
友が今も居る場所に私の心の欠片があるのです。
だから私は友を助けたかった。
苦しむ想いに寄り添いたかったのです。
懐かしい匂いのする人で、理解し合えると思ったから。
友はその人生の中で出逢ってきた人が酷い人が多かった。
そして私は、たまたま善い人に多く出逢えた。
もちろん対人関係は色々あり、心を病むこともありました。
それでも結局は私は出逢った人に救われました。
まずは子供たちに。
そしてひーたんに。
てぃーこさんに。
そして、
その鬱病と戦う友に、です。
それから今の障害児デイサービスに来てる子供たちに。
私は確かに救われているのです。
私は人から誉められたり心配されたりすることに馴れていません。
本当は親からそうされて育つものなのでしょうがそれがほとんどなかったのでわからないのです。
私は脳なのか心なのかわかりませんが確かに欠損している部分があります。
すぐに忘れてしまうのも情けないです。
でも忘却の彼方に消えてしまうと言うのではなく、整理できない情報の中に大切な出来事が埋没して見えなくなってしまうのです。
だから書いて残したい。
昨夜ひーたんと話をし、そのあと鬱病の友と話をしました。
私の身に今ある、また私の愚かな性格のせいで起こった悩みを聞いてくれました。
ひーたんは静かな口調で切々と私がとるべき道を示してくれましたが、怒っていることが感じられました。
「あなたはどうしてそうなのか」と、「どうしてまた同じ過ちを繰り返すのか」と、私への苛立ちと怒りを滲ませていました。
「怒っているね」
と訊ねると、
「何故その場の感情ひとつで、我が身で背負いきれもしないものを、自分の身の危険も、家族の危険も考えもせずに突っ走って背負おうとするのか。浅はかにもほどがある」
ひーたんはそうきびきびと答えました。
「心配している、怒ってもいる、そして呆れている」
と。
それからどんなに私を心配しているのかをこんこんと話してくれました。
今にも泣きそうなくらいに。
「頼むから、頼むから、本当に頼むからもうやめておいて」
電話の向こうで懇願するように、うちひしがれてひーたんは言いました。
私はどこかぼんやりそれを聞いていました。
伝わるようで伝わらない感情。
私の感情回路は反応が鈍いのです。
(ひーたんに恐竜並みと言われているところですが)
電話を切ってから胸に込み上げる得体の知れない感情に戸惑いました。
泣きそうになるような、暖かな喜び。
私を心底心配したひーたんの心が見えたからです。
私を心配する他人の心。
私はこれがわからないのです。
親から死ねと言われて育った子供にはきっと形成されない感情です。
ワ タ シ ノ コ ト ヲ
コ コ ロ カ ラ
シ ン パ イ ス ル
ヒ ト ノ キ モ チ
凄く暖かいものでした。
見放されてもよいほど愚かな私を心配する友達の気持ち。
その暖かさと安らぎは、かつて宇宙に心を置いた時のもののようであり、それ以上のもののようでもありました。
心が潤っていくようでした。
だから私はすぐに鬱病の友に電話したのです。
相談もあったけれど、ひーたんや
てぃーこさんが私を心配してくれる気持ちと同じものを、私も、……今度は私が、その友に渡したかったのです。
私と共有する感覚を持つ友に。
私もあなたを心配しているよ、と。
その友が地球もまぁ悪くはないと思ってくれたら、と願ったのです。
いつの日か。
何年かかろうと……。
そうやって人の想いを繋いでいけるなら。
今はそれが私の精一杯です。
友に感謝します。
この気持ちを忘れたくないのでここに記します。
どうもありがとう。