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SHO-CHIのぶろぐ

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父が言っていた。

旅立った姉を想いながら



『子供達が進路に迷ったり悩んでいた時、子供達の人生の帰路や節目・何かで悩んだりした時、お父さんもっと踏み込んで相談にのってあげてたら良かったな。
申し訳なかった。』




と笑顔まじりで言ってた。



でも、瞳の奥は悲しげだった。


姉の病気が一向に回復しない時からよく父は、



『○○○(姉の名前)が体調不良をお父さんに相談してきた初めてのあの日。
お父さんすぐに病院に連れて行ってあげずに、『気のせいじゃないか?』と言ったことは、いつも申し訳なく思う。
もし、あの日すぐに病院へ連れて行ってあげてたら、病状がここまで悪化することなかったかも知れない。』


など、よく沈んだ口調で想いを口にしてる。



そんな父に涙が溢れ、胸の詰まる思いでいっぱいだった。






明日は父の誕生日。



いくつになったけ…



えっと64歳だな。



明日は母の手術の日だから、誕生日のお祝いどころではないが



『おめでとう』と『ありがとう』



は伝えたい。




今日も父の後ろ姿を見てた。



黒く染めた頭からは白髪があって。



黒染めしてなかった ら、父の髪の毛全部白髪なのである。



一家の大黒柱となり



父の両親


自分の母である妻



姉2人



そして自分。



と6人も朝から晩まで毎日働いて養ってた。


60歳を過ぎた今でも、朝から晩まで働いていて。



そんな父は戦後まもない時代だったのと、長男であるため兄弟も養っていかなければならず



15歳で就職し、それから約50年間も毎日働いてる。



自分が小学生の時、夏休みに海へ連れて行ってもらってたが



よく『胃潰瘍になった。でも大丈夫。薬飲んでればいける。』



と言いつつも海への道中の車内



路肩に車を停めて、時々シートで横になりながらも運転して


事情をわからない小学生の自分を、海へ連れて行ってくれてた。





おめでとうと、ありがとうを伝えようと。



そして、早く一人前なって両親を安心させてあげなきゃな。



とまたまた痛感した。







母の入院先から帰宅。


とりあえず、玄関とリビングやダイニングの掃除した。



入院先の病院で、ふと鏡見たとき


『自分老けたな~。ってか、やつれたなあ』



って、改めて思った。苦笑


母のメンタル面も考え、父が病院側に個室を頼んでたが


個室は空いてないということで、5人部屋だった。


帰り際、病室の方たちに挨拶をし、出てきた。



今頃、母はどうしてるかな…。



母のことだから、周りの人に気を遣いすぎて

しんどくなってなければいいが。


入院の手続きを家族でしている際


母親の顔をふと見たら

母というか、おばあちゃんになったなと思って


なんか、申し訳なさを感じた。



別に、自分は結婚して子供がいて

年齢的に両親に孫がいてもおかしくないから。




でも、そればかりはね・・・苦笑



自分本意では、どうしようもないしね。苦笑




とりあえず、にんにく卵黄飲もうっと。笑