こんばんはI。
今日は次男が11時登校(起立性障害のため)、長男が二学期制の高校の始業式で帰宅が早かったため、仕事の合間に帰宅して、家事やら子供のことやらやりつつ、また仕事へ、という感じで一日バタバタ走っていたような日でした。
今やっと少し落ち着くことができたのでPCの前に座っています。
さて、この前の日記で、私自身にADHDがあるのではないかと臨床心理士の先生に言われた話を書きましたが、本当のところどうなのかわからないのでちょっと調べてみることにしました。
正式に検査しても良いのですが、現状で育児や仕事など、生活になんら影響はないので機会があれば、というところで考えてみようかなぁ、という感じです。
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【文科省によるADHDの定義】
注意欠陥/多動性障害(ADHD)の定義 <Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder>
(平成15年3月の「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」参考資料より抜粋)
ADHDとは、年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、及び/又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障をきたすものである。
また、7歳以前に現れ、その状態が継続し、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。
と書いてあります。
この手の説明書きはめんどくさい表現で書かれていることが多いので、ちょっとわかりにくいんですよね(笑)。
さて、私の場合です。
現在46歳です。
この年齢の発達に不釣り合いな注意力および衝動性・多動性を特徴とする行動障害があるのかないのか。
また、その行動障害がある場合、それによって社会的活動に支障を来していないか、ということですね。
答え。
46歳の発達度合ってなんでしょうかねぇ(^_^;)。
注意力のみで見るならば、おそらく一般的な人より転んだり、足を捻挫したりする率は高いかと思われます。子供の頃よりはもちろん減っていますけれど、ぼけっと歩いていて少しの段差で躓いてしまう、小さな穴に足を取られてしまうなどが多いです。
或いは、やはりぼーっと歩いていて、漫画みたいですが、フェンスや電柱にぶつかってみたりというのもあります。
もちろんたまに、のことなのですが、46歳にしては少々落ち着きがないわね、と指摘されてしまうかもしれません。
注意力散漫というのは、子供の頃よく母親から指摘されていたことです。
自分では、注意力が足りないという自覚はなかったと思いますが、母がそう言うのでそうなのだろうという認識は持っていましたが、それによって注意力が高まることはなかったと思います(笑)。
ただ、今の年齢ですと、若い頃に比べて色々な体の機能が落ちてきているのは事実ですし、更年期なのか不定愁訴に悩ませることもあるので、多忙で働いた後などに、仕事が終わるとふと何を考えるわけでもなく魂が出てしまったみたいにぼーっとしていることはあります。
そのようにぼんやりしているときというのは、意識的にしているわけではないので、心を許している相手(家族や親友など)の前だと、スイッチが切れたように相手の話を聞いていないこともよくあります。
悪気もないですし、聞きたくないと思っているわけではありませんが、心を空っぽにしてしまう感じですね。相手に安心して甘えているのかもしれません。
そういうことは仕事の上と育児の上ではまず起こらないので。
仕事や育児においては脳みそをフル活用して神経を張っていると思います。
その反動で、帰宅後や親密な関係の相手などに対し気を緩めてぼんやりをやらかしてしまうのかとも思っています。
ただ、相手から「ちゃんと聞いてる?」と言われればもちろん再度スイッチを入れて聞くことは可能ですので、これが支障を来しているかと問われるとわかりません。
それによって友人や家族関係が破綻したことはないので。
もちろん怒られるのでごめんなさい、はしますよ。
また、仕事においてもほぼこういったことはないので、そのぼんやりが仕事に支障を来したことはありません。
むしろ、仕事の時は多動性・衝動性が作用している可能性はあるかもしれません。
言われた仕事は素早く的確にこなしたい、という衝動がある気がします。
ミスは自分でも許し難く、かつ早く終わらせたいという気持ちが強いです。
そのため、どちらかというと「てきぱきと仕事ができる人」という評価を受けることが多いようです。
衝動性・多動性においては、やはり幼少期に「落ち着きのなさ」を指摘されています。
親だけでなく学校からもです。
もちろん授業中に立ち歩くようなことは全くなく、むしろつまらない授業だと寝ていたり、得意のぼんやりをかましたりはありました。
ただ、与えられた課題などがあるとやはり早く的確に終わらせたいという衝動はありました。
また、思いつくとそれを頭の中や書き出すことで整理して段取りを取る前に、後先考えず走り出してしまうということはあったと思います。思いつく⇒即行動、というものです。
そのために失敗したり、人生において最悪の境遇に陥ったりしたことはありました。
友に言わせると、「そういう痛い思いをしても同じ愚行を繰り返すバカ」と言われています。
さて、ここまで書いてくると、やはりどうもADHD臭い自分を感じずにはいられませんねI。
けれど、これらの症状により、私がADHDだと診断されたとして、しかし、それらが社会的に支障を来す行動障害となっているかと言われると、幸いなことにそこはないのですね。
おそらく私の場合は人生において失敗や困った出来事はあるものの、注意力散漫な部分と、多動・衝動の部分が割と社会で生きていくには良い具合に分けられて出てきていると考えられます。
なので障害という感覚よりも個性として周りから捉えられやすいものだったのではないかと思われます。
但し先ほどにも述べましたが、その性質によって大きな痛手、失敗をすることはあるため、それを生きづらいと感じてしまえば、二次的障害(メンタルにかかる様々な病気)を起こす可能性はあったと思われます。
というわけで、私はおそらくADHDの診断が出るのではないでしょうか(笑)。
年と共に衝動性は低くなってきていると思いますけれどね。なにしろいつもどこかしら「しんどい」ので、動くのがめんどくさい、とか隙があれば寝ていたいとか、そういった欲求のが強くなっている気がします。
では次にASD(アスペルガー症候群)について見てみることにします。
以下文科省による定義です。
アスペルガー症候群とは、知的発達の遅れを伴わず、かつ、自閉症の特徴のうち言葉の発達の遅れを伴わないものである。なお、高機能自閉症やアスペルガー症候群は、広汎性発達障害に分類されるものである。
また、他サイトで書かれていたものです。
アスペルガー症候群の特徴
1.社会性の障害(対人関係の障害)
……自閉症と比較すると社会性の障害の程度は軽いが、集団生活の場面で『場の空気』が読めず、適切な『状況の判断』が出来ないという特徴を示す。分かりやすく表現すると、集団生活のルールや対人関係の礼儀(基本的マナー)を理解することができず、馬鹿正直で相手の気持ちに合わせた会話が出来ないため、人間関係でトラブルを起こしやすい。悪意なく相手を傷つける率直過ぎる発言をしてしまったり、状況に不適切な無礼な振る舞いをして顰蹙を買ってしまったりする。基本的に、相手を見て態度を変えるような裏表や悪意は
殆どないが、柔軟性が乏しく場面にふさわしい対応が出来ない性格行動パターンである。
2.言語的コミュニケーションの障害・認知機能の発達障害は軽微である
……自閉症に顕著に見られる『言葉の遅れ』や『会話の不能』『オウム返し』などは殆ど見られず、語彙の豊富さ表現の難解さでは健常者以上の知的水準を見せることもある。その一方で、記述された文字や発話される言語を一義的に理解している為、言語の多義性やメタファー(比喩)、ウィット(機知)、ユーモア(おかしさ)などを適切に理解することが出来ない。語彙が異常に豊富で、難解な言い回しを好むアスペルガー症候群の人もおり、その場合には必要以上に回りくどく精密で細かい表現を使ってしゃべる傾向がある。悪いことをして注意されている時などに、一方的に精密な言葉を駆使して言い訳をしようとしたり、相手の気持ちに一切配慮せず自分の気持ちや欲求だけをぶつけるコミュニケーションをすることもある。
3.こだわり行動への固執性
……自閉症と比較すると、いつも同じ遊びや行動を取ろうとする常同行動・反復行動への固執性(こだわり)は弱いが、それでもやはり一定の手順でパターン化された生活リズムを好む傾向が見られる。手をひらひらと動かしたり、頭を床にコツコツぶつけたりする自己刺激行動への固執は比較的少ないが、生真面目過ぎて硬直的なルールや決まりに従い続けるような頑固さを見せることがある。適切な療育と専門的な生活指導を受けることで、パターン化した常同行動や反復行動以外の新しい行動や手段を身につけることが十分に期待できる。融通や応用が利かず臨機応変に振る舞うことが難しい性格特徴パターンに、どのようにして可塑性や可変性を持たせることが出来るかが療育上の一つの課題となるだろう。
以上3点において、アスペルガーの指針としているようですが、これに関しては全くあてはまりませんでした。
場の空気や相手の心中、言葉の裏側に関しては、むしろ必要以上に読んでしまう節があり、そのために気を使いすぎて疲れてしまう側面があります。
疲れすぎていると言葉の裏側に気づかず、安易に信じて失敗することはありますが、これは読めないというよりは、先に述べたADHDの衝動性故、というところだと思われます。
次に、言語の多義性を理解できない、という部分においては多少あるかもしれません。
しかし特筆するほどでもありません。それよりは、まわりくどいものの言い方(要点をうまく絞れない)、自分が話したいことを一方的に話してしまう、という方が若い頃は見受けられたと思います。
ですが、これもADHDの衝動性に分類される方かと思われます。
今も仕事以外の他愛もない日常会話においては、まわりくどいものの言い方をして相手にめんどくさいと思われてしまったりすることはあるのですが、一方的にしゃべることについては自分でも気を付けているのと、あとはこれも年齢でしょうか、しゃべることはしんどく(笑)、聞き役でいる方が楽しい、という感覚に変わってきており、マシンガントークをかますようなことはほぼありません。
若い頃もマシンガントークはあまりなかったかしれません。
姉の方がそれが凄かったので(笑)余計に家族の中ではあまりしゃべらなかったと思います。
最後に、こだわりや固執はあまりありません。
どちらかと言うと熱しやすいけれども冷めやすく、ひとつの事柄や動作に長いこと固執することはほぼないです。ルールや規則を破るのも平気です(^_^;)。←
絨毯が曲がっている、こたつの布団の中心がテーブルの真ん中に来ていない、などということにおいてはちょっとうるさく子供たちに注意することはありますが、あってもその程度です。
以上のことから、私の場合はどうやらASDは違うと思われます。
私、という人間は育った環境からAC(アダルトチルドレン)な状態で大人になり、幼少期よりADHD傾向にありながら結婚・出産してこんにちに至っているということですね。
ADHDの診断は受けていませんし、もちろんそういった療育も受けていません。
AC状態から離脱するためのカウンセリングなども正式に継続して受けたことはありません。
ひたすら自分の経験の中から、置かれた環境の中から、自分にとってなんとか生きやすい状況を探して、自分らしく生きてきた結果が今の私だと思います。
我知らず、私が迷惑をおかけしてしまった皆様には心よりお詫び申し上げます。
同時に、それでも友達でいてくれて、我が子でいてくれて、ありがとう。

※よく転びます↑
では、こんな私が自分の欠陥を知らずに結婚したことで起こったこと、夫との関係など、次回にまたお話してみようかと思います。
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